第13話 初めての相手


「麗衣が人生最初に作ってくれた、立派な作品だよ、これ」


 俺は緊張しながら、そのケーキをスプーン一杯、すくう。スポンジの柔らかさ、クリームのトロミは販売している商品と同じ。あとは味だ。


 そして、ケーキを一口、口にする。


「ど、どうでしょう……?」


 麗衣は、緊張した面持ちで俺の反応を待つ。

 俺は、素直な感想を口にすることにした。


「甘い。すごく甘いよ」


「し、失敗でしょうか?」


「いや失敗じゃない。だってほら、おいしいよ」


 と、俺は麗衣にも食べるように促す。


 麗衣は、少し迷ってから、ケーキを一回、すくい上げた。

 そして、俺と同じように苦笑する。


「あは、本当ですね。ちょっと甘すぎます」


「でも、その甘味は、麗衣の真心が詰まった甘さだよ」


「うふふ。なんですか、それ」


 苦笑する彼女は、愛嬌たっぷりの笑みを俺に無防備に向けてくれる。

 そこには、もう俺に壁を作る少女の姿はなかった。


「麗衣は、これからもたくさんのケーキを作って、人々に笑顔を届けてくれるんだ。そうだろ?」


 俺は、彼女のことをようやくわかった気がした。


「これが出発点だ。そして、ここからは上がるだけだ。なんたって、自分の理想とはかけ離れてるんだ。これよりいいものしか出来上がらない」


「先生……」


「麗衣。俺は君が作りだす悦びを、心から楽しみに待ってる。だから、一緒に頑張ろうな」


「……はい」


 そうして胸元に顔を埋めた麗衣を抱き寄せていたら、俺はなんだか胸がむずむずするのを感じ始めていた。


 よく考えたらこの状況、まずいのでは?


 三十歳の男が、女子高生を抱きしめて頭を撫でているなんて、知らない人が見たらセクハラか淫行だ。


「……ありがとう、ございます。工藤先生」


 麗衣は俺の胸板に顔を埋めながら、ぐりぐりと、顔をこすりつけてきた。


「今までたくさんひどいことをして、申し訳ありませんでした。きっちりと、償わせていただきます」


「ひどいこと? 蹴っ飛ばされたりとか?」


「は、はい。私。頭に血が上ってしまって、あんなに痛い思いをさせてしまいました。謝っても謝り切れません」


 真面目な麗衣らしい。俺は適当にやり過ごそうとも思ったが、一ついいことを思いついた。


 今までの不信の分を取り返すようなアイデアだ。


「じゃあさ、名前で呼んでくれないか? 工藤先生、じゃなくて、幸人さん、って呼んでほしいな」


 俺の提案に、麗衣は赤らんでいた顔を皿に赤らめた。


「て、照れてしまいます」


「はは。いいね、その顔。すごくかわいい」


「か……!?」


「素直な笑顔を見せてくれる女の子って、一番かわいいと思うんだ、俺」


 麗衣の無防備な笑みは、たまらなくかわいい。しっとりと緩んだ頬、唇の桜色、長い睫毛が濡れて、目からは涙が零れ落ちそうになっている。国民的美少女といっても過言ではない。


 そんな美少女が、俺の胸元にいる。奇跡みたいな状況だった。


「麗衣、きっと君は、今よりももっと幸せになれるよ」


 ケーキが好きで、人が喜ぶのが好きで、だからこそ自分の気持ちをおさえつけていきてきた。豊かだが空虚な人生、それが、きっと中身のきっちり詰まった素晴らしいものになる、そう感じていた。


