第3話

朝、誰よりも早く音楽室へ向かい、掃除を手伝う。(何故か、雄達先輩より早く登校することは出来なかった。)

挨拶や返事は、大きな声ではっきりと。相手の目を見つめて、誠意を見せるようにする。(逆に相手を怯ませてしまうこともあった。)

そして何より、「笑顔でいる」こと。

とても大切なことなのだ。

「こいつが抜けていると、捕まえられるはずだった幸せまで、逃げ出してしまうからね。」

そう、雄達先輩が言った。


そのうち、私は気が付いた。

敵意には、敵意が返ってくるように。誠意には、誠意が返ってくることを。

相手を思い何かをするたびに、その優しさが倍になって私の所に返ってきた。

誰も、私に対して恣意的に悪意を抱いている訳ではなかったのだ。

気持は、一方通行では在りえない。

周囲からの優しさを拒み続けていた自分の愚かさが、ひどく浮き彫りになった。


とにかく、あの日の先輩の言葉は、私の中に周囲のことを意識する余裕を作り出した。

その言葉はとても大きな力を持ち、暗く、独りぼっちだった私の世界に、確かな変化を起こしていった。

まず、一緒に時を過ごす友達ができた。

気楽に話せる仲間がいることで、狭い音楽室の中に、自分の居場所をもらえたような気がした。

雄達先輩の気遣いもあって、他の先輩方とも少しずつ話せるようになった。

「最近、明るくていい感じになったね。」

入部時から一度も話したことのない先輩から、そう声を掛けてもらった。

私に足りなかったものが、少しずつ埋まっていく感覚があった。

楽器も、毎日雄達先輩のもとに通って練習をみてもらった。中学時代に覚えた「一人でも、」という間違ったプライドは、私の中からすっかりと姿を消していた。

雄達先輩は、私に魔法をかけた。

ぐちゃぐちゃだった歯車が、一つずつ噛み合っていくのがわかった。

 直接の攻防があった三年生との溝が埋まるには、まだ時間がかかりそうだったけれど、彼らの仕事が私に回ってくることは、もうなかった。

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