第5話 素敵な三姉妹お嬢様

「これが、社長の屋敷か」


 俺は圧倒されてしまった。いや、もうこの会社にかかわってから何回目か分からないが、とにかく圧倒的だった。


 どでかい洋風の門が構えられていて、隣の壁際にはタッチパネルがあった。どうも、ここにパスワードを打ち込まないと開かない仕組みらしい。


 広い、大きい。どこまで敷地なのか、首を振っても分からない。それくらいに広い。


 そしてキレイだ。隅々までキレイだ。どこもかしこもピカピカで、扉も壁もホコリ一つない。


 門の構えに圧倒されつつも、俺はそこをくぐる。


 しばらく歩くと、入口らしき扉の前に着いた。ここに来ればいいのかと思っていたけど、どこにもインターフォンらしきものが見えない。


「どうすればいいんだ、これ」


 俺はあちこちを探り、何か合図を送れるようなものを探した。が、どこにも見当たらない。


 俺は困り果ててしまった。どうしよう。これ、締め出しを食らってしまったのか?


 しばらく立ち尽くすが、反応は何もない。


「えーっと……」


 俺は、髪をかきながら立ち尽くすと、後ろからコツコツと足音が聞こえた。


 軽快な足音である。俺が振り向くと、そこにはこの屋敷にそぐわないような少女がいた。


 スマートフォンを覗き込みながら、薄い色合いのブレザーを着崩したギャルが、こちらに向かって歩いてきていた。


「んー?」


 あ、気づいた。最初、ちょっと目を丸くしたのは、見たこともない中年がこんなとこで何してるんだろ、とでも思っていたんだろう。俺だってなんでこんなことになってるのか分からない。


 俺が軽くお辞儀すると、少女は手を俺へと小さく手を振った。


 彼女は表情を緩め、いたずらっぽく微笑む。


「うっすー。おにーさん、見ない顔だけど、どちらさま?」


 いきなり馴れ馴れしい態度だ。見た目通りのギャルらしい。


「あ、あの、こちらが神楽坂かぐらざか社長のご自宅、ですよね」


「そ。おにーさん、ウチになんか用?」


「ええ。こちらに話をしにくるように、社長に呼び出されておりまして」


「ふーん」


 少女は俺を無遠慮な目でジロジロ見る。真正面に立ち、俺をじっくりと見つめてくる。品定めされているみたいで息苦しい。


 少女はじっくりと俺を観察するつもりのようだ。


「へー。ふーん、ほー、ほほー」


 わざとらしくふんふんとうなずきつつ、少女は俺の周りをぐるっと一周し、真ん前に戻ってくる。


 しゅた、と手を額に掲げ、にこやかにほほ笑む。


「あざーっす。へへ、どんな人かなって思ってたんだー」


「どんな人かな?」


「おにーさん、今日から来るって言うウチらのカテキョっしょ? パパから聞いてるよ」


「え、知ってたんですか?」


「そそ。お迎えに行くように言われてたから、ついでに人間観察っての? やってみたのー」


 くしし、といたずらっぽく微笑む。俺は、なんだ、と思って胸をなでおろした。


 締め出されたわけじゃなかった。とりあえず、話は進むらしい。


「ねね、ウチを見て、どう?」


「ん? どう、と言いますと?」


「あっはは、もうやめてよ、その敬語! ウチ、せんせーの生徒だよ? 普通に話して」


「い、いえでも、雇い主の娘さんですし」


「だったらなおさら、言うこと聞かなきゃだめじゃーん? ねー、うりうりー」


「ちょ、ま……」


 少女は俺の脇腹をくすぐりだす。なんだ、この子の馴れ馴れしさは。


「ま、待って待って、分かった、敬語はやめるから」


「よろしい。じゃ、今日からよろしくね、センセ」


 少女は俺の隣に立ち、いたずらっぽいほほえみを浮かべていた。


 俺はさっきまでのお返しとばかりに、少女を観察することにした。


 近くから見ると、この少女のかわいらしさがよく分かった。


 長い睫毛がややカールしてるのは、お手入れをしているからだろう。真ん丸な目を縁取っている長い睫毛は少女らしさと女性らしさの入り混じった色気を醸し出している。


 俺よりもだいぶ背の低い少女の体躯は、既に女を主張し始めていた。特に目立つのは、鎖骨あたりまで露出した胸元から豊かな乳房までのふっくらとしたカーブだ。


 肌が白い。シミ一つない肌に、うっすらと紅のさしこむようなきめ細かさが、いかにも女子高生って感じだ。


 爪にはネイルが塗られていて、女子アピールが激しい。唇にはピンクのルージュがうっすらといていた。


 それにしても、どこかで見たような気がする。記憶があいまいだけど……どうしてだ?


「にしてもさー。ちょっと疲れてる感じはするけど、うん。けっこうイイ感じじゃーん」


「へ」


「おにーさん、いくつ? 25歳くらい? どこ住み? あ、そうだ、Twitterやってる? アカ教えてよ、つながろー」


 少女は携帯を取り出し、俺に促す。


 俺は迷いつつも、携帯を取り出す。


「ねー、早く早くぅ」


「ま、待て待て、ちょっと待って」


「とりまフォロバしてよ。元の会社にお友達とかいるんでしょ? ウチのモデル画像、拡散してくれたらうれしーなッ」


「待ってくれってば、ちょ、あわわ、あぶなッ」


 やたらぐいぐいと来る少女に、俺はたじろぐ。


 携帯を操作している間、少女はやたらと密着してくる。


 む、胸の感触が、俺の脇腹に弾んで、集中できなくなる……。


「ほらぁ、早くしてってばー」


 少女が、体を大きく伸ばし、俺が胸元に構えていた携帯をつかもうとする。その時、ぐにゅにゅ、という弾力が、左の二の腕辺りで弾んだ。


「う、うわわッ」


 俺は、その弾力に弾かれるように横に倒れ落ちそうになる。


「あやや、おにーさんッ」


 少女もまた、俺につられるように倒れ込む。


 がく、と横に倒れた俺は、上にのしかかってくる少女を受け止めながら、その場で地面に仰向けになって倒れた。


「い、いてて」


「いったー」


「だ、大丈夫か? ケガはない?」


「うん、だいじょーぶ」


 少女の声が、俺の上から響く。


 俺が頭を振り、痛みがないことを確認して……股間の辺りで、不自然な重みがかかってることに気づいた。


「あやや、おにーさん、重くない?」


「うわわッ」


「やッ。急に動かないでよー、あぶないじゃん」


 仰向けになった俺に、少女が上から覆いかぶさる形になっていた。


 ど、どうしてこうなった……? と戸惑いつつも、俺は彼女を振り落とさないように、姿勢を保つ。そんなに重くないし、苦しくはない。むしろ気持ちいいくらい……って、変態か俺は。


「えへへー、ごめんごめん、すぐにどく……あ」


 少女が途中までいいかけて、固まる。


涼音すずね……そして、そこの男の人……な、な、なにをしてるんですか?」


 少し離れた場所から、震え声が聞こえてきた。


 俺にのしかかっている少女の視線は、そのもう一人の少女を見ているのだろう。


「はろー、麗衣れいちゃん、イリアちゃん」


 俺は、のけぞるような姿勢で、少女の向いている方を見た。


 その時だった。


 ぶわぁ、という大きい音と共に、一陣の風が吹き抜けた。


「きゃあッ!!」


 高い悲鳴が響き、直後、ばさっと音がする。


 スカートがめくれ上がり、その下のショーツ……真っ白な布地に、ワンポイントのリボンのような装飾がある……が、丸見えになった。


 ぶおぉ、という強い風が、しばらくしてやむ。


 そして、スカートは元の形に納まり、その陰に隠れて見えなかった少女の顔が見えた。


「み、み、み、み……見ましたか?」


 目の前に逆さの光景が広がっている。


 その先には、二人の少女がいた。


 スカートを抑えて真っ赤になっている少女と、その隣にいる小柄な銀髪の少女だ。


 スカートを抑えている子は、ブラウンのロングヘアを風にたなびかせながら、わなわなと震えていた。


 普段はおっとりとしてそうな丸い瞳には強い意志が宿っている。すっと通った鼻梁、きゅっと引き締まった唇が、美貌を際立たせている。しっかり者のお嬢様、という雰囲気だった。


 その隣にいる少女は、銀髪をサイドテールにまとめている可愛らしい子だった。


 短い手足、小ぶりな体躯、すらっとした体つきが特徴的で、顔も小さい。


 すっきりとした構成の少女は、その垂れ目がちな目に怯えを浮かべていた。内気な子なのかもしれない。


「答えてください、みたんですか?」


 ぶるぶると、真っ赤になりながら俺をにらみつけている。


「み、見えて、しまいました」


「……!!!!」


 声にならない怒りが目に見えるようだ。


 これ、まずい。


 本能が告げていた。


「へ、へんたい……うちに、へんたいが来た、お姉ちゃん、わたしこわいよぉッ」


 舌ったらずな声で、小柄な少女が怯えたように隣の子にすがりつく。


「こ、この、このこの、この……」


「うわわ、待ってくれってッ、誤解なんだ!」


「この変態ッ!!」


 少女のおたけびが辺りに響き渡り、顎の辺りに強烈な衝撃が走る。


 俺の意識は、そこで途切れてしまった。

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