ゲーオタ

「思ってたよりも疲れた……」

 全五試合が終わった途端に、大きな溜息が漏れてしまった。

 始まる前はしばらく人も来なさそうなら、もう何回かやってもいいかと思っていたが、さすがに休憩を挟むことにした。

 俺は席を立ちあがり、自販機でも行こうかと思った。

「あれ? 宮村じゃん」

 後ろから俺の名前を呼ぶ女性の声がした。

 瞬時に身体を後ろに捻った。

 そこには退屈そうに髪をイジリながらも、俺の姿を見てなのか驚いた表情を浮かべた人が居た。

 そして俺も、そんな「知り合い」の姿に同じ表情になってしまう。

「大宮……?」

 俺が確認するように彼女の名前を呼ぶ。

「うん、大宮」

 完全に彼女を大宮だと理解した途端、全身から嫌な汗が噴き出してきた。

 それほどまでに俺にとってゲーオタだとバレることが絶望だった。

 今まで、中学を含めれば5年以上もオタクを隠してきたのだ。それはそれは必死だったのだ。

「もしかしてストファイやってた?」

 彼女は俺の後ろの筐体を覗き込んで質問してきた。

「……うん」

 彼女から全力で目を逸らしてから肯定した。

「へぇ~」

 すると大宮はマジマジとゲーム画面を覗き込んできた。別に俺のものでもないのに恥ずかしくなってくる。

「結構やってるの?」

「たくさんやってるわけではないけど、それなりくらいには」

「じゃあ一緒にやらない?」

 そう言って彼女は俺の隣の台に座った。

「え?やるの?」

 大宮はやる気満々で財布から100円取り出し始めた。

 ボタンとレバーを何度かガチャガチャと確認すると、大宮はそのままの勢いに筐体に100円を入れる。

「一緒にやってくれない?」

「……誰に言ってる?」

「他に誰が居るのよ」

「えぇ?」

 あまりの勢いと突然のことに勝手に困惑の声が漏れてしまった。

「小銭ないなら、それくらい貸すけど。それとも不満?」

「どっちでもないよ……」

「なら何なのよ」

「いきなり会ってゲームしようなんて言うからさ……」

 ぶっちゃけ怖い

 彼女が引くような表情で俺を見る。

「友達とゲームしたことないの?」

「そりゃあるけど」

「なら分かるでしょ。人とゲームするの楽しいじゃない」

 彼女はそれ以上は何も言わずにゲームを進める。

 俺は諦めて筐体の方に向き直る。

「……対戦でいい?」

「うん、募集しとくから入ってきて」

 こっそりと彼女の手元を覗き見る。

 見るとカチャカチャと早い動きで画面を進めている。

 慣れている。決して素人には見えない動きだ。

「大宮も結構やってるのか?」

「来れば一回はやってるよ。月1くらいじゃない?」

 どうやら冗談半分で俺に付き合っているわけではないのだろう。

 彼女の筐体からの募集に参戦する。

 俺は変わらず先ほどの初心者キャラを選ぶ。

「宮村キャラ決まった?」

「決まったよ」

「へぇ~持ちキャラ居るんだ」

 そう言って楽しそうにコントローラーの感覚を確かめている大宮さんだが、彼女だって一瞬でキャラを選んでいる。

『OK! チャレンジャーカモン!』

 アメリカンな男の掛け声で二人のキャラが映し出される。

「ロシアン……」

 彼女の使うキャラはお世辞にも使いやすいとは言えないキャラ選択だった。

 決して弱くはないが、癖がとてつもなく強く、俺ならまず初心者には進めない。

 もしかして彼女は俺が思うなんかよりもずっと上手くて、俺のことをむしろ煽っているのかもしれない。

「本気で来てよ」

 大宮の一言で一気に我に返る。

 ゲーマーとして負けていい試合なんてあってはならないのだ。

 俺はコントローラーを手に馴染ませると、開始を待つ。

『OK! レッツゥゥゥゥ……ファイ!』

 男の掛け声で二人の手が細やかに動き出す。

「……ギリだった」

 俺のキャラはHPバーは真っ赤になっている。

「悔しいけど私の完敗だね」

「いや、見ての通りギリギリだよ」

 ゲーム終了後、対戦終了画面が映し出され大きく息が漏れる。

「対人なんてほとんどしたことなかったけど、楽しかった。宮村は対人ってよくするの?」

「いや、今日が初めて……」

「すごいね。結構センスあるんじゃないの?」

 普段人が居ない隙を狙ってゲームをするのだ。対人なんてしたことなくて当然だった。

「少し話さない?自販機行こうよ」

 彼女はそう言って、俺の返事を聞かずに席を立ち上がってしまうものだから、俺は否応なしに付いていくことになってしまう。

 大宮は先に自販機で飲み物を買うと、そこにあったベンチに大宮は目線を移す。座れということだろう。

 俺も飲み物を一本買うと、向かい側のベンチに座った。

「宮村はこのゲーセンよく来るの?」

「帰りが一人の時はたまに」

「私もそんな感じ。多分ストファイ専門じゃないでしょ?上手かったけど、基本に徹底した模範生みたいな動きだったし……負けちゃったけど」

