かかってこいや
このクラスには可愛い女の子がいる。
可愛いの定義なんて人それぞれだが、彼女に関しては100人中70人に文句を言わせない。いわゆるクラスのマドンナとかに当たる。
「みんなおはよー!」
名前を吉町しずく
「しずくちゃんおはよ」
「朝から元気だな吉町」
ややうるさい朝の挨拶も、彼女の挨拶ならばクラスメイト達は笑いながら挨拶を返す。
吉町もそんなクラスメイトの返事に対して満足そうに笑顔を返している。
彼女は自分の席に荷物を置きに行きながら、恥ずかしくて挨拶を返さなかった男子にも挨拶をしている。
「大西君おはよ」
「吉町さんおはよう……」
「あれ? リュック変えた?」
「え、そうだけど……」
大西も動揺が隠せていない。友人にも気づかれないくらいに思っていたのだろう。
「この前のも良かったけど、これもいいね。どこで売ってたの?」
「ネットで見つけたやつだよ」
「へー、良かったら教えてよ」
吉町さんはノリノリで彼のスマホを覗き込む。
人の機微に敏感で、でも映像の中のように気を使ってばかりではない。
彼女は男子から見ても完璧な女性だ。
そんな彼女のことを気になっている同級生も少なくない。そんな俺も、例外なくその一人だった。
吉町は俺の隣に荷物を置くと、音楽を聴いていた俺の肩を叩く。
「宮村君もおはよ」
「……おはよ」
「何聞いてるの?」
「新譜」
「ふーん、この前の奴やつ?」
「うん」
数週間前にも似たような会話をしたので、それ以上話は膨らまない。
俺は内心ガッツリ後悔する。
俺だって吉町ともっと会話したい。
だけどそんなことに微塵も気付かない彼女はさっさと一限の授業の支度をし始める。
「みんなおはよ~」
すると一人の生徒が教室に入って来たのに気づいた。
その生徒は、こちらを見つけるとニコニコしながら俺の席の前まで来た。
「大和おはよう。今朝もずいぶん眠そうだね」
「凪か……おはよう」
「凪か、って分かってたでしょ」
わざと無視したんだよ。
凪は俺の決して多くない友人の一人だ。
後ろに小さく結んだ女子っぽい髪形に、女子のような長いまつ毛とハッキリした目元、それを完璧な女子に近づけるフワフワした雰囲気と言動
「凪ちゃんおはよ!」
凪に気付いた吉町が凪に近づく。
「しずくちゃんおはよう!」
吉町と凪がキャッキャしながら元気に挨拶している。
そんな二人の様子を見ているだけで、クラス中の雰囲気が和やかになっていく。
だが凪はれっきとした男だ。その容姿のせいで男女ともに恋心を抱かれる存在ではあるのだが、間違いなく凪は男だ。
「大和もこれくらい元気に挨拶してほしいよ」
「夜型だからな」
「元々のテンションが低いんだよ」
「そうだよね。もうちょっとテンション高くてもいいと思うよ」
近くにいた吉町にまで賛同されてしまう。
「僕やしずくちゃんが居なくなったら友達居なくなっちゃうよ?」
「余計なお世話だ」
心配するようで散々にけなしてくる二人に思わず溜息が漏れてしまう。
そんな俺たちの方にどたどたと走ってくる人物が一人。
「しずく~」
後ろから吉町に近づいてきたのは、クラスメイトの八瀬だ。
よく一緒に居るところを見るので、仲は良いのだろうニコニコしながら抱き合っている。
「やーちゃんどうしたの?」
吉町よりもずっと高いテンションにも吉町は同じくらいのテンションに上がりながら対応している。
「ちょっとしずく課題見せて~」
「えー? やーちゃんまたなの?」
「部活終わって帰ったらそのまま寝ちゃったんだよ。別に面倒くさかったわけじゃないから」
「仕方ないなぁ……」
「しずくは少し甘いよ。たまにはやーちゃんも痛い目にあった方がいいよ」
もう一人、こちらは俺と同じように眠そうにしている人物が一人。
確か名前は大宮さん。
凪を含めたこの空間ではローテンションな彼女が唯一親近感を感じられる人だ。
彼女たちは俺たちから少し離れてから会話を続けている。
「真白は厳しいな~。そんなに可愛い顔してるのに小難しい顔してたら可愛くないよ。ほらほら笑顔笑顔」
「ちょっ、やめてよ」
大宮さんの頬を八瀬さんが無理やり笑顔にしている。
言葉とは裏腹に笑顔にさせられた大宮さんを見て、思わず笑いそうになって目を逸らす。
「ふふっ」
凪に関しては完全に笑っている。
「あの三人って本当に可愛いよね」
すると凪は肩を叩いて、俺に賛同を求めてくる。
「え、何? 凪ってあの中に好きな人居るのか?」
もしかいて吉町?と付け足したい気持ちをグッと抑えて、凪の回答を待つ。
「三人とも好きだけど、多分大和が考えている好きではないと思うよ」
