第19話 うちの彼氏になってよ
オーディションを終えて屋敷に戻った俺たちは、涼音の部屋に入った。
オーディションの結果は、惜しくも落選だった。
だが、涼音はひどくサバサバしていた。
「まだまだ何度だってオーディションはあるもん。挑戦するのが大事!」
落選が発表された直後、そういって健気にほほ笑む涼音は、間違いなく俺の中で最高峰の美少女だった。
そして今、その最高の美少女が、俺にぴったりとくっついていた。
「な、なぁ、涼音。ちょっと距離が近すぎないか?」
「えー、いいじゃーん♪ 可愛い可愛い涼音ちゃんが、腕ギュってしてるんだよ? 喜びなよー」
屋敷に着いてから、涼音の部屋に送るまで、涼音は俺の腕に体を絡みつかせるように抱き着いていた。まるで彼氏彼女のような感じだった。
通りすがりに出会った使用人たちの視線が俺に集中していたのがむず痒かった。
俺は足早に廊下を歩く。
もうすぐで涼音の部屋につく。そしたら、解放される。
そう思っていた。
部屋に入ってすぐ、涼音は俺の手を引き、ベッドの端へと隣り合って座らせてきた。
スプリングの効いたベッドの端に腰掛けつつ、すぐそばで見つめあうこの状況は、いくら相手が無邪気な涼音でも艶っぽさを感じてしまう。
俺はドキドキしながらも平静を装った。
「うち、ゆっきーに可愛いって言ってもらえたのが、ホントに嬉しかった」
涼音は俺を見つめる。キラキラと瞳を輝かせながら俺を覗き込む。
「もう一回、言ってくれる? うち、ゆっきーから見て、どう?」
「すごくかわいいよ」
わぁ、と声を漏らす。そして、涼音は俺に抱き着いてきた。
「ありがと、ホントにありがと。うち、可愛いままの自分でいられたの、ゆっきーのお陰」
「なんで俺のお陰だって思うんだ?」
「だって、あの言葉をうちにくれたのは、ゆっきーじゃん」
息継ぎする声すら艶めかしい。涼音は、幼さの残るギャルから、女へと成長をしつつあった。
「ゆっきーって、大人だよね。ずっと落ち着いてて、動じなくて、でも、うちが欲しい言葉、ちゃんとくれる」
涼音は、リップを塗った唇を舌なめずりし、濡らす。
「誰かのことを好きでいる子の方が、誰かを嫌いな気持ちでいる美人よりも、ずっと魅力的だって、言ってくれたじゃん」
男を誘う声が、淡くとろける。少女の未熟さを残しつつも、男の欲望をかき立たせるそのささやきは、すっかり大人のそれであった。
どちらが年上なのか分からないほど、落ち着き払っている。
その潤んだ目に俺をしっかと捉え、逃がさない。俺はもはや、この涼音という少女にすっかり魅入られていた。
「うち、感動したんだよ。好きな気持ちがイチバン大事って言ってくれて、うれしかったの」
愛らしいギャルの、その素直な笑顔には、愛情がたっぷりと詰まっている。素直で純粋、濁りのない情感が、俺に伝わってきていた。
「ゆっきーがいてくれてよかったって、本気で思ったの」
「それは、俺じゃなくても、誰かがいつか涼音に言ってくれていたと思う」
「うちが、可愛くなるのが楽しい、って言ったら、後押ししてくれたのは、ゆっきーじゃん」
涼音は俺の手を取り、そしてそれに口づけした。湿り気が、手の甲に触れる。
心地よかった。
「可愛くなろうとして一所懸命の女の子は、尊いんだって。人の気を引くためにやってることだからって、くだらないことなんかじゃないって、言ってくれたじゃん」
「本当のことだから、だよ」
「すごく立派なことをしてるんだ、だから胸を張っていいんだ、って言った時のゆっきー……素敵、だったよ」
涼音の瞳が、今にも涙がこぼれそうなほど、ゆらゆとしている。
「もともっと可愛くなって、日本中のみんなを、うちの可愛さでハッピーにしてあげたい。それが、うちの夢」
きゅ、と涼音が俺の手を取る。
そして、俺が涼音の言葉を待つ間、突然体が引っ張られ、仰向けにされた。
「それともう一つ、大事なお願い、聞いてくれる?」
涼音は、俺に体ごとのしかかってくる。俺は、自然な流れで仰向けにされていた。
ワイシャツがよれて、俺の胸板が見えてしまう。
涼音は、すぅっと瞳を狭め、瞳孔が開いた目で俺を見つめている。
「うち、ゆっきーの彼女になりたい」
その声は上ずり、どこか上気していた。
「彼女にしてくれる? うち、ゆっきーの彼女になっていい?」
「ま、まて、涼音。俺はお前の……」
俺はその声をさえぎろうと、喉を震わせた。いくら何でも、麗衣についで涼音まで、そんなことになるわけにはいかない。
「だめ、もう止まんない」
が、俺の抵抗など、涼音の意志には全くの無意味だった。
「ちゅ……」
涼音は、俺の顔に自らの顔を近づけ、そして、重ねてきた。
「……好き」
俺は腕を広げ、ベッドに大の字になる。その時、男たちに掴まれた腕が、さらけ出されていることに気づいた。
俺の右手の手首は、強くひねり上げられたことで青く痣になっていた。
「ごめんね、うちのせいで、こんなアザ、できちゃったね」
涼音は、俺の腕の跡を撫で、そしてねぎらう。
「かまわない。俺は、お前を守りたかったんだから」
「……ほんと、ゆっきーって、イケメンだよ」
ちゅ、と涼音は音を立てて、俺の顎に口づけをする。
「つながりたいよ……いいでしょ?」
「大丈夫、なのか?」
「うん……大丈夫」
◇◇◇
「はぁッ! はぁッ! はぁッ! はぁッ!」
あまりの快楽の激しさに、荒々しい声を漏らす。俺と涼音の喘ぎは、しばらく続く。やがて、その喘ぎが収まるころ、涼音が俺の顔に自らの顔を近づけてきた。
くっきりとした目がやや虚ろに溶けて、俺への視線は熱い。
「……キス、しよ」
キス待ち顔の涼音は、あどけなさに混ざる美しさが輝いている。俺は涼音のおねだりに応え、唇を重ねた。
……甘い。とてつもなく、甘くとろけるキスだ。
「……ゆっきー、これからいっぱい、好きな気持ち、教えてね」
くったりとへたりこむ涼音と俺、つながったまま、お互いの体温を確かめ合う。
「これからも、うち、ゆっきーと一緒がいい……ずっと側にいてね、ゆっきー」
俺にのしかかりながら、全身をわななかせる涼音は、少女から女性へと生まれ変わり、その瑞々しい肢体を小刻みにわななかせていた。
俺と涼音はつながったまま、いつまでも互いの体温を感じあうのだった。
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