「どっちかって言うと、ゲーセンの雰囲気が好きって言うか……家で据え置きするのも楽しいんだけどさ」

「分かる気がする。ゲーセンって唯一無二って感じ」

 友人の友人、といった間柄だった俺たちだったが、ゲームの話題で盛り上がっていくうちに気の置ける友人のように会話が続く。

 お互いに遊んでいたゲームの話をして二人して笑ったり、学校の話やお互いが知らないことで盛り上がったり

 大宮も心からゲームが好きだということが伝わってきて、俺もそれに触発されるように会話の種が広がっていく。

「それでこの前やったゲームが……」

 だがそんなとき、ふと考えてしまった。

「…………」

「どうしたの?」

 俺の中に一抹の想いがよぎる。この場合は不安と呼ぶべきなのだろうか。

 俺はそんな不安を恐る恐る口にする。

「大宮はゲームってどう思ってる?」

「……? あんまり意味が分からないけど」

「ぶっちゃけゲームって根暗と言うか、あんまり他の人は好んでくれない趣味だろ?」

 俺は苦笑いが勝手に顔に張り付きながら呟く。

 かなり小さい頃からゲームが好きだった。

 ボードゲーム、カードゲーム、テレビゲームとゲームと名が付けば大抵ハマっていた。

 だけどそのどれもを周りに公言することはなかった。


 ゲームって趣味は結構恥ずかしい


 ここ十数年で出た俺の結論だった。

 だけど目の前の大宮さんは、俺と出会ってもただ目の前ゲームだけを楽しんでいた。

 そこに恥ずかしさもなければ俺をからかう気持ちも見えなかった。

 クラスでも中心的なグループで、それでいて大のゲーム好き。

 それが俺には妙にアンバランスなことだと思ってしまった。

「まぁ確かにゲームが好きって話すの恥ずかしいこともあるね」

 大宮はおもむろに立ち上がると、空き缶をゴミ箱に投げ入れて満足そうにする。

 俺もちょうど飲み終わったところだったが、投げ入れることは考えずに歩いてゴミ箱に入れる。

「でも私はゲームのこと好きだよ。宮村くんは好きじゃないの?」

「そんなことはないけど」

「でしょ?」

 彼女は淡々とした様子で話す。

 そのままどこかに歩き出してしまうので、俺もその後ろを付いていく。

「確かにゲームみたいなインドア趣味を否定する人もいるけど、私は肯定してくれる人としか遊ばないから」

 曇りなくそんなカッコいいことを大宮は言う。

「……なんかカッコいいな」

「カッコいいって……えぇ?」

 素直な感想を言ったつもりだったのだが、彼女は少し顔を赤くして俺を困惑の目で見る。

「大宮って勝手にあんまり自我出さないタイプだと思ってたから、そういうところは芯があるのって凄いことだと思ったから」

「い、意味分かんないから」

「お、おい! 待ってくれよ」

 彼女は早歩きで俺から離れていこうとする。

「……あっ」

 だがそんな彼女の足がピタッと止まった。

「ぬいぐるみか……? これダンゴムシ……なのか?」

 一応、確認を求めるように俺は問いかける。

「ダイオウグソクムシだよ」

「ほぼダンゴムシだろ」

 正直、ほぼなんかではなく完全にダンゴムシに見えるが。

 ぬいぐるみというよりも、むしろ抱き枕の方が近い大きさで、いくらぬいぐるみとはいえあまり長時間見ることをはばかられる。

「……欲しい」

「これをか?」

「可愛いじゃん」

「う、うーん……」

 俺が静止しようとした時には、すでに彼女は硬貨を投入していた。

「こういうのは基本取れないんだよ」

「やってみなきゃ分かんないでしょ」

「それはそうだけどさ……」

 あまりの熱意に気圧されてしまう。ゲーム好きとこのぬいぐるみに対する欲求に勝てる気がしない。

「またダメか……」

 そんな会話をしているうちにも彼女は二枚目の硬貨を投入している。

 だが今度もぬいぐるみにアームこそ掛かるもののポジションが悪いのか上まで持ち上がることはない。

 それから俺は、淡々とクラスメイトが散財する様を数分見ていたが、ついに大宮は目の前で肩を落とした。

 それから大きく息を吐いてから財布の口を閉じた。

「さすがにこれ以上は……」

 大宮は降参の意を示し、その場から離れようとする。

「そんなに欲しいのか……?」

 俺はそんな大宮を引き留めて一言だけそう聞く。

「欲しい」

「そ、そうか……」

「だってクレーンゲームって次来た時には入れ替わってるでしょ? ここ逃したら二度と出会えないのがちょっとね……」

「あー……確かにそうだな」

「ネットでまた探してみるよ」

「そうか……」

 俺は大宮の隣まで来て筐体を眺める。

 クレーンゲームはどちらかといえば得意だ。簡単な物なら何回か取ったことがある。

 だが目の前の物はそう簡単にはいかないだろう。

 重く、滑りやすく、重心も分からない。何ならこれが何かすらイマイチ分かっていない。

「……よし」

 俺もおもむろに財布をポケットから取り出す。

