エピローグ
「社長、お久しぶりです」
俺は、大型モニターの前に腰掛け、その画面に映し込まれた社長に挨拶をした。
場所は、屋敷の敷地内にあるビルの会議室だ。会社のビルだが、今は俺たちの貸し切りとなっている。チャットツールを使って、俺たちは定期的に話し合いをしている。
この場に集まった俺たちは、それぞれ思い思いの恰好をしていた。
俺は、いつものスーツ姿である。麗衣たちは、学校帰りに直接ここに来たのだろう。学校の制服姿だった。
「久しぶりです、お父様」
「やっほー。パパ、元気そうじゃん」
「パパ、かおをみられてうれしい。ママは元気?」
「ああ、ママは元気だよ。あとで話をさせてあげよう」
社長とこうして顔を合わせて話すのは一年ぶりだ。
鋭い眼光と強い意志力を感じさせる表情は、全く変わっていない。少しも老け込む素振りのない社長を見て、俺は感心していた。
「みんな元気そうで何よりだ。安心したよ」
「そちらはいかがですか?」
「こちらの方は順調だよ。ロシアのスタッフは優秀なものがそろっている。何より話が早いのがいい」
社長の機嫌はすこぶるいい。TALOSの宇宙事業の進展は、一定の成果を上げ続けている。
ロシア進出の際に投じられた資金によって、ロシアの宇宙事業は目覚ましい発展を遂げている。日本とロシアの交流も活発になり、国際交流の面でも多大な貢献をしたとみなされ、TALOSは世界的な大企業として羽ばたいた。
全ては、社長がロシアに進出すると決めたことで始まったのだ。
俺は社長に対して、改めて尊敬の念を抱いた。何か大きなことをやり遂げる人は、ためらわない人なのだ、ということを、改めて認識させられていた。
だが、今日は社長と日常会話をするために、この場を設けたわけではない。
俺は今日ここで、人生で最も大きい挑戦をするのだ。
「それで? 改まって話したいことがあるというのは、どんな内容だ?」
社長が切り出す。俺が前もって、改めて話がしたいと伝えてあったのだ。
当然だが、俺は心臓がバクバクと早鐘を打ち始めるのを感じた。
「社長……あの、ですね」
「うん」
俺は、のどの奥がカラカラだった。
どう言い出したらいいのかを忘れ、頭が真っ白になってしまったのだ。
ぐ、と手を握る。どうしようか、と。
その時、俺は首の後ろに暖かい感触を感じていた。
後ろに首をねじる。すると、そこには麗衣と涼音、イリアが横に並び、俺の首の後ろ当たりに手を置いているのが見えた。
頑張って。三人は、目で俺を後押ししてくれていた。
俺は、一瞬だけ驚き……そして、自分を立て直した。
俺は、ここで、言わなければいけないことを告げる。どんなに怒られ、軽蔑されたとしても、絶対に伝えるのだ、と決心した。
「社長に、ご相談があります」
「何だね?」
俺は話を切り出す。これは、一世一代の賭けだ。もしかしたら、ここで俺のまともな人生は終わりを告げてしまうかもしれない。それほどの話だ。
だが、言わなければいけない。
「娘さんたちを、私に、いただけないでしょうか」
「……? 少し、意味が分からないのだが」
社長の声のトーンが、低くなる。
俺は、さぁっと総毛だつのを感じていた。
「……お嬢様たちと、私は、お付き合いをさせていただいております」
「……どういうことだ?」
「言葉の通りです。私は……お嬢様たちと、将来を誓い合った関係なんです」
「娘たち……全員と、だと!? 将来を!?」
社長は一瞬、声を荒らげた。無理もない。俺の言っていることは、想定外だっただろう。
恩を仇で返すとはまさしくこの事だ。
身を預けたら、その男が娘たちを食い荒らすなんて、悪夢に他ならないだろう。
「……で、どうしたいというのだ?」
「せ……責任を、取らせていただきたく……」
「責任、とはどういうことだね」
「お嬢様たちを……私が、この手で導きたいと、そう思って……」
「信頼できると思うかね?」
短い言葉に、社長の渦巻くような感情の正体が見え隠れしていた。
