第3話 現代のサンタクロース(大学生)
「ン―! ン――!!」
聖衣が足と手に魔力による束縛をされ、あまつさえ口も塞がれている。ベッドの上で涙目でもがくが、縛った二人は見向きもしなかった。
「……ふむ」
「どしたの?」
部屋を見回すサミュエルに、ルシファー、もといルーシーが疑問をかける。
「ここは罪人が入る房なのか? 人が暮すには狭すぎる」
「え……何その発想。……あ~あ~そういう事ねー」
六畳ワンルームの聖衣の部屋。一般的な現代人が住むには辛うじて十分な広さだが、旧時代から時が今動きだしたサミュエルには、あまりにも窮屈と感じた。
そのサミュエルの状態を瞬時に察知したルーシーは、面白そうに頬を吊り上げる。
「ン―!」
「どれもこれも見慣れない物ばかりだ……」
「人間の英知の結晶よ」
ワイヤレススピーカーを手に取るサミュエル。いろんな角度から観察するが、おもむろに壁にスピーカーを叩いて様子を見る。
ッゴッゴ
「ン―!! ン―!!」
叩いた後耳元に持っていき軽く振る。振っても音がしないと怪訝な顔でもう一度叩き付ける。
ッゴ! ッゴ! カラ……
音が鳴ったと耳にしたかと思うと、何を納得したのか首を振って満足そうにテーブルに戻した。
「壊れていない……頑丈だな。やはり知らない物は叩いてみるのが一番だ」
「ン゛ン゛ーー!!」
(壊した。今絶対壊した。表面しか見てないから分かってないのね)
サミュエルの行動を見守る両者。方や伝わらない悲鳴を上げ、方や面白い光景を楽しんでいる。
「それはワイヤレススピーカー」
「わいやれすすぴーかー?」
「そう。モノによるけど、端末やパソコンから無線で音楽を流せるのよ」
「ふむ……。何やら難解だが、音を楽しむ物と認識して良さそうだな」
どんな物か知らなかったとはいえ、壊してしまった事を知らない本人は何処か得意げにしている。
「これは何だ?」
テーブルに置いてある流行りのゲーム機を手に取るサミュエル。
「!? ンー、ン―!」
両手で回しながら観察すると、どこかのボタンを押したのか暗い画面が明るく起動する。
「おぉ」
それに気づいたサミュエル。何となく両端を手で握る。少しぎこちなさが垣間見るが、本来の正しい持ち方に奇跡的になっている。
「それはス……ゲーム機」
「ゲーム。ゲームか! なるほど!」
知っている単語を聞いて機嫌が良くなる。ポチポチとボタンを適当に押すと、本人の意思とは別にゲーム機のホーム画面に辿り着いた。
「この先端の感覚、癖になりそうだな」
左のスティックをグルグルと回しながら言った。ゲーム機から選択されるSEが細かく鳴り響く。
「ソフトを変えることによって、その一台で幾つものゲームが楽しめるのよ。凄いでしょ?」
「ほぅ。お主の言っている事は分からぬが、どうやら貴重な物と我にも分かった!」
そう言ってゲーム機を持ち直して振りかざし――
「!?」
ッガ!!
「!?!?」
机に思いっきり叩きつけて机に置いた。
「さぁ! いったいどんなゲームができるのだ? 数当てか、それとも合わせ札か?」
「……」
純粋無垢なサミュエルの無智。勝負師となっている顔がルーシーに向けられるが、ルーシーは内心引いていた。
「ん? 何だ? 何も起こらんではないか」
ッガ! ッガ! っパキィ!!
そう言って再び机に叩きつけるサミュエル。今度は容赦なく強く叩いて様子を見る。
「おいルーシー。音はするが白ではなく妙な模様に変わって何も分からんぞ」
完全に液晶が割れた画面を見せられる。
「ン゛ー!! ン゛ン゛ーー!!」
「あー。サミュエル。時代は変わったの。叩き付けて遊ぶゲームは……この部屋には無さそうね」
「そうか……」
どこか寂し気な顔をするサミュエル。縛られる聖衣は目をつむってを涙を流し諦めた表情をしている。
「これはなんだルーシー……?」
ベッドに置いてある端末を手に取った。
「!?」
「それはスマホ」
「すまほ?」
指で摘まんで観察するのサミュエルを、気が気ではないと大きく目を開き冷や汗を流している。
「パソコンに並ぶ優れもの~。貸して」
サミュエルからひょいと取ると、慣れた手つきで操作する。
「ほら入ってきて。はーいスマホを見て―」
「何なのだ急に……」
「ン゛ーー!」
近くに寄せられる。
パシャ!
