チャンス

「形式上解散でーす。ここからは自由時間ですが、常識的な時間には帰宅するように心掛けてください」

 先生から号令で生徒たちはワラワラと人が散っていく。

「大和、少しだけ二人で回らない?」

「いいけど」

「ねぇねぇ大和」

 凪がこっそり俺の肩を叩いてきたのは本日4回目のジェットコースターから出てきた時だった。

「なんかさっきからソワソワしてない?」

「そんなつもりは……ないんだけど」

 嘘が下手な俺と、嘘を見抜くのが上手い凪では話にならない。

「まぁこんな日だからね。女の子と何か……とか考えても良いんじゃないかな?」

「なんで女の子限定なんだよ」

「大和ってよっぽどのことがないと慌てたりしないでしょ。だからただの消去法だよ」

「消去法って……」

「この後には解散だと思うから好きなようにしなさいよ。若人よ」

「何を経験してきたんだよ」

「せっかくなら良いこと教えてあげる」

「良いこと?」

「噴水の前で告白すると成功失敗に関わらず幸せになるらしいよ」

 真白から噴水の前がオススメだという話は聞いていたが、幸せになるという話は聞いていなかった。

「よく分からないけど、何かやるなら頑張ってね」

 時間は5時半を回っていた。

「ごめん、ちょっと用事があるから」

「え、本当に!?」

 一人で驚いている凪を置いて、俺は目的地にも歩いていく。

「ちょっと早く来ちゃったな」

 周りはカップルだらけ、私の事を見ている人は誰も居ない。

 誰も見ていないって分かってるのに、一人で居ることがやっぱり孤独感を煽っている。

 時間を見れば5時半になったくらいだ。

「あれ?吉町さんだ」

 そこに居たのはクラスメイトの大城さん。

「ん、大城さん……と」

 横を見ると、同級生らしき男の子が立っている。

「彼氏居たんだ」

「えへへ、今日告白されちゃった」

「羨ましいわね~」

「も~恥ずかしいから捲し立てないでよ。吉町さんは?」

「ちょっと呼ばれちゃってね」

「もしかして告白!?」

「んー、どうだろ」

「絶対そうだよ!羨ましいな~吉町さんは選び放題で」

「え?」

 彼氏さんが絶望の表情を浮かべている。

「私たち行くね。大宮さんも遊園地楽しんでね!」

「うん、ありがと」

 時間は段々と6時に近づいている。

 キョロキョロと周りを見渡しても宮村くんの姿はない。

「やっぱり居ないよね……」

 余裕があるということなのだろうか、でも普段の宮村くんにしてはちょっと考えられない。

「何かあったのかな……」

 ちょうどそのタイミングでポケットの中が振動する。

 私はケータイを取り出すと、噂の宮村くんだった。

 私は大きく深呼吸してから電話に出る。

「宮村くんどうしたの?」

『ごめん吉町!時間に間に合わない』

「今更緊張してきた……」

『何をビビってるのよ。あれだけフォローしたでしょ』

「だって吉町さんが気にしなくても、俺の方が顔合わせられないんだよ!」

 この短時間にトイレの鏡で四回確認した。

『そろそろ時間でしょ?早く行きなさい』

「分かったよ」

『頑ば……!』

 電話の向こうから大きな音が聞こえてくる。

「大宮大丈夫か?」

 電話口からは何も聞こえない。

 画面を確認すると、すでに電話は切れていた。

 俺はメッセージで短く「大丈夫か?」と送る。

 だが一、二分経っても返信どころか既読すら付かない。

「真白……?」

 まさか……なんてことを考えてしまう。

 ぞわぞわと不安が大きくなっていくのが分かる。

 充電が切れたくらいなら問題ないのだが、真白はモバイルバッテリーを普段から持っている。今日に限って持っていないとも考えずらかった。

 時間はすでに五十分を回っている。

「真白……」

 吉町との約束までは時間がない。

 その瞬間には、俺は走り出して電話を掛けていた。

 躊躇いはあった、動揺もあった。

 だけどそれを考える時間はそんなにかからなかった。

 電話が繋がる音と、電話口の向こうから呼吸の音が聞こえる。

『宮村くんどうしたの?』

「ごめん吉町!時間に間に合わない」

 電話の向こうからの声が止まる。

「本当にごめん!」

『ちなみに理由聞いてもいい?』

「真白といきなり連絡が取れなくなったんだ。何かあったのかもしれない」

『真白が!?なら私も探しに行くよ』

「でも……いや、お願いしていいか?」

『分かった。宮村くんも気を付けてね』

「あぁ……」

 それで電話が切れる。

 もっと何か言われると思ったが、彼女がそれだけで引き下がってくれたことで息が漏れてしまう。

 もしかしたら俺と会うことに対して気が重たかったのかもしれない。そう思ったら悲しい気持ちになるが、今はそれ以上踏み込むことは考えないようにした。

「最悪……」

 電話しながら歩いていた私にも非はあったと思う。だけどまさかスマホとポケットに入っていた財布を落として、そのまま人の流れに飲み込まれるなんて思わなかった。

「宮村上手くやってるのかな……」

