ディ〇ニ―

「「「ディスニーだぁぁぁぁぁ!!」」」

 目の前の三人のテンションに二人して、溜息が出る。

「「おー……」」

「大和!何でそんなにテンション低いの!」

「真白も!」

 後ろで普段と変わらない俺たちは三人と比べたら普段よりもテンションが低く見える。

「叫び出す手前くらいまでテンション上がってる」

「目が笑ってないよ!」

「……朝早すぎでしょ」

「まぁいいよ!今から二人のテンション上げてみせるから!」

 八瀬はパンフレット片手に息巻いている。

「楽しみだね宮村くん」

「そ、そうだね……」

 吉町のワクワクが伝わってくる。

 だが内心上がるのはテンションではなく、動悸ばかりになってしまう。

 今日のために真白は俺の背中を押してくれた。今日だけは判断ミスも、操作ミスも許されない。

「楽しもうな」

「……? うん、そうだね」

 思わず真剣になってしまう表情を慌てて笑顔に戻す。

 関係を進展させるとか生半可なことは考えたくない。


 今日、俺は吉町に告白する。


 正直、昨日一日迷った。何なら今だって迷っている。

 真白にも散々タイミングだけは考えろと言われている。

 だからこそ今日しか踏ん切り付かないと思った。

「何ビビってんのよ」

「ビビってない」

「そんな真剣な面持ちで遊園地来るやつ居ないでしょ」

 呆れた目を向けられてしまう。

「告白する気なんでしょ」

 真白は目線を前からずらすことなく確信を突く。

「……そうだよ」

「なんで振られて後みたいなテンションなのよ」

「自信がないんだよ……」

「逆にしずく相手に自信があったら止めてたわよ」

「散々言うなよ……」

 真白は眠そうに目を擦りながら小さく呟く。

「別に告白失敗してもしずくは宮村のこと嫌いになったりしないわよ」

「それは分かってるけど……俺が今まで通りで居られる気がしない」

「でも宮村だって告白失敗したら死ぬわけでもないんでしょ?」

 そこまで行ってから彼女はニヤッと笑う。

「まぁ同じチャンスは二度と巡ってこないんだけどね」

「嫌なこと言うな」

「んじゃあ頑張って」

真白なりの応援なのだろうか。

 俺は俺なりの形でコイツにも恩を返さなければいけない。

 そんな気持ちを心に納めて、俺は吉町たちを追いかけた。

「宮村くん、真白ちゃんと何話してたの?」

「嫌味言われてた」

「本当に仲いいね~」

「本当にな」

 もう妙な勘繰りはしない吉町は、ただニヤニヤと笑うだけでそれ以上は聞いてこない。

「そういえば宮村くん……どう?」

 吉町は歩きながらクルクル回っている。その顔はちょっとだけ自信に溢れている。

「……似合っていると思います」

「似合ってないのは着てこないよ」

「……綺麗です」

「うん、よろしい」

彼女は満足そうな笑みを浮かべて、そんな事を言う。もしかしたら彼女は俺の気持ちにとっくに気付いているのでは、なんて何度思ったことか。

「宮村くんもとっても良いと思う。うん、カッコいい」

「吉町にそう言って貰えて安心した」

 客観的に見ないと服装なんて自信を持てない俺だ。今朝だって何度鏡の前を往復したことか。

「多分誰が選んだか分かってないと思うけど、実はそれ選んだの私なんだよ」

「そうだったのか」

「イメージ通りカッコイイよ」

「あ、ありがと……」

吉町らしい率直な感想に顔が赤くなっていくのが分かる。

「何してるのー? 列並ぶよ」

「今行くー。さ、宮村くんも行こ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……これからなの?」

 真白が顔を蒼白にして頭を抱えてしまっている。

入場と同時に人気アトラクションに行くのは確かに理にかなっている。

「だからって初っ端ジェットコースターかよ」

「何時間も並んで乗りたくないでしょ」

納得してしまう凪の言葉を受けながら、俺たちは流れのままにジェットコースターに乗ることになる。

一番楽しみにしていた凪と八瀬に一番前に乗ってもらい、俺たちはその後ろに3人になる。

「宮村くん真ん中でいいよ」

ジェットコースターの作り的に真ん中が風を一番感じられる。さすがに少しビビるものがある。

「もしかしてビビってる?」

「ビビってない」

