第7話
心地よい空気が、朝の町を吹き抜ける。
部活をしていた頃の癖で、早くに目が覚めてしまった俺は眠気を飛ばすため、家の外へ出てきていた。
公園のベンチに座り、満開の桜がひらひらと舞うのを眺める。
「ほんとうなら今頃、卒業式を迎えているはずだったのかな。」
静かに目を閉じると、懐かしい学校生活の思い出が蘇ってきた。
最初に浮かんだのは、夏。
合奏コンクールで金賞を目指す吹奏楽部員には休暇なんて存在せず、朝から晩まで来る日も練習を繰り返した。
長いはずの太陽はすっかり沈み、蝉達も夜の眠りにつく頃に、さっちゃんとよく寄り道をして帰った。
あの日も同じように、練習でへとへとになった俺たちは、坂を下っていた。
コンビニで買ったアイスが冷たくて、頭を押さえているうちに、ずっと聞きたかった言葉が、口をついて飛び出した。
「さっちゃんは、どうしてそんなに部活を頑張ろうと思えるの。」
声に出してしまってから、「意味深すぎるよ」と、脳内の自分が焦りだした。
アイスで冷やされたはずの額に汗が伝う。
「そうですね。」さっちゃんは少し考えた顔をして、アイスの棒を軽く噛んだ。
「推薦組でもない私が、朝から晩まで、宿題もそっちのけで練習する意味なんて、本当はないのかもしれないです。」
つまようじのように咥えられた木の棒がピコピコと上下に動いた。
「強いて言うなら、雄達先輩がいるからですよ。」
俺より一歩前に踏み出した体を、そのままこちらへ向ける。
「私、早く先輩の隣に立ちたいです。」
ずっと不思議だったさっちゃんの秘密が、わかった気がした。
苦しい中で、それでも彼女が前を向けるのは、きっとなりたい自分がそこに居るからなのだろう。
毎日の辛い練習で、何度先生に怒られようと、合奏から降ろされようと、さっちゃんは涙をこらえて俺の隣に立った。
推薦だとか、周りの評価とか、将来につながるのかとか、そんなことは考えずに、ただ自分の音楽と向きあっていた。
それはまるで、魔法のような力だった。
さっちゃんの常にまっすぐな姿に、隣にいた俺も触発された。
本気で音楽が嫌になった時、それでも逃げ出さずに踏ん張ることができたのは、隣で一緒に頑張り続けてくれる人がいてくれたからだった。
その日はなんだか気分がよくて、明日の練習のために、早く寝てしまおう。なんて思えた。
次にやってきたのは、寒い冬。
高校二回目のソロコンクール。
十月に募集が始まり、一月に地区予選、三月には県大会が行われた。
県を通った者は、全国の舞台へ。優勝者には海外の有名な演奏家の指導の下、オーケストラとの協奏の機会が与えられた。
特に今回は、世界で活躍するトロンボーン演奏者が、それを引き受けてくれるということで、俺はこの機会を逃すわけにはいかなかった。
去年の成績は地方どまり。厳しい現実だったけれど、絶対に乗り越えてみせようと思った。
その時の俺は、まるで物語の主人公になった気分で、未来の自分が夢をつかんでいることを疑わず、無我夢中で走り出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます