第4話 社長さんは家庭教師が欲しい
「これが
俺は深く息を吐いた。
あの後、俺はTALOSに電話した。どうやら話はほとんどついていたらしい。受付の女性が
とにかく本社に一度、来てほしいとのことだった。日時はこちらの都合に全てあわせてくれるとのことで、俺は図々しくも翌日の昼にお願いした。疲労を少しでも取って、ちょっとでもすっきりとした顔で面会したいと思ったからだ。
かくして、くだんの超大企業TALOS本社の入口らしき場所に到着していた。
らしき、というのは、とんでもなく大きい会社で、入口がどこだか分からなかったからだ。
周りをきょろきょろと見回すが、長く高い壁があって入口が見えない。仕方なくその壁に沿って歩くが、
「すげぇ……」
ロケット発着場だろうか。機械でできた大掛かりな装置っぽいのが何個も敷地に置いてある。
飛行機の滑走路みたいなのもあるし、工事業務で使うような中型から大型の車両が何十台……いや、百台以上か? ……敷地内で移動していた。
こんなところの会長なんていったら、しがないIT企業の人間になんか目もくれないだろうに。
俺は歩き続けた。すると、音もなく、車が俺の隣にとまった。
「え、な……」
背広姿の若い男の人が二人、中から出てくる。
「
「え、は?」
「会長とロベルト様から特徴は伺っております。ご本人に間違いございませんね」
「は、はい? ロベ……?」
「工藤幸人様、お待ちいたしておりました。どうぞ、こちらにお乗りください」
一連の流れは十秒かかったかどうか、だ。
一人の人が、座席に乗り込む。もう一人の人は、恭しく頭を下げつつ、車の助手席の扉を開けて待っていてくれてる。俺はビビりながら車に乗り込んだ。
「では参ります」
若いイケメンの片割れが言うと、車はほとんど音もなく、かすかなモーター音を鳴らして走り出した。
「な、なん、だ、この車……静かすぎる」
「宇宙開発技術を用いて作成された、次々世代に発表予定の車両でございます」
「圧搾空気による推進エネルギーを動力源にしているので、ガソリンや水素などが必要ない、新技術の車両です」
「そうなんですか……すごいですね」
ちょっとしたつぶやきにも細かく返答してくれる。丁寧極まりない対応だった。
それに言っていることもとんでもない。次々世代の新技術? 宇宙開発? なんだそれ、聞いたこともない。
いや、大学の教授に宇宙をテーマにした研究をしている人がいて、その教授は「もう二十年もすれば、世界に宇宙関連技術を取り込んだ技術革新が起きる」と言っていた。
半信半疑だったけど、ここまで進んでいるのか……と、俺は感心した。
「もうすぐ到着です。こちらが会長のおられるタワーとなります」
「た、タワー?」
「会長は特殊鋼材を使用したタワーに、万全なセキュリティの中でお仕事をされております」
なるほど……これだけステータスがある人には、いろいろあるんだろう。
あれ、でもこの前は、自分と運転手だけで車に乗ってたけど……なにかあったのか?
