妹もいるのでデートじゃないです

 宮村大和、誰と比べても比較的平和に生きてきた彼。

 だがそんな彼にも一つ大きなトラウマがあった。

 それは小学生時代にまで遡る。

「大和くんって何が好き?」

 彼にも好きな人がいた。

 彼女は男女ともに人気があり、大和には会話できない日の方多い。だからこそたまに声を掛けてくれた時はとても嬉しかった。

 そんな彼女のことはすぐに好きになった。

 今日は授業でそんな彼女と似顔絵の描き合いだ。

 くじで当たった時には内心ガッツポーズをしてしまったが、いざ目の前にすると何を離したらいいのか分からなくなっている。

 そんな彼女時に彼女の方からそんなことを聞かれた。

「せっかくなら顔の横に好きな物描いた方が楽しいでしょ?」

「えっと……ゲームとか」

「えー、ゲーム?」

「う、うん……」

「私外で遊ぶ方が好きだな」

 小さかった彼でも、彼女からの好感度がみるみるうちに下がっているのが分かった。

 この瞬間から、彼の中でのゲームは恥ずかしいものだという認識になった。

 結局、中学校卒業まで彼女とは接点こそあったものの、何も起こることはなく、二人は別の学校に進んだ。

 そしてそれから連絡は一度も取っていない。

「最悪な夢」

 そんなところで俺の意識は覚醒する。

「今頃何してるんだろ」

 小学校の頃から美人だったから、今頃すごい美人になってるんだろうな。

 時計はまだ6時も回っていない。

「今日も行くかな」

 俺は妹を起こさないように注意しながら寝間着から着替えて洗面所に降りる。

 本当に最低限の身支度だけ整えてから外に出る。

 家からすぐに河川敷がある。走れるときは走れるようにしている。

 ゲームばかりしていると文句を言う妹に対しての言い訳に都合がいいから、という理由で続けているうちに習慣にならない程度の習慣になった。

 寒さこそ肌で感じるが、取り込む息は心地いい。

 俺が少しずつペースを上げると、身体もそれをすんなり受け入れていく。

「おはようございます」

「おはよう。今朝も元気だね」

 休みの日には会えるおじいさんに挨拶おしていると、目の前に俺と同じくらいの年齢の女の子が走っていた。

「おはようございます」

「あ、あぁ、おはようござ……あれ?宮村くんだ」

「……八瀬さん?」

 八瀬さんは短い髪を後ろでに小さく結び、スポーツウェアで健康的な汗を流して走っていた。

「宮村も朝から走るんだ」

「休みの日と、余裕のある平日だけだけど」

「十分十分。そのモチベーションを陸上で使ってみない?」

「どっちかというと八瀬さんのモチベーションに付いていける気がしないからパスかな」

「あはは、結構酷いこと言うね。せっかくだから一緒に走ろうよ」

 彼女はそう言ってから、さっさと前を走っていってしまったので、否応なしに付いていくことになってしまう。

「宮村くんはどれくらい走るの?」

「別に決めてないけど……学校の手前くらいかな」

「っていうと5キロくらいかな。やっぱり私の見る目は間違ってなかったわね」

「陸上部にそう言ってもらえると嬉しいね」

 妹への言い訳なんて恥ずかしくて言えない。

「去年の体育祭とか大活躍だったんじゃないの?」

「いや、そういうモチベーションはあんまり無くて」

 100mを一本走っただけだったが、確か陸上部に完敗だったはずだ。

「ダメだよ!今年はしっかり出てもらうからね」

「さすがに運動部なんかより遅いんだけど」

「モチベーションが大事! 走りが速い人より走りが好きな方が記録は出るんだよ?」

「お、おぅ……」

 早朝とは思ないテンションに気圧されてしまう。

「そういえば宮村くん。話変わるんだけどいい?」

「なんだ?」

 彼女はトーンと声量を下げて話しかけてくる。

「違ったら無視してもらってもいいんけどさ」

 でも彼女の速度では嫌でも俺は話を聞くしかないのだが。

「……もしかして好きな子出来た?」

「いきなり何を言うんだ」

 正解ではないが、的を得た質問に動揺が隠せない。

「その反応は割と図星より?」

「いや、そんなことないと思うんだけど」

「しずくちゃんか真白ちゃん……もしかして私?最近、私たちと話しているとソワソワしているでしょ。……いや、どっちかというと意識が変わったとか関係性が変わったとかじゃないかな?」