「……幸人、さん」


 麗衣は、俺に抱き着いたまま、か細く囁いた。


「うん、何?」


「実は私、もう一つ、夢があるんです。聞いてもらえます?」


「いいよ。何でも聞かせてくれ」


 本当の先生になったような気分だ。俺は生徒の信頼を心地よく受け止めつつ、彼女の言葉を待つ。


 彼女は少しだけためらい、それから、桜色の唇を震わせるようにして、囁いた。


「私は、可愛いお嫁さんになるのが夢だったんです」


 ぶほ、というせき込みを、何とか押しとどめた。


「お、お嫁さん? あ、ああ、花嫁ね? うん。女の子の夢だよね」


 急に乙女っぽい話になったから動揺してしまった。この子、意外とロマンチストなのかもしれない。


「幸人さん、私、いいお嫁さんになれるでしょうか?」


「なれるよ」


「ほ、本当に?」


「ああ。君はもう、世界最高に可愛い女の子だ。もし俺が麗衣の彼氏だったら、絶対に離さないよ」


「幸人さん……」


 麗衣の目が、うっとりと揺らぐ。そして、揺らいだ瞳の奥には、照れくささに顔をゆがめている俺の顔が写し込まれていた。


「私を、みていただけませんか? 幸人さん」


 近い。近すぎる。俺は、戸惑う。


 そうやって戸惑っている間にも、麗衣の顔は俺の顔に、必要以上に近づいてくる。


「幸人さん……私、おかしいんです。胸が、どくどくと高鳴っています」


 ごく……。あまりにもセクシーなその声は、喘ぎにも似ている。


「私、おかしいのかもしれないんです。……こんな気持ち、生まれて初めてで、どうしたらいいのかわかりません……」


「……麗衣?」


「幸人さん……」


 十歳以上年下の、可憐な美少女が、俺の胸元で悶える。

 制服姿の彼女は、その柔らかな胸を、俺の胸板で弾ませた。

 そして、必要以上に近づいた顔は、俺の顔にかぶさり、やがて唇同士がふんわりと重なり合う。


「ちゅ……」


「ちゅ、ちゅる、ちゅるる、るろ……」


「れろ、ちゅぐ」


 二人の唇が重なり、まぐわい、そして絡み合う。


 麗衣が必要以上に身を寄せてくる。俺はその重みにたじろぎながらも、心地よい柔らかさに体の芯が熱せられるのを感じていた。


「私は、幸人さんのこと、好きだったんです。初めて会った時から、きっと」


「ど、どういう、こと、なんだ……?」


「お父様の言葉じゃないけれど……運命みたいなもの、感じるようになっていました」


 麗衣は俺を見つめながら、顔を寄せてくるのをやめない。麗衣は幼さを残しつつも、女としての成長した顔を見せてくている。ゆったりと眉根を下げて、ウルウルとした瞳をゆるりと流し目で見る。。


「幸人さん」


 甘ったるい。しっとりとしながらも、甘ったるい女のささやきだ。


 その唇が、甘ったるい味わいを俺にこすりつけてくる。どういうことだろう。こんな風に女性と行為を行うのは初めてじゃない。久しぶりではあるが、慣れ親しんだ感覚は男を昂らせる。そして、感じたことのない心地よさで、体中が包みこまれたような錯覚を覚えていた。


「私、幸人さんが家庭教師になってくれるって知って、もしかしたらこんな風になれるかもって、期待していました」


「れ、麗衣」


「好きです、幸人さん。私を、もらってください」


 上目遣いで僕を見上げる麗衣は、愛くるしい目をウルウルさせている。ずるい。こんな美少女のこんな姿を見せつけられて、理性が乱れない男なんていない。


 唇が重なる。ふっくらとした柚乃の唇の表面が、僕の唇の上で弾む。


 ぷっくりとした麗衣の唇が、瑞々しく弾む。たまらなく甘い。女の子の唇は、どうしてこんなにも甘くとろけるようなまろみがあるのだろう。


 まるでグミのようだ。柔らかく弾力が強い。こんなにも麗しい美少女との口づけは、初めてだった。


「ん、あ……やぁ、ん」


 麗衣はもじもじと体を揺らす。上半身を覆う布のおなかの辺りが、大胆にめくれている。麗衣がまくりあげたのだ。


「れ、麗衣」


「……いい、ですか?」


「い、いや、麗衣、そこまでするのは……」


「私、初めては絶対、初恋の人に上げたいって思っているんです。私が、初めてここまで恋焦がれた、素敵な大人の人……」


 麗衣の瞳は生暖かい欲望への期待をともしていた。どう考えても処女の彼女……雇い主の、守らねばならない少女を、俺が、抱くのか……?


 ためらいはあった。だが、この美少女はあまりにも麗しく俺を誘惑する。


「ほ、本気なんだな?」


「……はい」


 すっかり湯気が立ち上っていた麗衣の顔は、桃色に染め上げられている。


 愛らしい。あまりにも愛らしく、美しい。


 麗衣は、恥じらいながらも、下半身を覆うスカートをめくり、その中を見せてくれる。


 麗衣のむっちりとした肉感のある太ももがあらわになり、閉じられた太ももが、むわっとした蒸気を吹き上げさせていた。


 覚悟を決めた俺は、ゆっくりと指をソコへと触れさせた。



 ◇◇◇



「はぁはぁ……ふあぁん」


 吐息が混ざり、絶頂直後の快楽に、身をゆだねる。


 俺が麗衣の顔に顔をかぶせると、麗衣は自ら口を近づけ、重ねてくれた。


 初めての交わりの歓喜に、涙で顔を濡らす麗衣は、俺との口づけにうっとりとしつつ、唇を何度もこすらせ、歓喜の証を示す。


 甘ったるい口づけの時間を過ごしながら、俺は、とイスに腰掛けた。


 こんな場所で、こんな相手となんてことを、と想い、途方にくれてしまう。


「幸人さん、私、嬉しいです」


「……は、はは。まさか、こんなことになるなんて」


 俺は、複雑な笑みをこぼす。

 もはや、こんなリアクションをするしかない。


 嫌われていると思っていた相手と、まさか、こんな風に結ばれるだなんて……。


「幸人さん、これから一緒に支え合ってくれるんですよね」


 麗衣の声は、落ち着いていた。落ち着きを取り戻しかけていた俺の頭に、ほんのりとした暖かみが舞い降りる。


「うん、そうだよ」


「ずっと一緒に、いてくださいね」


 俺たちは手をつなぎ、互いの気持ちを確かめ合うように指を絡ませる。

 初めてのつながりの喜びに浸りながら




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