あーあ

「連絡は以上です。用事ないならさっさと帰れ~」

 教師の号令で、ウダウダとクラスメイトたちが立ち上がる。

「大和頑張ってね」

「今度見に行くね」

「ありがとな。当番の代わりは何か考えとく。真白もまた遊びに来た時にな」

 宮村はそう言って怒られない程度の速さで教室を出て行った。

「何か宮村くん急いでた?」

 しずくは大量のプリントを抱えて、凪たちに疑問を投げかけてくる。

「あー……用事あるらしくて」

「あんなに急ぐってよっぽどの用事なのかな」

 私は適当に誤魔化してから、しずくが抱えている疑問に触れてしまう。

「しずく、そのプリントは? ……あ、いや何でもない」

 すると待ってましたとばかりに、しずくが目を光らせる。

 そんなしずくを見て、察してしまった。

「聞いたからには手伝ってもらうよ?」

「えー……」

「大丈夫だよ。集計するだけだから。終わったら先生が飲み物を買ってくれるらしいよ」

 しずくにバレない言い訳も思いつかなかった私は、考える余地もなく溜息をついて諦めた。

「僕も手伝うよ」

「凪くん助かるよ」

「なんでちょっとやる気なの?」

 私の目から見ても、自分とは真逆と言えるほどやる気を見せていた。

「先生に媚び売っとかないと」

「そうかそうか、ならお前は勉強しような」

「あぁぁぁぁぁ……」

 ヌッと現れた教師に凪がドナドナされていく。

「どれだけ凪くんは成績ヤバイんだろ……」

「宮村に凪くんの成績聞いたら暗い顔された」

「あの宮村くんが、か……」

「諦めて二人でやろうか」

「そうだね」

 人も少なくなってきた教室の隅に席を二つ合わせる。

「とりあえず半分こでいい?」

「私、しずくほど要領よくないよ」

「私のが終わったら、手伝ってあげるから」

「自分が要領いいのは否定しないんだね」

「否定する子の方が真白嫌いでしょ」

「あざとい女の子も嫌いだよ」

「あ~真白嫌いそう」

「自分に自信がある子とかも」

「あれ?」

 そんな軽口を叩きながら作業を続けていく。

 作業自体は非常に簡単で、ひたすらメモして書き写して、メモして書き写してを繰り返すだけだった。

「これどこ書けばいい?」

「それは別のプリントに書いてくれると嬉しい」

 事務的な会話だけが途切れ途切れに響くが、それ以外はペンの動く音しか聞こえない。

 この実、この前からしずくと少しだけ気まずかった。

 美桜が居たとはいえ、傍から見ればデートのような形で外で出会い、しかもその相手は恐らくしずくが気になっているであろう相手。

 しずくの方は気にしていないふりをしているが、賢いしずくのことだ、腹の内で何を考えているかなんてどれだけ仲良くなっても分からない。

「し、しずく今日ちょっと暑くない?」

「そう? なら窓開けてもいいけど」

 真白はどこかぎこちなく立ち上がり、どこかぎこちなく歩いて窓を開ける。