 それを確認するすべも今は持っていない。

 今日は仕方なく帰って、家で確認すればいいだろう。

「誰か見つけてお金借りよ……」

 今頃告白は成功しているんだろうな。

 宮村くんは言わずもがな、しずくはわざわざ口に出さないけど、宮村くんみたいな人が好きだ。

 きっと仲良くなって二人で放課後遊んだり、休みの日に出掛けたりするんだろうな。

「そうなったら私、お役目ごめんじゃん!」

 でもしずくは多分遊んでくれるだろうし、宮村は色々と言いながらも遊んでくれるだろう。

 それはそれできっと寂しいけど

 ふと目の前を見ればたくさんのカップルで溢れている。

 羨ましいなーとか、私も欲しいなーとかは全く思わないけど

「……宮村」

 もしも私の隣を彼が歩いていたら、なんてことを考えたことがないわけではない。

「呼んだか?」

 そんな声が聞こえた。

「宮村……」

 だけどそれは彼にも、しずくにも悪いことなんだ。

 宮村は慌てた様子でこっちまで走ってきた。

「なんでここにいるの」

 私のぶすっとした態度も気に留めない宮村は息を切らして私の肩を掴んだ。

「真白が……いきなり連絡が……取れなくなって……それで」

「スマホ落としちゃったから……」

「ならよかったよ。吉町にも探してもらってたんだ」

「しずくにも!?」

「行けないことを言ったら……手伝ってくれたんだよ」

「行けないって、そんな……私のために」

 ようやく宮村くんは息を整えて、しっかりと立つ。

「当たり前だろ。真白に何かあったらどうするんだよ」

「告白……」

 私はとっさに口を塞いだが、すでに遅かった。

 宮村くんは私の方を振り返って近づいてくる。だけど逆光でその表情までは分からない。

「あー……えっと」

「……?」

 目の前まで来た時には少し迫力があったのに、いざ口を開くと彼はどもりだす。

「あー!分かってるよ!」

 彼が大きく息を吸う。

「真白も俺にとって大事な人なんだよ」

 相変わらず細かい表情までは見えない。だけど彼の顔が赤くなっているのは分かった。

「もちろん俺は吉町が好きだ。だけど自分の気持ちのためだけに友達見捨てるようにはなりたくない」

 あぁ、そりゃしずくがこの人を好きになるわけだ。カッコいいもん。

「吉町と付き合えたら、それは楽しいと思う。けど真白とこうやって遊んでる今だって悪くないと思ってるんだよ」

 作戦会議という名のゲーム大会して、美桜ちゃんと三人で遊びに行って

「でも……」

「あんまり自分のランクを下げるな。俺にとって真白だって大事な友達なんだよ」

 彼の言葉には嘘どころか混じりっ気もない。

 そんなただ純粋な言葉が私にはひどく刺さってしまった。

「……ならもしも私以外、凪くんややーちゃんが同じ状況になったら助ける?」

 口が滑ってしまえば一つも二つも変わらない。

 私はそんな意地悪な問いかけをしてしまった。だけどそれ自体は後悔しなかった。

「凪や八瀬か……なんかアイツらなら何とかしそうな感じするよな」

 彼は苦笑交じりに場を取り持とうとする。

「正直、実際に何かが起こった時にしか分からないと思う。だけどこれだけは言えるぞ」

 今度は恥ずかし混じりの間ではない。自信を持った言葉だった。

「少なくても真白はこうして助けた」

 きっと宮村くんは私以外が困っていても必ず助ける。

 だけど私に投げかけてくれたその言葉が、私には強く深く刺さってしまう。

「そっか……ありがと」

「あぁ、気にするな」

 私は軽く自分の頬を叩く。

「ほら、気が変わらないうちに早く行きなよ」

「そうだな。吉町も待ってるらしいから、今から行ってくる」

「私の分まで頑張って」

「真白の分?」

「うん、私宮村の事が好きだった」

「お……」

 彼の何か言いたげな言葉を遮る。

「宮村くんとゲームして、喧嘩して、文句言い合って楽しかった」

 内容だけ見ればつまらなくて、中身もないようなことばかりで、本当に短く少ない思い出。

「本当に……楽しかった」

 でもそんな思い出一つ一つが楽しかった。

「私は宮村くんのことが好きでした」

 時間が止まったような感覚がした。

 彼の唇がゆっくり開く。

「……ありがとう」

「うん、こちらこそ」

 フラれちゃった。

「俺も真白のこと好きだったと思う。もしも普通の出会って、普通に友達してたら、俺の方から告白してたくらいには」

「……でもそうじゃなかったからね」

 宮村くんの言葉を代弁する。彼もその言葉に頷いた。

「うん、やっぱり俺は吉町のことが好きだ。それだけは嘘付けないし、変わらない」

 思わず笑ってしまった。

「な、なんで笑うんだよ!」

「ごめんって、やっぱり私が好きになった宮村だなって安心した」

「今までありがとう」

「うん、これからもよろしく」

 それ以上、私は彼の背中を止めることはなかった。

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