取られた写真に写るのは、笑顔のルーシーに眉をハノ字にするサミュエル。端の方に聖衣が辛うじて映っていた。
「ぉおお、なんと美麗な模写だ。まるで澄んだ水に映る程ではないか!」
「凄いでしょ。まだまだスマホには色んな機能が付いてるから」
上機嫌な二人を睨めつける縛られた人間。唸って抗議していたが、ついにはベッドから落ちてしまい二人の気を引かせる。
「さっきからうるさいぞ。すまほに関心している故、お主への要件は後だ。しばし待っておれ」
「ン゛ン゛!!」
動く箇所を執拗に動かして抗議している。見かねたルーシーが指を鳴らすと、口を覆ている魔力の縛が解けた。
「ん!? っは、喋れる!」
聖衣が驚愕を口にすると、すかさず二人を睨んだ。
「突然光って現れるは縛ってくるは色々壊すは何なんだよ!! あんたら一体何者なんだよ!」
マシンガントークな怒号が二人に浴びせられる。
「先も言ったであろうに、我はサミュエル」
「ルーシー♪」
「こえーよ!!」
無表情のサミュエルに笑顔で手を振るルーシー。二人の姿を改めて見て素直な感想が部屋に響いた。
「ッッ~~! で、出てけ! 出てけよ! 俺の部屋から!」
精一杯の抵抗。混乱する頭に、今の聖衣にはそれしか言えなかった。
「駄目だ」
「な、なんだと!」
ぴしゃりとサミュエルが言った。
「いいから出てけ! 解いて出てけ! 俺の視界から出――」
「――サンタクロース」
「ッ!?」
勢いの乗る猛抗議。それがたった一つの単語によって消沈した。
あえて言葉にしなかったその言葉。聖衣の顔が青ざめる。
「貴様が遮ったが最初に言ったであろう。我に渡せと」
「……」
「お主の内に継承してある幸福の概念である物を」
聖衣が唾をのむ。
「さぁ渡してもらうぞ。サンタクロースを」
「ッ!! っクソ! 何なんだよいったい……!」
緊迫した状況と空気の中、だた一人だけ――
「よし! 十連コンボ!」
ルーシーがソーシャルゲームをしていた。
◇
「で、こっちがサタンで」
サミュエルを見る。
「こっちがルシファー」
ルーシーを見た。
抵抗むなしく一方的に受け身に回る聖衣。次第に冷静になっていき、来訪した二人の言葉に耳を貸した。結果。
(ヤバい……頭がバグる)
聖衣は辛うじて正気を保っていた。
何かの冗談と、何かのドッキリだと、切に願うばかりだが、ハッキリ見てしまった魔法陣の記憶がそれを許さない。現に二人が居るとそれを許さない。テーブル越しで座る二人が許さない。
「なんとなく……ほんと何となくですけど、あなた達みたいな存在は居ると思ってましたよ。現に俺がサンタを継承してますし……まさかマジでいるなんて……」
眉間を抑える聖衣。
「あの、るー、ルーシーさん? ルシファ――」
「ルーシーでいいわ」
「あーじゃぁルーシーさん。ルシファーって男ですよね。それなのに貴女は女性……。これっていったい?」
聖衣の中にある疑問。この状況を否定したい感情が漏れた問だ。
「こ奴は気軽に性転換できる故、性別の縛りなぞ無いに等しい」
「……マジッすか」
「マジッす」
二人の問答に方眉が上がるサミュエル。慄く聖衣と同意するルーシー。
妙な空気間に耐え切れず用意したお茶を飲み込んだ聖衣。一口飲むと、まだ完全に状況が理解できていない頭を冴えさせる様に再びお茶を飲んだ。
「あの、サ、サタンでサミュエルって事は確か、サミュエル・タンホイザー・うんちゃらて事ですよね……? ご本人……すよねぇ……」
「……」
目を瞑って腕を組み物言わぬサミュエル。
「あっ……マジっすか」
「マジっす」
「……」
二人の言葉に方眉を再び上げる。
しばらく無言が続くが、先に聖衣が口を開いた。
「あの、質問ばっかで今更ですけど、なんで俺がサンタって分かったんスか?」
「いろいろ知ってる友達に聞いたわよー」
「そ、そうですか……」
当然のように言われた聖衣だが、よくよく考えると身震いした。
(え、堕天使とかそっち系の界隈はプライバシーとか無いの……? こわ」
目をつむるサミュエルにニヤつくルーシー。異質さが漂う一部屋で、その二人を愛想笑いで対応するしか聖衣には残っていなかった。
「大丈夫だって、サンタを継承できる事
「あっ、マジっすか」
「マジっす」
「……」
方眉が器用に上がる。
聖衣はルーシーの言葉に含みがあるのを気づかない。否、気づく余裕がない。
「談はそれくらいにして、そろそろ継承してもらおうか」
「ッ!」
しびれを切らしたサミュエル。その確かな言葉運びに、ついに来たかと聖衣の顔がこわばる。
「あの……継承は、できないです」
「――なに?」
鋭い目つきが聖衣を射貫く。