 ニヤニヤと横から真白が煽ってくる。

「真ん中変わろうか?」

「大丈夫です」

 そんな俺に小声で吉町が聞いてくる。

「怖くはない。けど慣れてないからさ」

「あーそっちね。なら……ほら」

 吉町は納得したように安全バーの下がった手を差し出してくる。

「私も怖いのそんなに得意じゃないから。だから怖いの半分こしよ」

「半分こって……」

 さすがに恥ずかしい。でも男らしさのなさと気恥ずかしさが一気に来た。

「……ッ」

 右から思いっきり踵で踏まれる。

 右を見なくても圧だけで何を言いたいのか伝わってくる。

「……嫌だったら離していいからな」

「嫌、離さないでね」

 強情にも強く握り返されてしまう。

「……善処します」

 ドキドキした気持ちも抑えられないままにジェットコースターが動き始めてしまう。

 気分の高揚で声が抑えられない者、今更後悔する者、全く別方向でドキドキしている者、と乗る人は様々だ。

 すでにここまで心拍数が上がっていそうなのは俺くらいだと思うが。

「緊張してる?」

「少し。吉町は……なんか大丈夫そうだな」

「ふふっ、なんかワクワクしてきちゃった」

 結局楽しみにしている辺り、何と言うか吉町らしい反応だ。

 すると吉町が握った手に少しだけ力を込める。

「右、右」

 さっきと変わって小声になった吉町だが、好奇心を抑えられない様子で彼女は教えてくれる。

「……真白?」

「な、なによ。ジェットコースター楽しんでんだけど!」

「まだ何も言ってないだろ」

 隣で俺の比にならないくらいビビっていた。

 息は浅くなって、混乱で目はグルグルと回っている。そして何より普段から白い肌がさらに真っ白になっていることがそれを物語っていた。

「手繋いだら?」

 今度は左隣から茶々が入った。

「……繋いどくか?」

「大丈夫!」

 どう見ても大丈夫そうには見えなかったが、無理やり握っては後が怖い。

 そんな調子でいる間にもジェットコースターはガタガタと上に上がっていく。

「ねぇ、宮村くん」

 ジェットコースターは段々と落下の準備に入る。

「何か言った?」

 その言葉に返事することなく、吉町の口はゆっくり開いた。

「宮村くんって――――――」

「え―――――」

 吉町の言葉は途中で切れる。

 そこからはグルグルと回って、ギュンギュンと降りて、グワングワンと動き回った。

「キャァアアアアアア!!」

「ワァァァァァアアアア」

 好きな子の前で叫び声を上げるわけにはいかない。俺はキュッと詰まる喉を感じながら目で情報を追っていく。

「思ってたよりは怖かった」

 気丈に振舞っていたつもりだったが、それでも思わず口から出てしまった。

 まだ地面に足が付いていない気がする。

「そんなに怖がってた感じしなかったよ?」

「叫んだりしたら恥ずかしいんだよ」

 好きな人の前で、とは付け足さずに。

「それに比べて、真白はやっぱりだね」

 俺はあえて触れなかった隣の人物を見る。

「…………」

「そろそろ手を離してもいいか?」

「…………」

 真白は無言で俺を開放する。

 俺から握ってきた、とか文句でも出てくるのかと思ったが、真白はただ無言で目線を逸らしていた。

「よし!次行くよ!」

「ぜ、絶叫系以外で……」

 それからも俺たちはグルグルと右に行ったり、左に行ったり

 満足感が一気に来るくらいには効率よく回れているが、慣れない俺や真白は目が回りそうになる。

「さすがに疲れた?」

「これだけ回ればな……」

「ごめんねみやむー。私たちも乗りたいのたくさんあったからさ」

「それじゃあ予定ちょこっと変えようか」

 そう言って凪はちょうど後ろにあった建物を指さす。

「迷路か」

 確かに迷路なら全速力で走ることでもない限り疲れることはなさそうだ。

「子供向けって謳ってるのに難易度高いって有名なんだよ」

「一人か三人用だけどメンバーはどうする」

「僕と大和、それから女子三人でいいんじゃない?」

「俺、今の凪に付いていける自信ないんだけど」

「私もやーちゃんには付いていけないかも……」

「多分話にならない」

 まだ凪や八瀬の顔には疲労なんて見られず、それどころかギアが上がってきたくらいの表情をしている。

 そんなこんなでメンバー分けはリセットされてしまう。