「何言ってるんだよ!?」

 あまりにも鋭い勘に声まで裏返ってしまう。

「まぁどっちでもいいや。そんなに宮村くんに興味ないから」

 八瀬さんは俺の少し前を走りながらケラケラ笑う。

 そんな彼女を見て、俺は思わず疑問が口に出る。

「なら八瀬さんは?」

 まさか自分に話を振られると思っていなかった八瀬は目を丸くしている。

「私?」

「八瀬さんに好きな人は居ないのかなって」

「そうだなー」

 ペースを乱すことなく八瀬は考えるような素振りを見せる。

「好きな人なら居るよ。ここ1年くらいだけど」

「へぇ……」

「何?意外だったりした?」

 正直、意外だった。

「八瀬ってあんまり特定の誰かと、ってイメージがなかった」

「薄情ってこと?」

「色んな人と遊ぶ方が楽しんでそうだってこと」

 吉町ほどではないが、八瀬も色んな友達と話しているイメージがある。

「華の女子高生がそんなんじゃつまらないでしょ……って言いたいけど、その人を好きになるまで恋愛なんて自分には関係ないと思ってた」

 楽しそうに自分の話をする八瀬は、いつもよりも綺麗に見えて、その話に引き込まれてしまう。

「でも一度気になると、その人ばっかり見るようになっちゃうんだよね」

「へ、へぇ……」

 分かる、と心の中だけで頷く。

「そいつとは何か進展があったのか?」

 すると彼女は変わらず笑顔のまま首を横に振る。

「会った時から全く。むしろ友達って関係で固定されちゃったかもしれない」

 明るく、フレンドリーな彼女だ。付き合わずとも進展くらいはしていると思った。

「余計なお世話かもしれないけどさ……それでいいのか?」

 俺は他人の力に頼ってでも恋を進めようとしている。

 そんな俺とは対極と言ってもいい彼女の恋に興味を抑えられなかった。

「いいの。恋愛って人それぞれでいいでしょ?」

「それはそうだけどさ」

 すると今度は不敵な笑顔を見せる。

「じゃあ宮村くんは何のために恋愛してるの?」

「それはもちろん自分のためだけど」

「じゃあ私も自分のため。私がこれでいいから、相手にどう思われていてもいいの」

 八瀬は俺の方を振り向くことなく淡々と言う。

「……なんかカッコいいな」

「でしょ? 惚れてもいいんだよ?」

 自信満々に八瀬は鼻を鳴らす。

「勝ち目のない恋をしないのがモットーだから」

「嘘だね。多分宮村くんはどんな形でも絶対に諦めないタイプでしょ」

 一瞬会話が途切れた後、二人で大きく笑う。

「意外と俺の事詳しいんだな」

「興味ないって言ったでしょ。記憶力だけは自信あるから」

「そうか……?」

 八瀬は凪とタメ張る程度には成績不振者だったはずだ。

 好きなことだけ覚えられるというやつなのだろうか。

「まぁありがとな。なんか色々勉強になった」

「宮村くんにしかこんな話しないよ」

 あまりにも思わせぶりな発言だ。

「だって宮村くんビックリするくらいタイプじゃないから」

「あ、そう……」

 別に悲しくない。別に

「俺そろそろ帰るよ」

「おっけー、私ももう少し走ったら帰ろうかな」

「じゃ、また月曜」

「宮村くん……いや、大和くんもまたね」

「大和くん……?」

 彼女は俺の疑問に答えることなく走り去っていった。

「八瀬もこれくらい好きな奴にもグイグイ行ければイチコロだろうに」

 そうもいかないのは分かっているが、逆に言えば彼女がモテる理由は分かった。

「あ!宮村くんまた走ろうね」

「お、おー」

 結局呼び方は変わらないのね。

「はぁ……はぁ……早すぎだろ」

 俺は息を切らしながら河川敷を降りる。

 しばらくは一人でいいかな

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