第3話 大手企業から呼び出しをくらいました
「システムエンジニアですか」
俺は警察の事情聴取を受けていた。
この事故には偶然、居合わせたこと。トラックの運転手は顔も見ていない。高級車に乗っていた人のことは全く知らない。あのままだと危険だと思ったから助けた、という説明に、警察は何度もうなずき、べつの警官が来ては同じことを繰り返し尋ねてきた。
「あの、そろそろ帰っていいですかね」
人助けをほめられるのは気持ちがイイものの、拘束時間が長すぎる。すっかり深夜だ。このままじゃ明日の仕事に確実に影響が出てしまう。
「まぁまぁ、あなたが居合わせたことで二人も助かったんですから、もう少し詳しく聞かせてください」
「はぁ……」
ここで強く断れないのが、俺なのだ。ばしっと「明日仕事なので! 帰りたいです!」とでもいえる性格だったら、損はしないんだろうが……と、うなだれた。
結局、調書やらなにやらで、警察から解放されたのは朝の4時くらいだった。
半分眠りながらの調書への記入を見守りながら、俺はいつのまにか終わっていた事情徴収の後、街中の道に立っていた。
「警官め……何が英雄だよ、さんざひっぱりまわしといてさぁ」
俺は恨みがましく独り言ちる。時計はもう4時半、眠ったら確実に遅刻する。
とはいえ、毎日の寝不足に悩まされている俺が徹夜で仕事なんて、無理な話である。
俺は苦々しい思いを胸にしつつ、フレックスをお願いすることにした。遅ればせながらネットカフェに向かい、歩き出す。
その時、だった。
「待ってください!」
「え」
俺が呼ばれて振り返ると、そこにはあの車の運転手のおじいさんがいた。
俺より頭一つ分くらい身長が高い。あの時は必死だったからあいまいな印象だったが、執事服に身を包んでいる上品そうな人だ。
「あなたは命の恩人です。どうか、お礼をさせてください」
「え、い、いや、その」
困った。もう今すぐにでも寝たいのに、こんなところで呼び止められたら、また睡眠時間が減ってしまう。
「お願いします。主人より、絶対にお引止めして、全身全霊のお礼をするように、と申し付けられております」
主人? 全力全霊?
なんだか仰々しいな。なんか悪いことでもしてる人なのか?
俺は警戒感をあらわにし、とりあえずこの場は軽くあしらうことにした。
が、この人はいくら大丈夫です、礼なんていりませんからと言っても食い下がってきた。
これじゃ、睡眠時間が……
たまりかねた俺は、ケースから名刺を取りだし、手渡した。
「じゃ、じゃあ、これを」
「これは、名刺?」
「ええ。今日はどうしても仕事の都合がつきません。ですから、もし気がやむようでしたら、その電話にかけてください」
とにかく早く寝たい、という思いでいっぱいだった。
「株式会社MWA……おぉ、おぉ、ありがとうございます」
老人がなにやら破顔し、何度も頭を下げる。俺は、その上機嫌な老人の顔を見て、胸をなでおろした。
「それでは」
俺はその場を去る。
「本当に、ありがとうございました」
背後から引き締まった声が聞こえる。ちらっと振り返ると、執事のおじいさんは、斜め四十五度のしっかりとした日本式のお辞儀をしていた。
ずいぶん律儀なんだな。と思いながら、俺は手を振り、今度こそネカフェへと向かった。
◇◇◇
「おはようございます……」
俺は会社のオフィスのドアを開け、中に入った。
まだ頭が重い。フレックスにしてもらって、ネカフェで時間ぎりぎりまで寝てたせいだろうか。まだ瞼が思い。
ぼんやりとした目をこすり、自分の席へ行こうとすると、異変に気付いた。
視線がこっちに集中している。
え? なんだ?
異様な光景に、俺はたじろいだ。なんだこれ、どういうことだ。
「工藤!
と、俺が動けずにいると、直属の上司が飛んできた。
「お、おはようございます。その、今日は、急な勤務時間変更を受け入れて下さって……」
「そんなことはどうでもいい! お前、昨日、なにかやったのか? ん?」
「は?」
俺は首を傾げた。
昨日? 昨日は……まぁ、あのとんでもない事故に巻き込まれたな……はは、思い出したくもないわ、あんなの。
まぁ、英雄扱いされたし、なんだかんだ感謝されたから、やりとげた感はあった。
けれど、今こうして上司にどやされる原因になったわけだし、たぶん今日も終電近くまでの仕事が積みあがってるだろう。
重々しい気持ちがこみ上げてくる。
「あの、何かありました?」
「何かも何も、お前を名指しに、
「TALOS?」
「知らないのか? マジかお前、あのTALOSだぞ」
「……」
ここ何年もニュースとかまともに見れていない。仕事か寝てるか、家事してるかゲームをちょろとやるか、だ。タロスだかタコスだか知らないけど、興味ない。
「人工衛星の開発、そして衛星を利用した世界同時配信サービスを展開してる超一流企業だぞ! そこの会長……つまりトップが、工藤幸人、お前を名指しにして、出向を依頼してきたんだ、ウチみたいな小規模な会社に」
あ、そこ認めるんだ。普段は「いずれウチは業界トップになる会社だ!」とか豪語してるわりに謙虚だな。
とまぁ、ずれた感想を抱きながら、俺は立ち尽くす。
「あの、それで私は、なにをすればいいんでしょうか?」
「聞いてなかったのか? 出向だよ出向! 今すぐTALOS本社に電話しろ! 予定を聞いたら速攻でお伺いしろ! ほら、これが連絡先だ、今すぐだ今すぐ!」
「で、ですが、私の仕事……」
「そんなのどうにでもなる! お前の仕事は、今日からTALOSとのパイプをがっちりと作り上げることだ!」
上司の目がランランと輝き、鼻の孔がかっぴらいている。
この人、根は悪くない人なんだけど、露骨なんだよな。
俺はそんなことを思いつつ、一礼する。
オフィスから出て、扉をしめた。
直後、どぉっという大きな怒号のような声が、背後の室内から轟く。
「なになに、なんだアレ? TALOSが工藤に、何の用なんだ!?!?」
「別にあいつ、飛びぬけた成績でもねーじゃん! どうしてあいつが!?」
「工藤くんすっご! すっごい! あたし、彼にアピってみよっかな!?」
「ずるッ!! 私も私も!!」
「うわぁ……」
俺は中から聞こえてくる声に寒気を感じ、そそくさとその場を移動するのだった。
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