「ッそもそも! 何でサンタの力が欲しいですか! 言っておきますけど、サンタって別にいい物でもないですよ!」
睨まれたじろした事を悟らせない様に声を大きく出す聖衣。急な大声だと言うのに、二人は微動だにしなかった。
「毎年のクリスマスには絶対に一回プレゼントしなきゃいけないし、昔みたく煙突も無いし勝手に家に入ったら現代じゃ不法侵入! 霊長類最強の女が壁に張り付いて監視してるんスよ!」
ジッと腕を組むサミュエル。
「初代サンタの時代は木製の玩具が主流だったのに、今じゃテクノロジーが進んで要求されるのは光る鳴るのなりきりおもちゃ! しまいには壊れた
ストローを通してジュースを飲むルーシー。
「これでもサンタが欲しいですか? オワコンなサンタが欲しいですか?」
聖衣が右手の甲を二人に向けると、だんだんと靴下を結ぶ鈴の紋様が光って浮かび上がる。
震える声が部屋を静かに響かせる。突然起こった非日常の体験。縛られ、壊され、人間ではない存在の出現。あいまってはひた隠しにしていた一族の称号の露見。
聖衣の叫びはこれらのストレスが噴出したかの様だった。
「……これはですね、呪いなんですよ。サンタの呪い。プレゼントしないと俺に厄災が降る。……こんなの――」
「――だとしてもだ、寄こして貰うぞ……サンタを!!」
「ッ!?」
乱暴に掴まれるサンタが浮き出る右手。突然の出来事に振り解こうも聖衣は驚愕した。サミュエルの力が強すぎて微動だにしない。
「で、できない理由として、先ずは血族じゃないと継承できません! それに過去、今までも血族じゃない人に壌土しようと動きはあったそうですが、どれも失敗に終わんスよ!」
「前例が無いならば作ればよかろう!」
「単純じゃないんスよ! こいつにも意思の様なものがあって、たぶん選んでるんです! 無理だから離してください!」
力んだ腕を痙攣させる聖衣。無意味だと、虚無だと、必死に説得するがサミュエルの意思は確固たるもので硬い。
「ならばサンタクロースの意思よ、我が深淵と業を見よ」
「ッ!?」
体の芯を響かす語り掛けるサミュエルの声。蒼い瞳が魔力を宿し紫へと変わる。
「久遠を支配した忌まわしき四柱にその眷属。この星の者ではない彼奴等を、神々と共に倒した」
呆然とする聖衣に静観するルーシー。
「神々と天使、堕天使に悪魔。仙人に無論人間! 大きな犠牲を払いながらも、我々は輝く明日をその手に掴んだ!」
いったいサミュエルが何を言っているのか聖衣は分からない。
「そして人類は繁栄を許された。人間ではない者と、人間の我によって!」
だが胸の内に高鳴る鼓動と必死の呼びかけが聖衣を振わす。
「さぁ我が業を見よ! 我が深淵を見よ!」
「ッつ!」
――握り潰される。痛みを感じる程に手を強く握られる。
「我が名はサミュエル・タンホイザー・ングスゥトゥス。
呼応するかの様に手の甲が光り輝く。
「!?!?」
煩く響く光の輝き。音すら聞こえないと錯覚する聖衣だが、右手の甲が熱を帯びて心臓と脳が締め付けられる感覚に陥る。
「――」
腕で覆い眩しさから目を守る聖衣。いつの間にかサングラスを掛けているルーシー。光を見つめるサミュエル。三者三様な反応を取るが、やがて輝きはゆっくり収まっていき収束した。
「……」
状況の整理が付かないなか、彼が先に口を開いた。
「フハハ……ッフハハハハ!! 手に入れたぞ! 幸福の概念を! フハハハハ!!」
「おーやったじゃん! 一時はどうなる事かと思ったけど、無事成功だね!」
「……」
靴下を縛る鈴の模様を手の甲をに宿したサミュエル。嬉しそうに掲げる右手を三人は目に写す。
「話が分かるではないかサンタクロースよ」
「はーいタッチ! ほらハイタッチだって!」
「……」
瞳の接点が合わない聖衣。絶対に有りえない事が起こり動揺を隠せない。
胸に宿るサンタが居ない事は直ぐに分かり、その事実も合わさって胸が締め付けられる。
「……ッ!?」
――心臓が潰れた。
聖衣がそれをみると、幻覚に近い錯覚に見舞われる。
「ええい離れんか堕天使! はいたっちなぞ分からぬ事を言ってからに!」
「サミュエルには現代に染まって貰わないとね! 優しい私が教えてあげる!」
「な、なんで……」
騒ぐ二人を他所に聖衣は混乱していた。
継承されたサンタの概念。それを証明するのは甲に刻まれるサンタの証。
靴下とそれを縛る鈴。それは今サミュエルに宿っている。
というのに。
「どう……なってんだよ……」
震える声。聖衣の手の甲には、見た事もない一つの鈴が証として宿っていた。
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