 そんな様子の私の変化に、しずくが気づかないわけがない。

「何か隠してるでしょ」

「隠してはないよ」

「なら何か考えてるでしょ? あんまり人に言えないやつ」

「……じゃあ言うけど」

 別に隠したいわけではない。私は慎重に口を開いた。

「この前の休みの日の事どう思ってるのかなーって」

「宮村くんと出掛けてた日の事?」

 私のごまかしも虚しくしずくはハッキリと口にする。

「そうだけど……しずくはどう思っているのかなって」

「美桜ちゃんのついでだったんでしょ? それに別に付き合ってないって教えてもらったんだからそれ以上はないけど」

 私の身体もポカポカと暖かくなっている気がする。場の雰囲気に当てられてしまっているのだろう。

「ならしずくは宮村のこと何とも思ってない?」

「うーん……宮村くんに告白されたらオッケーはするかな」

「えっ!?」

 好意があるのは分かっていたが、そこまでハッキリしているとは思わなかった。

私は驚きを隠せず、声を裏返してしまう。

「そ、そんなにハッキリ……」

「だってこの前も話したけど、宮村くんって私の理想ピッタリの男の子でしょ?」

「優しすぎる男の人……」

「そう」

 この前、私でもイメージ出来たくらいだ。本当にそれくらいしずくのイメージに宮村はピッタリだったのだ。

「そんなにビックリすると思わなかった」

「だってそんなに素直に認めると思わなかったから」

「真白が恋愛に疎すぎるんだよ。みんなこんなもの」

「いくら疎くてもそれくらい分かるわ」

 あまりにもサバサバしていたしずくに安心しながら、会話は続く。

「真白はどう?」

「私の周りって宮村と凪くんくらいしか居ないんだけど……」

「なら凪くんと宮村くんどう思ってる?」

「凪くんは……恋愛対象としては全く見れないかな」

 どちらかと言えば可愛いとか、女友達に近いものだと思っている。

「それに凪くんはやーちゃんと両想いでしょ」

「だね。あの二人って恋愛好きだけど一番鈍感だよね」

 どこかでくっつけてあげたいくらいの二人だ。

「宮村は……」

「あ、私のことは気にしないでね」

 自分は両想いではないから、という意味なのだろうが私からしたら両想いのことを知ってしまっている。

 私は言葉を迷ってしまう。

「宮村は……」

「宮村くんは?」

「み、宮村は……」

 身体がポカポカして、目がグルグルと回る。

「ま、真白ちゃん!?」

「……ぜと疲れね……のまま休……」

 とぎれとぎれに言葉が聞こえる。

 身体がポカポカしてこのまま寝ていたいくらいだ。

 私は自分の上に掛けられた物を押しのけて起き上がった。

「私寝てた……」

「おはよう真白」

 目線を少し上にやると、そこにはしずくと保険医の先生が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「おはよ……」

