彼女の思惑

 また憂鬱な月曜日が始まった。

 俺はあくびを噛み殺してから教室の扉を開ける、

「おはよ」

 とりあえず近くにいた凪に挨拶をするが、思わずあくびが漏れ出してしまう。

 机に荷物を置いたら深い息まで出てしまう。

「大和おはよう。今朝はちょっと遅いね」

「ちょっと遅くまでゲームやってギリまで寝てた。美桜に起こされなきゃ遅刻してたかもな」

 今日ばかりは美桜のお節介に感謝しかない。

 俺が美桜の話題を出すと、凪は少しだけテンションを上げる。

「美桜ちゃんしっかりしてるよね。また今度遊びに行ってもいい?」

 凪はときたま宮村家を訪れては俺とゲームをしているのだが、最近では美桜の方とも仲良くなったらしくて俺抜きで遊びに行くこともしばしばあるほどだ。

「美桜も喜ぶと思うぞ」

「別に美桜ちゃんじゃなくて大和が喜んでくれてもいいんだよ」

「……? 俺はもちろん嬉しいぞ」

 凪も上手くないなりにゲームを楽しんで付き合ってくれるし、出不精な俺を外に引きずり出してくれるのもありがたい。

 だが凪はそんな俺に対して大きく溜息をつく。

「なんで溜息つくんだよ」

「別に~」

 だが凪は呆れた表情を浮かべている。

「僕が女の子だったらな~」

「なんだよそれ。俺の事狙ってるのか……?」

「違う違う。それくらいのリアクションが女の子に出来たら大和モテモテだよって話」

「そんなことないと思うが」

「でももしも僕が女の子だったら、大和となら付き合ってもいいよ?」

「いや、マジでやめてくれ」

「あはは、冗談だよ」

 俺からすれば凪が女子なんてことすら考えたくもない。理性が絶対に持つ気がしない。

「朝から仲いいね」

 そんな俺たちを見て、一人の女子が近づいてくる。

「あ、大宮さんおはよ」

 大宮は俺たちの会話を見て、若干引いている。

「そんなに仲いいなら付き合えば?」

「冗談言うな」

「でもあれだけ可愛くて人気があれば自慢出来るよ」

「冗談言うな……」

「なんか苦労してそうね……」

「すでに凪のファンから睨まれたりするんだよ」

「あー……なんかごめんね」

「同情するなら何とかしてくれよ」

「それだけお似合いってことでしょ」

「でも大宮さん、大和には立派に好きな人が……」

「あー! 教室で言うな!」

 慌てて凪の口を塞ぐ。

「んー! んー!」

 凪のこういうところだけは是非とも直していただきたい。

「宮村の好きな人? それくらい見てたら分かるよ」

「本当に!? 大宮さんすごいね」

「そうでもないよ」

 とは言いつつ自慢げな表情をするな。

 ついでに言うなら俺が誤爆しただけだ。

 そんなことに突っ込まずにいると、大宮が肩を叩いてくる。

「それで宮村。ちょっといい?」

「ここじゃダメなのか?」

「一応」

「そうか……」

 特段深刻そうでもなさそうなので、何か個人的な用事なのだろう。

 チラッと凪の方を見る。

「ほらほら、早く行ってあげなよ」

 ニコニコ、というよりもニヤニヤしながら、凪が俺の背中を押してくる。

「別にそういうのじゃないよ」

 大宮が一応フォローを入れる。

「分かってるよ。大和にそんな甲斐性があるわけない」

「信頼だね」

「もちろん、親友だからね」

 それは信頼じゃなくて軽視だ。

「すぐ宮村返すから」

「ごゆっくりどうぞ~」

 凪に手を振られながら、俺たちは教室を出る。

「ごめんな。多分ああ言ってるけど、凪も邪推してると思う」

「別に私はそんな気起こすつもりないから」

「あ、そうですか……」

 こちらもやましい気持ちがあるわけではないが、そうバッサリ言われてしまうとそれはそれで傷つく。

 俺は咳払いをしてやましい気持ちを掃う。

「それで用事って?」

 彼女は教室横の踊り場で止まった。絶対に人に聞かれたくないというわけではなさそうだ。

「ん、これ」

 彼女はポケットから500円を取り出した。

「何のお金?」

「金曜日にクレーンゲーム取ってもらったでしょ」

 ようやく合致がいく。

「あー金曜のか。別にいいよ。そういうつもりじゃなかったから」

 だが彼女は頑なに持った500円を戻そうとしない。

「あんまり貸し借り好きじゃないんだけど」

 そうは言っても、本当にそういうつもりでもなく、どこかお金を受け取るのは気が引けた。

「そんなに嫌?」

「最初からそういうつもりじゃなかったからさ、正直言うとあんまり貰いたくない」

「なんか宮村はそう言う気はしてた」

