無知の花弁
僕は貴方の背中しか知らない。
とはいえ貴方の笑う顔を知っている、貴方の真剣な表情を知っている。それなのに僕が本当に知っているのは貴方の背中なのだ。
ふとした瞬間に長い髪が風に揺れ、花の香りを運んでくる。それはきっと貴方が愛する香水のせいなのだろう、貴方は花ではないというのに錯覚してしまう。
貴方が向かい側から歩いてくる、大きく手を振る、僕の後ろにいる人間に向かって。だから僕はそっと目を逸らすのだ、僕はここに居ませんよと。花の香りが過ぎ去った後に振り返ると、水を浴びて煌めく花そのもののように貴方は笑っていた。ほら、やっぱり僕は貴方の背中しか知ることが出来ない。
貴方の爪は薄いピンクで粧されていて、光る石が乗っていたりシェルが煌めいている。貴方の髪はピンクブラウンで、緩くウェーブがかかっている。それなのに貴方の顔をしっかりと見ていないから貴方の瞳の色を知らない、思い出せない。
おはよう、その一言すら発することの出来ない僕は、貴方の背中しか知らないのだ。
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