(7)
お前とはもうセックスもしないし、顔も見たくない。そう言われる覚悟は固めた。
だって、わたしは永遠に天の「つがい」なのだ。天がたとえわたしと「つがい」になったことをいくら後悔しても、彼の側からこの契約をどうこうすることなんてできはしないのだ。
ほの暗い優越感を抱いて、わたしは天からの「話がある」という改まった呼び出しに応じた。
くしくもその日はバレンタインデーだった。わたしはいつもお世話になっているからという、本命だか義理だかよくわからないラインのチョコレートを用意していた。
――こんな準備して、バレンタインデーにフられたら笑えるなあ。
とは思ったものの、わたしには一緒に笑ってくれる友達などいない。見た目からしてアルファであるらしいわたしは、ベータの多い学校では遠巻きにされていた。
これで天にも見捨てられれば、わたしは本格的にぼっちである。思わず、自嘲的な笑みが漏れた。
もしも、天にフられたら、そのときは――。
そんな推測を脳内でこね回して、わたしが行き着くのはほの暗い発想ばかりだった。
けれど。
「ええええ!? フっちゃったの?!」
「……なんでそんなに驚いてるんだよ」
「ええ……いや、なんでっていうか……なんでフったのかなって……飯島さん、カワイイじゃん……」
自分で言って、自分で傷つく。そう、わたしは飯島桜良のような愛らしい容姿ではない。美人系とは言ってもキツい顔立ちの美人系らしいことも、最近自覚した。わたしと飯島桜良は明らかに容貌の方向性が違う。バンドだったらソッコーで解散している。
そして「隣の芝生は青い」とか「ないものねだり」という言葉があるように、わたしは飯島桜良の可愛らしい容姿に嫉妬していた。
だから、もし天が飯島桜良を選んでいたら、きっとわたしのはらわたは嫉妬でねじ切れてきただろう。
けれども、現実にはそんなことにはならなくて。
こともなげに「飯島桜良に告白されて、断った」と言い切った天を前にして、わたしは放心する。呆然とする。脱力する。
わたしが抱いていた妬みやイラ立ちがすべて無意味に変わって、どうすればいいのかわからなくなった。
「なんでって……おれと涼風は『つがい』なんだから……。……言わなくてもわかるだろ」
「わかんない」
「は?」
「わかんないから言って」
天の頬が寒さを理由としない原因で赤く染まる。耳まで朱色に染めた天は、首に巻いていたマフラーに意味もなく触れた。
……飯島桜良に大見得を切ったけれど、天がわたしを選ぶ確率は五分といったところだろうと思っていた。だから、天の選択は半分想定内、半分が想定外。
けれどもうれしいことには違いなくて、舞い上がったわたしは天に迫る。わたしに愛をささやいてよ、と。
「ばかっ! 涼風のことが好きだからに決まってるだろ!」
「ふーん……」
「『ふーん』って……お前が言わせたんだろ。もっとなにか感想はないのか」
「だって今までそんなこと一度も言われたことないしぃ」
「なんだよ……なんでヘソ曲げてんの?」
「ひとりできりきり舞いしてたのがバカみたいだなって思って」
声はふてくされていたが、わたしの頬はゆるみっぱなしだった。
「天はツンデレだったかー」
「ツンデレなわけないだろ」
「そういうところが素直じゃないっていうか……」
「は、恥ずかしいだろ。いちいち言わなくても、涼風ならわかってると思ってたし」
「わかってなくてすいませんね」
「……悪かったよ。色々と気恥ずかしくて素直になれなかったのは本当だし。あんまり軟派な物言いしてたら涼風に『イメージと違う』とか言われないか気になって……」
「なるほど。かっこつけだったわけね」
「そうだけどさ……容赦なさすぎるだろ」
「うん、ごめんね。天のことが好きすぎるから、飯島さんに嫉妬してた」
「嫉妬? 涼風が?」
「わたしだって嫉妬くらいするよ」
そう告げると、天は一瞬黙り込んだ。そんな天を見て、彼から見たわたしってどんな聖人君子に映っていたんだろうと思う。
たしかにわたしは、天に対するものは無償の愛とでも言いたげな、ガラにもない行動を取っていたけれど。けれども現実のわたしには肉体があって心がある。妬みそねみの感情も抱く。当たり前の話だ。
わたしはまたなにか言うべきかどうか悩んだ。これ以上追撃して空気を悪くするのもなんだかなあという気分だった。
「今までデ……デートとか避けてきたけど……これからはいっしょに行こう」
「……うん」
「それから――」
「うん?」
「……もうそろそろ発情期に入りそうだから、家デートがいい……」
その言葉だけで、わたしは天を抱きしめたくなった。
ありきたりな運命と呼んで やなぎ怜 @8nagi_0
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