 すると真白が提案する。

「じゃあこうしよう。凪くんとやーちゃん、それからしずくと宮村」

「真白はどうするんだよ」

「別に一人でいいけど」

「さすがに一人で行くくらいなら俺たち三人で良いんじゃないか?」

 真白的には気を使った提案だったのだろうが、さすがにそれでは真白が可哀想だ。

 だが何かを見つけた真白は近くの木陰に歩いていく。

「委員長」

「えっ、なんですか」

 休憩していたらしいクラス委員長は驚きもままならない様子だったが、いきなり真白に腕を引かれてしまう。

「私、委員長と一緒に行く」

「えぇ!?私休憩してたんですけど」

「さっ、行くよー」

 逃がさないようにガッツリ腕を掴まれた委員長は、真白のなすがままに迷路の中に突っ込まれて行ってしまう。

「私たちも行きましょうか」

「そうだな」

「よし、八瀬さんも行こう!」

「おー!」

 ウキウキしながら早歩きで移動する凪たちに付いていく。

「宮村くんは迷路得意?」

「あんまりかな……吉町は得意そうだな」

 ちょっとだけ目が輝いている気がした。

「そうかな?まぁパズルとか謎解きは好きだよ」

 中でそれぞれのグループに分かれると、スタッフからの簡単な説明がされる。

『突然だがこのままだとここは爆発する!さらに地球もこのままだと……』

「本当に突然だね」

『ゴールに行くまでに謎を解いてパスワードを解読してくれ!そこでアイテムを手に入れて人類を救うんだ!』

「ついで感覚で世界を救うんだね」

『君たちに人類を運命を託した!』

 そう言い残してムービーが切れてしまう。

「だってさ」

「じゃあ世界を救いましょうか」

 ワクワク二割、ドキドキ八割の気持ちが昂ってくる。

 迷路の中は随分と寒く、緊張感を感じさせるような演出になっている。

「それにしても真白ちゃんも上手く立ち回ったよね」

「えっ、何の話!?」

 まさか俺の気持ちに気付いて……

 彼女はニコニコと笑いながら、のんびり迷路を歩いていく。

 彼女の見えない表情は、数秒ごとに焦りになっていく。

「八瀬ちゃんと凪くんが二人になるようにしたんだろうね」

「そっちか……」

 肩を撫でおろしてしまう。

 のんびり歩いていく割にはサクサクと謎解きも進めていく。

「というか八瀬と凪ってそういう関係だったのか!?」

「うん、やーちゃんの方がね。凪くんはあんな感じだけど」

 八瀬の好きな人が凪だなんて想像も出来なかった。

 だとすると今、俺たちのいないところで何が起こっているのか気になって仕方ない。

「やーちゃんも隠すの上手だよね。だから報われてないんだけどね」

「俺もお似合いだと思うけどな」

「宮村くんもそう思う?私もお似合いだと思うんだけどな」

 俺がその事実に驚いている間にも吉町は謎解きを進めていく。

「ところで」

 謎解きを進めて扉を開けたところで、彼女は歩くのをピタッと止める。

「さっきの『そっちか』って?」

「あっ……」

 小さく声が漏れてしまう。

「…………」

 吉町は俺なんかよりよっぽど頭が回る。

 そんな彼女に見つめられてしまえば、それはもう答えを知られているような気がしてならない。

「どうなんですか?」

「それは……」

「どうなんでしょうか?」

「たまたまだと思う」

「…………そっか。そうだよね~、さすがに思い込みだったかな」

 吉町はまた歩き出す。

「思い込みじゃないから」

「え?」

 吉町はまた足を止める。だけど顔はこっちに向けないものだから表情は分からない。

「お、俺は吉町と行きたかった」

「そっか、嬉しいな」

 のんびりと謎は解かれていく。

「私も宮村くんと一緒で嬉しいよ」

 勝手に口角が上がっていくのが分かる。

 俺が思っているのとは違うのだろうが、それでも好きな子にそんなこと言われて嬉しくないわけがない。

「ありがとな」

「えー?それだけ?」

「それだけって……」

「私は宮村くんと二人だから嬉しいって言ったんだけど」

 それってもしかして

 その言葉が声になる直前、

「あっ、時間だね」

 彼女が持たされていたアトラクション専用の端末が鳴り出す。

「やっぱりのんびりやりすぎたね。私は全然楽しかったからよかったけど。宮村くんは?」

