第21話 なんでこんなに嫌われてるんだろう?

「イリアは、勉強は苦手か?」


「……苦手、っていうほどじゃない」


「本当に? 成績はどうなの?」


 イリアの勉強机に、俺とイリアは隣あって腰掛ける。

 広い部屋の隅っこにあった勉強机は、大き目のパソコンとキーボード、そしてフィギュアがいくつも置いてある。


 勉強用のスペースはわずかだった。だが、ノートや教科書はおいてあるから、それなりに勉強をしているようだ。


 やる気がないわけじゃない。なら、俺は誠実にイリアに向かい合う。

 俺は、意識して言葉を柔らかくして話し続ける。


 イリアはいやがっていたが、俺は家庭教師としてだけではなく、世話役としての役目もある。

 それを理解していないほど、イリアはかたくなではなかった。


 ためらい勝ちにしながらも、イリアは直近の通知表を持ってきて、俺に手渡してくれた。


「見るよ、いいね?」


「もってこいっていったの、そっちじゃん……」


 唇を尖らせつつ、イリアはそっぽを向く。


 はじめのころの麗衣とはまた違う、

 生理的な嫌悪感というやつか……やっかいだな。俺は内心、戸惑いつつも、手渡された成績表を見てみた。


 ……うん、悪くはない。成績はどれも、可もなく不可もなくという印象だ。


 まんべんなく点を取れている。目立ったのは国語の成績が少し悪いことだ。


「イリアは国語が苦手なのか?」


 無言でうなずく。


「どうして? どこらへんが苦手?」


「にほんご、むずかしくていみが分からないことが多いの。あと、かんじ、よめないの」


 イリアはロシア人妻とのハーフということで、日本に来るのが遅かったようだ。会話は少したどたどしいが、日常会話は可能なレベルと感じていた。


 読み書きに、問題があるらしい。

 そればかりは仕方がない。少しずつ覚えるしかない。俺は地道に教える道しか思いつかなかった。


「じゃあ、俺は国語を中心に教える。漢字や、日本独特の表現はいっぱいあって、覚えるのは大変だけど頑張ろうな」


「……」


 イリアは俯きがちだった。どうも、素直に話が入っていっていない気がする。


 どうして俺、こんなに嫌われてるんだろう。

 そりゃ、第一印象は最悪だっただろうけど……それにしても尾を引きすぎているきがした。


「イリアは、学校生活は楽しい?」


「……」


 無言で、こくんとうなずく。


「学校はどういうところだ? 友達はいるのか?」


「……いる。女のこのともだち、いっぱい」


 微妙な言い方だった。女のコの友達は、いっぱいいる?


「男の友達は?」


 何気なく聞いたつもりだった。しかし、イリアは、ギンっという音が聞こえそうなほど、いやそうな表情を俺に見せた。


「おとこのこ、きらい! へんなこと、すぐにいうから! わたしのこと、へんなめでみてくる、いやなの!」


 ……なるほど。イリアは、男が苦手なんだな。


 それで合点がいった。初めて俺と会った時、俺は涼音とくっついていた。あれは、見ようによっては俺が涼音といやらしいことをしているようだっただろう。

 嫌悪感が刻み込まれてしまったのは、その時か。


「イリアは、男の人が怖いのか?」


「……」


 イリアが、逃げるように離れる。その答えを聞くまでもない。


「よし、分かったよ。それじゃあ、俺はイリアに嫌われたままでいい。その代わり、勉強は教えさせてくれ」


「??」


「先生だって、いい先生ばかりじゃないだろ? 俺は、とびきり嫌な先生だ。今はそれでいい。けど、勉強はしよう」


 イリアはきょとんとしていた。

 嫌われたままでいい、と言う人に出会ったのは初めてなのかもしれない。


 まずは、とっかかりがないと話は進まない。引くことも時には必要だと感じていたからこその行動だったが、それなりに響いたようだ。


「やっほー。勉強はどんなかんじー?」


 ちょうどその時、涼音が部屋に入ってきた。


「イリアちゃん、漫画ありがとね。すんごく面白かったよー♪」


「う、うん。よかった」


 イリアに返す、と言って持ってきた漫画は、有名な少女漫画だった。魔法少女ものってやつだ。子供向けではあるが、ドラマ性が高く、ここ数年では大ブームを引き起こしていた。


「じゃねー、邪魔、しないどいてあげる♪ がんばって、ゆっきー」


 涼音は早々に立ち去る。イリアは残っていてほしかったらしく、あぁ、と声を漏らしていた。


「イリア、魔法少女マリアンヌが好きなのか?」


「え? しってるの?」


 イリアは俺の言葉が意外だったようだ。声が高く跳ねた。


「ああ。有名だし、アニメを見たこともある。って言うか、アニメが原作だよな、これ」


「そーなの!」


 イリアは飛び跳ねた。その勢いで、俺の手を取る。

 俺が驚くのも構わず、イリアは力強く俺の手を握りしめる。


 力いっぱい握っているのだろうが、その手が小さいからか、ふわふわした心地よさしかなかった。


「魔法少女マリアンヌはね、いっさくめからみてるの! ずっと前、まだ小さい子供だったときから、ずっと!」


「うわわわ」


「だいすきなの! マリアンヌになりたいっておもっちゃうくらい、だいすき!」

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