 分かっては居たつもりだったのだろうが、断られた大宮は唸り出す。

「うーん……貸し借りっていうなら、何か私に出来そうなことある?」

 ちょっとだけ考えてみる。

 ゲーム、勉強、私生活、etc

「…………何もないな」

 いきなり言われても何も思いつかない。

「だよねー……!」

 すると大宮が何かを思いついた顔をする。

「あ、そうだ。こんなのは?」

 大宮はちょっとだけ自信ありげに話し出す。

「だったらしずくと宮村の関係進めてあげる」

「は!? なんでそんな話になるんだよ」

 脈絡もない提案に、思わず声が裏返ってしまう。

 それくらいには意味が分からなかったのだ。

「だってこの前、気になるって話してたよね」

「だからっていきなりそんな……」

「別にいきなりではないよ。多分しずくも満更ではないだと思う」

 思わず笑ってしまう。それくらいありえないと思ってしまった。

「そんなわけないだろ」

 吉町からしたら俺なんてクラスメイトでたまに話すくらいの間柄。下手すると友人とすら思われていないかもしれない。

「ならなおさら今の関係のままでいいの?」

「それは……」

「悪い提案ではないでしょ?」

 俺は肩を落として、その提案を受け入れた。


「二人で何話してたの?」

 教室に入るなり、凪がワクワクを抑えられない様子で俺に聞いてくる。

「ただの雑談」

「本当にー?」

「本当だって」

「金曜日に宮村と会っただけだよ」

「へぇ~」

 大宮も凪に説明するが、凪はどうにも違和感が拭えていなさそうだ。

「もしかして会った時に何かあったんじゃないの?」

「え!? 何々? 真白ちゃんに春来た!?」

 するとそんな話を聞きつけた人物が二人、こちらに近づいてくる。

「八瀬とそれから……吉町」

「はいはーい、宮村くんおはよ」

「お、おはよう」

 勘違いとはいえあまり聞かれたくない相手、なんてことは露も知らない吉町は目が合うとニコニコしながら挨拶をしてくれる。

「昨日真白に振られたと思ったら、まさか男と逢引きしてたなんて……」

「いや、一人で行きたい場所あるって言ったでしょ」

「でも実際、二人は会ってるわけだしね~」

 ヨヨヨ……とわざとらしく吉町がふらつく。

「本当に違うから」

 そんな流れを、大宮はトーンを下げてばっさり切り捨てる。

 少しばかり冷たい言葉に、場が一瞬だけ静寂に包まれる。

 そんな様子を見た吉町は、柔和な笑みを浮かべる。

「……そっか、変に勘繰りしてごめんね。茶化すつもりじゃなかったの」

 吉町が素直に謝ったおかげで、大宮の表情も緩む。

「私も怒ってたわけじゃないから気にしないで」

「だって真白って人付き合い苦手だからちょっと心配だったんだよ? そしたらこんな話聞いちゃってさ」

「べ、別に人付き合い苦手とか……」

「実際友達少ないでしょ?」

「それは……そうだけど」

 安心半分、残念半分といった様子で吉町は肩を撫でおろす。

「私もごめんね。真白ちゃん取られちゃったのかと思って焦ったんだよ」

「別にやーちゃんのものではないから」

 さっきの雰囲気はまるでどこかへ行ってしまったように三人は和やかに笑い合っている。

 すると横から凪に肩を叩かれる。

「そうだったんだ。大和もごめんね」

 謝る仕草を見せて、凪は反省を表す。

「凪はそれくらいでいいんだよ。それともヤキモチでも焼いてたのか?」

「うん、ちょっと」

「ちょっ……」

「結構寂しかったんだよ?」

 恥ずかしそうにする凪はまるで女の子、というよりも完全に女子の表情で俺に訴えかけてくる。

 凪は男、凪は男、凪は男

 俺は心で三度唱えると、凪の肩を掴んだ。

「俺なんかで良ければいつでも遊ぶからさ」

「うん、ありがと」

 凪の眩しい笑顔で、俺まで勝手に笑顔になってしまう。

「ねぇ、宮村」

 いきなり後ろから大宮に声を掛けられた俺は、とっさに息を飲んでしまう。

「な、なんですか……?」

「何ビビってるのよ」

 さっきのトーンの下がった声を聞けば、誰でもビビる。

「さっきの約束覚えてる?」

「……吉町と仲良くするみたいなやつか?」

「そ、私がどれだけ有能か見せてあげる」

「何するつもりだよ」

 不敵に笑う彼女に、俺は一抹の不安を覚えてしまう。

「きっかけ作ってあげる」

「きっかけ?」

 彼女は自分のカバンからプリントを一枚取り出した。

「これ」

「あっ!」

 俺が何のプリントかを認識する前に、吉町が反応する。