「いきなり目の前で倒れるもんだからビックリしたよ」

「あ、あぁ…‥そっか」

 ようやく頭が働いてきて、倒れる前の記憶が戻ってくる。

 しずくとの作業中、ふと眩暈がしたと思えばそのまま意識が落ちて、倒れ込んでしまったのだ。

 そう思うと倒れた方のお尻が痛い。

「大丈夫? まだ頭痛かったりする?」

「ちょっとまだボーっとするけど」

 すると保険医の先生がコップに一杯水を汲んで私に手渡してくれた。

「寝不足もあるけど、これは風邪ね。この時期は本当に多いからね~」

 先生はまだドキドキした様子のしずくとは真逆に、落ち着いた様子で対応してくれた。

 私は手渡されたコップに口を付けると、思わず大きな溜息が漏れてしまう。

「気も張ってたみたいね。ちょっとここで休んでなさい」

「ありがとうございます」

「それで帰りはどうする?親御さん呼んでもいいと思うけど」

「親は……ちょっと仕事忙しいと思うので」

 呼べば来てくれるとは思うが、あんまり迷惑はかけたくない。

「なら私が送っていきますよ。さすがに一人で帰すわけにはいかないし」

「でもしずく、家逆でしょ」

「そんなに気にしないでよ」

「でも……」

 そこまで言いかけたところで、突然扉が大きな音を立てて開け放たれた。

「真白!?」

「み、宮村!?」

「真白が倒れたって吉町から連絡貰ったから、来たんだよ」

「ただの風邪らしい……」

 突然の出来事と来訪者に声が裏返ってしまう。

「ならよかった」

「心配かけてごめん」

「いや、何もないならその方がいいだろ。吉町もありがとう」

「ううん、やーちゃんは連絡付かないと思ったから、消去法で宮村くん」

「それでもいいや。真白帰りは?」

「私が送って行こうかと思うけど」

「方向も違うからいいよ。一人でも帰れるよ」

「なら俺が送って行こうか?」

 思いついたように宮村が口を挟む。

「宮村まで……大丈夫だよ」

「俺は同じ方向だろ?」

 こういう時ばかり頭の回る男だ。なんだか無性に腹が立つ。

 私はしずくの方を横目で見る。

 するとたまたま目が合ってしまう。

「何考えてる?」

「別に何でもない……」

「そっか、それじゃあ私はお腹もすいてきたから帰ろうかな」

 しずくはそう言うと立ち上がり保健室の扉に手を掛ける。

「あ、そうだ真白」

 思い出したように彼女は踵を返して、こちらに近づいてくる。

「…………」

「な、何?」

「色々言いたいことはあるけど、これで許してあげる」

「痛ぁ!」

 突如飛来したデコピンが私の額に直撃する。

「中指でやりやがった」

「あらあら」

 周囲の二人までドン引きさせるほどの勢いで放たれた勢いのデコピンの意については当の本人以外は全く見当も付かなかった。

 次のしずくの一言が注目される。

「恋愛四流」

「え、えぇ……?」

 恐らく悪口を笑顔で言われてしまう。

「じゃあ真白と宮村くん、それから先生もさようなら」

 そのまま風のように去っていったしずくに、茫然としてしまう。

「なんか熱引いてきたかも」

「あんなことがあればな」

 私はまた体調が悪くなる前にベッドを出る。

「先生、私も帰ります」

「そう、くれぐれも気を付けてね」

「ありがとうございました」

「彼氏さんも気にかけてあげてね」

「「友達です」」

「悪かったね」

「何が?」

「あんなに心配するとは思わなかった」

「気にするなって言ってるだろ」

「あ、ありがと……」

「大丈夫か!?」

 ふらついた身体を宮村が支えてくる。

「大丈夫大丈夫」

「……おぶっていくか?」

「嫌」

「俺もちょっと嫌だった」

 多少は変な目で見られても構わないということだろうか。

「じゃあ……」

 私は宮村の腕を掴んで身体を寄せる。

 傍から見ればカップルとなんら変わらない姿になってしまう。

「歩きづらかったらごめん」

「別に」

 ポカポカした身体で宮村に身体を寄せると、少し低めの彼の体温が心地よく感じる。

「……宮村ドキドキしてる」

 彼は何も言わずに顔を背ける。

 だけど背けた先のその耳は真っ赤になっている。

「私だって結構恥ずかしいんだよ」

 頭がポーっとして口が軽くなっている気がする。変な事言っていないだろうか。

「宮村は家帰ってゲーム?」

「いや、うん、そうだな」

「……?」

 妙に歯切れの悪い言い方だ。

「ゲーム買えたんだよね?」

「……買ってない。買ってないよ!真白がいきなり倒れたって聞いたから全部忘れてきたんだよ!」

 真っ赤になった顔を隠すことなく宮村は勢いのままに言い放つ。

 その勢いに完全に押されて何も言えなくなってしまう。

「あ、あんなに楽しみにしてたのに」

「それくらい心配したんだよ!言わせないでくれ……」

 逆ギレにも等しいくらい照れて、そして彼は怒っていた。

「えっと……ごめん」

「分かってくれればいいんだよ。真白はもう少し自己管理しっかりしろ」

「うん……」

「おぅ……」

「「…………」」

 二人して気まずくなって会話が続かなくなる。

 私たちは電車を降りると、どっちとは言わずに足早に家まで歩く。

「もう大丈夫だよ」

 マンションの前に着くと、私は急いで手を離した。

「とりあえず今日は無理せず寝ろ」

「そうするよ。本当にありがとう」

 私は彼を一瞥してからエレベーターの扉を閉める。

「はぁ……」

 私はズルズルと壁を背にして座り込んでしまいそうになる。

 こんなに緊張する相手じゃなかったのに。

 心臓はまだトクトクと早いペースを刻んでいる。

「風邪ってことにしようかな……」

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