「あ、あぁ、あんまり活躍出来なかったけど楽しかったよ」

「なら良かった。出口こっちだよ」

 完全に言い出すタイミングを逃した。これも吉町がわざとやっているのか分からないが、気持ちは強くなるばかりだ。

 吉町はどんどん出口に近づいていく。

「吉町!」

 これが終わればチャンスは

 そう思ったら声が出た。

「うん?」

「……俺」

 言わなきゃならない。

 彼女の顔を見ると、ちょっとだけ顔が赤くなっている気がする。

 なおさらその気持ちが強くなる。

「…………」

「…………」

「……6時に噴水の前で待ってる」

「いいよ。絶対に行くね」

 俺の言葉にしっかりと返事を返してから、吉町は明るみの方へと出て行った。

「伝わった……んだよな」

 不安になりつつも、もう後戻りは出来ない。

 俺も出口に歩いていく。

「おっ!大和も出てきた」

「おかえり~どうだった?」

「お荷物でした……」

「だろうね~吉町さん得意そうだからね」

「凪たちは?」

 俺がそう聞くと、二人は露骨にテンションを落とす。

「ダメだったみたいだな」

「移動は早かったけど、謎解きが」

「さすがは高難易度迷路だけあったね」

 するとようやく真白たちが出てくる。

「あれ、ちょっと遅かったね」

「なんか色々やってたから」

 真白はそう言って、一枚の紙を見せる。

 そこにはしっかりとクリアの文字が書かれていた。

「クリアしたのか!」

「委員長がサクサクやってくれたよ」

 横を見れば委員長が若干溶けかかっている。

「大宮さんの記憶力に助けられたよ。私なんか後半、腕引っ張られなければ歩けなかったから」

「二人ともすごいよ。クリア組一桁しか居ないんだったか?」

「休憩にはならなかったけどね。でもほら、これももらった」

 真白はもう一枚別の紙を出す。

「こっちは園内で使える1000円分のクーポンだって。どうせクリア者出ないからって人数分貰った」

「本当!?これでご飯行こうよ!」

「時間もちょうどいいな」

 委員長が自らの班に戻ってから、満場一致で昼食になった。

「それじゃあ各々好きな物頼んでこの席ね」

 数分後に戻って来た時には、俺一人だけだった。

「宮村」

「真白か」

 俺の次に戻ってきた真白は、俺の対面に座る。

「真白は随分食べないんだな」

 俺と比べて半分くらいしか食べていない。

「ダイエット?」

「……文句ある?」

「文句しかない。十分痩せてるだろ」

「パッと見で痩せてるって言われるのが一番ムカつくわね。努力すると自信が付くの」

「真白って意外とストイックだよな」

「私のことはいいのよ。それより宮村の方はどうなのよ?ちょっとくらい何かあったんでしょ」

「ジェットコースターで手繋いで、迷路で二人になって……」

「二人になって?良い感じの雰囲気にはなったんでしょ」

「まぁそれっぽい感じには」

「キスくらいした?」

「いやいやいや!でも……」

「でも?」

「夕方に二人で会う約束はした」

「……ふーん、まぁ十分じゃない」

「そこで告白出来たらいいなとは思ってる」

「いいじゃない。応援してる」

 それだけ言って、彼女はパンにかぶりついている。

「……あぁ、うん」

「不満?」

 俺は目線を外して一言だけ

「アドバイスとかないのかなー…って」

「別に必要ないでしょ」

「必要だよ!雰囲気づくりとか話し方とか!」

 彼女はストローから口を離す。

「要らないよ。宮村に必要なのはアドバイスじゃなくて自信でしょ」

「自信?」

「あなたはRPGで武器も持たずにボスに挑むの?宮村はしずくと散々良い感じになってるんでしょ。なら後は自信だよ」

「自信か……」

 胸の奥が熱くなっていく気がする。

「ありがとな」

「自信は?」

「ない……です」

「でしょうね」

 彼女はナプキンに軽く口を付ける。

「頑張って」

「え」

 ナプキンの口を付けた方を俺の唇に付ける。

「これでキスしても大丈夫でしょ」

「な……何やって」

 一人だけ恥ずかしがっているのが、みるみるうちに俺の顔を赤くしていく。

「みんな来たね」

 真白は乗り出した身を元に戻す。

「お待たせ~」

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