「つきました。どうぞ」
俺が考えていると、ぱかっと扉が開いた。
車が停止していたらしい。それすら気づかなかった。俺は言われるまま車から降りると、直後、圧倒されてしまった。
「……すごすぎないか、これ」
ものすごい高さのタワーが目の前にある。
「工藤幸人様。こちらのエレベータで、会長のおられる部屋の前まで着くことができます」
「会長が楽しみにお待ちです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
俺は背後を振り返る。すると、二人の男性は深々とお辞儀している。俺はひたすら恐縮しながら、目の前にある自動扉をくぐり、中に入った。
◇◇◇
俺は受付のお姉さんに説明を受けて、ビルの最上階へと向かった。
このビルは十階まであり、高さとしてはそれほどでもないが、とにかくだだっ広い。
俺の乗ったエレベーターはまっすぐに上昇し、あっという間に目的の階に到着した。
どでかいドアが、目の前にある。木でできたドアは質素で地味なデザインだが、中に入るのは少しためらわれた。
俺は、いったん胸をなでて深呼吸する。そして、意を決してノックした。
「失礼します」
俺が中に足を踏み入れると、遠くに置いてある机が見えた。
その机には、一人の男性が腰掛けている。
男性には見覚えがある。この前の事故の日に見たのと同じ服を着た壮年の男性だった。
「おぉ、おぉ!! 来てくれたか、命の恩人!!」
俺に気づいた男性は、俺を見ると机から飛び上がり、俺の前に駆け寄ってきた。
「君が命がけで助けてくれたおかげで、私はこうしてまだ生きているよ。いくら感謝してもしきれない。本当にありがとう!」
やや興奮気味の口調だが、気品のある雰囲気は自然とこみあげている。
さすがに大企業のトップ、身にまとっている空気は一流のものだ。
「きょ、恐縮です」
「あぁ、名乗り遅れたな。私の名刺をお渡ししよう」
と、男性は机に戻り、名刺を持って再び目の前に戻ってくる。
「私の名前は
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。あの、私は……」
「存じているよ。失礼と思うが、君にキチンとしたお礼をするため、部下にいろいろと調べてもらった」
「調べ……?」
「どうしても君に直接会って、お礼をしたかった。非礼がないように、どのような人柄なのかは知っておきたかったんだよ、気を悪くしたなら済まない」
社長は深くお辞儀する。一企業の、それも日本有数の大企業の人が、俺みたいな凡人に頭を下げているなんて、夢でも見ているみたいだ。
「やめてください、社長。私はたまたま通りがかっただけの凡人です。調べられた程度で、特に何も思うところはありません、頭を上げてください」
「おお、君という男は、本当に誠実で礼儀をわきまえているんだね。誠に感心することしきりだよ」
社長は俺の言動に心から感心しているようだ。何の変哲もないことを言っているだけなんだが、よほどこの前の事故の印象が良かったのだろう。
幸運と言うべきなのだろうけど、俺の内心は複雑だった。棚からぼた餅というか、そんな感じで居心地が悪い。
「今日は、お礼とお願いがあってここまでご足労をお願いしたんだ」
そう言いながら、社長は部屋の中央にある机に手で誘導してくれた。
俺は素直に従い、社長と高級そうなテーブルをはさみ、対面する。
「まずは、改めてこの度のお礼をしたい。私の命を助けて下さって、本当にありがとう。心から感謝している」
「いえ、もう充分にお礼はしていただきました。そんなに気にしないでください」
「ふむ。さすがの人格者だね。ますます気に入った」
「は、はは」
「君にお礼をしたい」
「……は」
「単刀直入に言おう。君を、私の娘専属の家庭教師として雇わせていただきたいのだよ」
「え」
「私の三人の娘たちを、君にゆだねたい。そう思っているんだ」
「え、え? 私が、TALOS社長の娘さんの、家庭教師を?」
「そうだ。もちろん、報酬は弾ませてもらう。今回の件も含めて」
「どうして、私なんかにそこまで……」
「君が、自らを省みずに私を助けてくれるような男だからだよ」
「いや、でも、あれはたまたま私が通りがかっただけですよ」
「ああ、たまたまだ。しかしね、そんな状況で、見捨てる人もいると思う。警察に連絡して、そのまま立ち去る人だっているだろう。君は、ブラック企業に勤務して疲弊しつつも、私たちを必死で助けてくれた。通報し、警察の調書にも最後まで付き合ったらしいじゃないか」
あの名刺からそこまで情報がわたってるのか。今の時代、うかつなことをしてしまったのかもしれない。
「……当たり前のことをしたまでです。買い被りですよ」
「当たり前を避けたりしなかった。君がそうしてくれたから、私は、命を救われ、そして君という素晴らしい男と出会えた。全て君の人格のお陰だ」
「……」
「君には他人にないものがある。私にはわかるんだ」
困った。完全に俺のことを買い被りまくってる。ぐうぜん命を助けられたことがここまで影響するなんて思ってもいなかった。
「君の力を借りたい。もちろん、報酬は弾ませてもらう」
がし、と肩を両手で掴まれた。社長の顔が、俺の真ん前に来る。大きい顔は、いたって真面目だ。
「お願いだ。受けてほしい」
俺は、ぐいぐいと来る社長に押されるまま、あまりの急展開にひたすら当惑をつづける。
眼光鋭い社長の前のめりな姿に、ツバを飲んでたじろぐしかなかった。
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