「もしかしてクレーンゲーム得意なの?」

「妹に頼まれてもやらない」

「なら別に無理してやらなくても……」

「見てろって」

 俺は自分の財布の小銭を数えてから、何枚か取り出す。

「これは難しそうだな」

 俺は比較的重そうな胴に狙いを定めると、そこに向けてクレーンを落としていく。

「あ……刺さった」

「よし」

 完全に刺さったクレーンはその力で簡単に物を持ち上げている。

「おぉぉぉぉぉぉ…………おお……」

 だが一番上まで持ち上がった衝撃でぬいぐるみはズリズリと落ちてしまった。

「あぁ……」

「やっぱりダメか」

「うん、これ難しいよ。欲しくもないのに気使わなくてもいいよ」

「いや、任せて」

 案の定厳しそうなことを悟った俺は、露骨に落ち込む彼女を後目に『とある人物』を探し始める。

「……あ、すみませーん!」

 すぐに『とある人物』を見つけると、手を挙げた。

「すみません。これ取って欲しいんですけど」

「はーい」

 店員さんはこちらに小走りで近づいてくると、筐体を確認してからテンポよくアーム動かしていく。

「ふむふむふむ……」

 だが俺と同じように一番上まで行くと、少しだけ動いて下に落ちてしまう。

「あぁ~なるほどですね」

「どうですか?」

「多分これだと500あれば確実に取れますねー」

「じゃあそこまでお願いします」

「はいはーい」

 慣れた手つきでアームを進めて、500円が溶けてゆく様を見ているうちにぬいぐるみは滑り落ちる形で落ちていった。

「お~」

「はーい、おめでとうございまーす」

「ありがとうございます」

 俺はぬいぐるみを店員さんから貰うと、大宮に渡す。

「ほら、これで良かったか?」

「あ、ありがとう……」

「感謝なら店員さんにしてあげろ」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、また困ったら呼んでくださーい」

「わざわざありがとうございます」

「いえ、私もサボれるので~」

 と言いつつも上司らしき人に首根っこを掴まれて引きずられていった。

「こんなシステムあるなんて知らなかった」

「わざわざ説明してる店もないからな」

 随分前に妹とゲーセンで似たようなことがあって、その時に初めて店員さんから直接教えてもらった。

「み、宮村もありがと……」

「いえいえ」

 ぬいぐるみを持った大宮は大きく感情を表には出していないが、口元だけはしっかり緩んでいる。取ったかいがあったというものだ。

「そろそろ俺は帰るかな。妹もいい加減帰らないとうるさいだろうし」

「時間もちょうどいいし、私も帰ろうかな」

「そうか」

「駅まで一緒に行こうよ」

「……いいぞ」

 ダンゴムシもどきを持っている女の子と一緒に帰るのは若干抵抗があったが、断る方がよっぽど抵抗があった。

「そういえば宮村って妹居るんだね」

「姉と妹が一人ずつ。姉の方は自由人だから家に居る方が少ないけど」

 姉のことを思い出して若干頭が痛くなる。

「変わったお姉さんなんだね」

「その反動なのか妹の方は若干過保護なんだよ」

「仲良いならいいよ。私も兄さん居るけど、そんなに会話しないよ」

「うちの姉はもう少し家に居てほしいんだけどな」

「宮村のお姉さんってあんまり想像つかないね」

「頭は悪くないはずなんだけど、やることがぶっ飛んでるんだよな」

「その反面で宮村が今の宮村になったのかな」

「俺の分も知能奪って常識を母さんに置いていったんだろうな」

 そんな話をしているうちに駅に着いた。

「宮村って家どっち?」

「学校の方」

「私と逆の方か。なら今度暇なときにでも遊びに行こうかな」

「え」

「何、嫌なの?」

「そういうわけじゃないけど」

 好きな人が居るのに別の女の子を家に入れるというのは、何となく気が引けるものがある。

「もしかして好きな人でもいる?」

 そこで彼女は何かにピーンと来た顔をする。そして俺も何にピンと来たかが分かってしまった。

「もしかして朝話してた……」

「あー!」

 大宮の声を遮った俺の声に、大宮は小さく鼻で笑う。

「ふふっ……分かりやす」

「別に誰とは言ってないだろ」

「大丈夫。誰にも言ったりしないから」

「勘弁してくれ……」

 彼女は満足したのか一笑いしてから息を整える。

「なんか宮村ってもう少し取っ付きづらいと思ってた。なんか今日だけで仲良くなれた気がする」

 すると今度は大宮は和やかに、そして楽しそうに笑う。

 普段、学校で見る大宮とは違った表情をちょっとだけ綺麗に思ってしまった。

「また学校でね」

「あぁ、また来週な」

 彼女はホームにちょうど電車が来ていることに気付き、慌てて駅の中に入っていった。

「大宮もあんな顔するんだ」

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