怒り、悲しみ、失望、それらが渦巻いているように、俺には見えた。
俺は、両手を握りしめる。確かに、どう思われても何も言えない。俺の置かれている状況は、そういうものだ。
「言いたいことはわかります。信用など、できようはずもありません。ですが……それでも、俺は麗衣を、涼音を、イリアを、大事に思っています」
社長は、じっと俺を見据えている。何も言わず、ただ俺の言葉を聞いている。
俺の正体を見抜こうと、そう考えているのだろう。
俺にできることは、ただひたすら正直に、麗衣、涼音、イリアへの想いを紡ぐことだけだ。
彼女たちの想いを知り、深く結びつきあい、そして今もなお、全員と愛し合っている。
俺は、彼女たちをみな、愛していた。
「私は、誰かひとりすら残さず、幸せにしたいんです。大事に思っているからこそ、人生をかけてでも、そうしたいと思いました」
ぎゅっと握った手に、爪が食い込む。何を言われても仕方ないと思う。
が、この想いを伝えるには、真正面から行くしかない。俺は、人生最大の覚悟を決めていた。
「お父様、私からもお願いします。私は、先生……幸人さんに出会って、人生が変わりました」
麗衣が、俺の隣に立ち、父親に立ち向かう。
「パパ、うちからもお願い。うち、ゆっきーのことが好きなの。お姉ちゃんにも、イリアちゃんにも負けないくらい、ゆっきーのことが好き。だけど、独り占めして、みんなを悲しませたくない」
涼音もだ。自分が何をしているのか、何を言っているのかわかっているはずだ。だが、毅然とした態度で、堂々とした態度で、立っていた。
「わたしも、センセーのこと、だいすきなの。ぜったいに、センセーのおよめさんになるって、心にきめたの」
イリアもだ。あの小さく内気で、引きこもり気味だった少女が、強い意志を瞳に宿している。
絶対の意志だ。
全員が全員、俺と同じ気持ちを抱き、父親に訴えている。
社長はあっけにとられ……そして、口をゆがめた。
「そうか……ふふ、君という男は」
社長は、面白そうに笑う。
「けしからん、許さん! と、言いたいところだが……それほどの強い思いを見せられては、どうしようもないな。さすがは私が見込んだ男だ。娘を全員、とってしまうとは」
社長の顔には、呆れたような、想像していた通りとでもいうような複雑な笑顔が浮かんでいた。
「どのみち、私はそちらに、まだしばらく帰れない。だから、遠くから見守ることしかできない」
「……はい」
「が、娘たちの声と顔つきを見ればわかる。工藤君。君は娘たちを、本気で愛してくれているんだな?」
「はい」
きっぱりという。俺は彼女たちと心を通わせ、愛し合い、そして大事なものをもらった。
「一生の責任を、取れるな?」
「命をかけて、責任を取らせていただきます」
俺にできることは、人生をかけて彼女たちを幸せにすること。それだけだ。
「よろしい。では、命令する」
社長は、息を大きくのんだ。
「君は、これからTALOSの日本支部代表取締役として就任してもらう」
堂々とした声は、俺たちのいる部屋の隅々まで届く。
その言葉は、あまりにも意外だった。
「ほ、ほんとうに、そんな立ち場を、私に……?」
「もちろんだ。当たり前だが、娘たちを養いながらだ。さっきの言葉、嘘でなければできるはずだ」
モニター越しの社長のまなざしが俺を貫く。当たり前だ。自分の娘、全員を俺に預けようというのだ。覚悟のない男に任せるなど、できないだろう。
「やります。やってみせます」
「ふふん。それでこそ、男だ」
俺の短い答えに、社長はにんまりと笑う。まるで、最初からその答えがくるとわかっていたような言葉だった。
「私の娘たちを、頼んだぞ」
「はい!!」
俺は大きな声で答え、そして立ち上がった。これは、俺の意志だ。
俺は人生をかけて、自分の望むことを叶える。
愛する女性たちを、俺の人生をかけて愛しつくし、そして幸せにする。
そう決意したのだ。
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