「そういえばもうすぐ遠足だよね。遊園地に学校で行くの楽しみだな~」

「そういえばもうすぐだったな」

 テストもあったりで完全に忘れていたが、うちの学校ではこの時期に毎年遠足をすることになっている。

 昔は校外学習だったらしいが、時代に合わせて遠足という形で観光地に行くのが恒例だ。

「遊園地って言うと……」

「そうディスニーだよ! ただでさえ楽しいところなのにみんなと行けるなんてすっごい楽しみだよ!」

 テンションの上がった吉町は腕をブンブン動かしている。

 ここら辺では一番大きな遊園地ディスティニーランド、通称ディスニー

 全国から人が来るほどの人気で、俺も妹や凪に連れられて何度も行ったことがある。

 完全に吉町のテンションに置いて行かれた俺は、話題を出した人物の方を見る。

「でも私たち今のところ三人だよね。しずくとやーちゃんと私」

「うん、もっとたくさん色んな子と行きたかったけど、みんな班決め早かったからねー」

「ならさ……」

 大宮が面白い提案をし出す。

「宮村一緒に組まない?」

「え、俺?」

「うん、私たちもこのままだと三人なんだよね。しずくの言う通りなら人数はたくさん居た方が楽しいでしょ?」

「まぁそれはそうだけどさ」

「宮村の班はどんな感じなの?」

「俺たちも凪と俺で今のところ二人だけど……」

「じゃあ一緒に組んでみてもいいんじゃない?私もそっちの方がいいかな」

 嘘である。

 大宮は大人数でワイワイすることをわざわざ望んでまで楽しむタイプではないだろう。

 彼女が俺の顔を見てニヤッとする。

 これがきっかけってやつか……

「やーちゃんとしずくは?」

「私はいいよ~」

「私も真白とやーっちゃんが良ければ」

 つまり大宮の狙いは吉町と俺をくっつける状況を作り出すことだ。

 そしてそれがごく自然に進められるこの状況というのは待ってもない好機なのだ。

「俺は……全然いいけど」

 あくまで自然に、嬉しいことを隠すように俺は首を縦に振った。

「ダメだよ!」

 何事もないように返事をした俺の声を、凪が遮った。

「別にいいんじゃないか?俺も二人だとちょっと寂しいと思ってたし」

 しかし凪は首を縦には振らない。

「ダメだよ。大和は僕と二人で回って遊園地のすばらしさを知ってもらうんだから」

「ディスニーなら分かってるつもりなんだけどな」

「いつも僕と美桜ちゃんに付いていくばかりでしょ。だから付きっ切りで教えてあげたいの」

「だってお前らのテンションに付いていくのでやっとなんだよ」

「だからもっとテンションを上げられるように僕が付きっ切りで教えたいの!」

「なるほどね。凪くんはディスニーの良さを宮村に教えたいんだ」

「そうだよ。僕は友達にも楽しんでほしいの」

 そう力説した凪だったが、大宮は引き下がるどころか、口元に弧を描いた。

「やーちゃん!」

「ふふふ、出番みたいだね」

 名前を呼ばれた八瀬が凪の前に立つ。

「これを見なさい!」

 彼女は手に持った物を俺たちの前に見せつける。

「それは!」

「なんだこれ…‥ディスニーゴールドパス?」

「ふふん……これはディスニーのフリーパスを五年以上、そして300回以上の入園で手に入れられるものなのよ」

 なんだ300って、ファストフードより行ってるだろ。

「へぇ…正真正銘のディスニー好きってことか」

 すると吉町も似たような物を出す。

「私もシルバーだけど持ってるよ」

 吉町、お前もか。

「どう?凪くん。これだけの人材が居ればもっと宮村に好きになってもらえると思うんだけど」

「確かに……僕以外でゴールド持ってる人初めて見た」

「ゴールドだからって全てを知ってるわけではないと思うの。その点、これだけの人数と質が揃えば余すところなく良さを伝えられると思うけど」

「ううう……」

 かなり悩んでいた凪だったが、凪の方が諦めて心を折った。

「いいよ。一緒に行こう」

「よっしゃ」

「真白ってそんなにディスニー楽しみにしてたっけ?」

「え?それはもちろんだよ!」

 邪な気持ちだがな。

「宮村くんも楽しみ?」

「あんまり大所帯で行くことなかったから、ちょっとだけ楽しみだよ」

「そっか、私も宮村くんが楽しめるようにお勉強してくるね!」

「ありがとう」

「……ううん」

「……?」

 何か言いたげな吉町だったが、それ以上は何も言って来ることはなく、すぐに始業の鐘が鳴った。

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