小さく小首をかしげて凪は否定する。そんなのでも女子に見えてしまうから是非やめてほしい。
「大和はどう? 誰か気になっている人とかいないの?」
「言いたくない。って話をこの前もしたと思うんだけど」
「あれ? バレた?」
凪は見た目通りの恋愛好きで、俺以外にもそんな話をよくするおかげか同級生男子の想い人もたくさん知っているらしい。本人がその場で告白されたなんて噂も聞いた。
「じゃあ可愛いと思う子は?」
「なんでそんなこと教えなきゃいけないんだよ」
「僕だったらねー……」
「聞けよ」
そんな俺の言葉も届くことなく、凪はしばらく唸った後に口を開く。
「強いて言うなら八瀬さんかな?」
「……ちなみにどうして?」
ひとまず吉町ではないことが分かって安心した。
別に特段興味があるわけではない。だけどやっぱり気になるものは気になるのだ。
「まず明るいでしょ?それにいつも思うんだけど性格というか、テンションがすごく合うんだよね」
「まぁ確かに八瀬さんと凪って似てるよな」
明るい、というよりは天然なところが。
「それにやっぱり可愛いでしょ」
「そ、そうか……」
こういう時にすんなりと思って居ることを言えるのは凪の良い所であり、そして彼の女子のような容姿と天然なところからだろう。
「僕は言ったよ? じゃあ次は大和の番!」
「えぇ……」
俺は三人の方を横目でチラリと覗く。
みんなの人気者の吉町と話題に上がった八瀬、それから大宮
彼女たちの誰もが魅力的な女性だが、やはり吉町は一段上に綺麗に見える。
「何? そんなに決めかねてるの?」
「好きな人とか……」
「別に好きな人を聞いてるんじゃないんだよー? 気になってる子の方!」
「同じだろ」
「全然違うよ。好きな人は恋愛感情、気になってる子は性的感情」
「真面目な顔してなんてこと言うんだ」
この男、見た目のわりに中身は男らしすぎる。
「大事なことじゃない?」
「ま、まぁ確かに……」
そこまで力説されてしまい、何となく引き下がってしまう。
「そうだな……」
俺は少し考えてから小声で呟く。
「吉町……かな」
「「へぇ」」
「強いて言うならだ……」
そこまで言ってから、俺は俺の言葉に反応した人物が二人居ることに気付いた。
そして俺は恐る恐る隣に立つ人物を見る。
「大宮……」
俺の目を真っすぐに見ながら大宮さんは頷く。
「うん、大宮」
最悪だ。
まさか女の子にこんな話を聞かれるとは思わなかった。
しかも吉町と仲のいい大宮だ。何をされるか分からない。
「しずく好きなの?」
「別にそういうのじゃない」
「……? どういうことなの?」
するとようやく凪が助け船を出す。
「恋バナの延長線だよ。可愛い子なら誰って話を聞いてだけだから、あんまりからかわないであげて」
「ふーん、そっか」
凪の説明を聞くと、少しつまらなさそうに大宮はあくびをしている。
「本当に気になってるなら紹介してあげてもいいのに」
「吉町さんと俺じゃ釣り合わないよ」
皮肉交じりの笑みで彼女の誘いを断った。
「……それもそうだね」
彼女はそう言うと、さっさと歩いて行ってしまった。
「実際そう思ってるとはいえ、結構酷い言われようだな」
「大宮さんも可愛いから男を見る目があるんじゃないの?」
確かに言われてみれば、吉町に霞んでしまっている感は大いにあるが、大宮だって十分美人の部類だ。
短い髪に、けだるげな雰囲気、吉町とはまさに真逆の女の子だ。
良くも悪くも目立たない美少女と言うものなのだろう。
「この話は終わり。あんまり人の容姿をどうこう言うのは良くないだろ」
「真面目だね」
「目立たない人間は真面目くらいしか売る場所がないんだよ」
「目立つ人間が優れているとは僕思わないけど」
変なところで男気を見せてくる友人を呆れながら見ていると、ちょうどのタイミングで始業の鐘が鳴る。
全員がウダウダと言いながら席に着き、入ってきた教師が何事もない平和な一日を始める。
六限の終わりを告げる鐘が鳴ると、至る所から疲れ交じりの溜息が聞こえてきた。
俺の目の前の男に関しては液状になって倒れ込んでいる。
「終わったぁぁぁぁ……」
「まだ火曜日だぞ。そんなに疲れててどうするんだよ」
「そんなこと言わないでよ~」
液体のままの凪に突っ込むことはせず、俺は帰り支度をする。
「疲れているならさっさと帰るぞ」
俺の言葉で、凪はようやく固体になる。
「あ、大和ごめんね。僕、今日用事あるんだよ」
「学校で?」
「ううん、他のクラスの女子に遊び誘われちゃって」
「羨ましいことだな」
そう口では言いつつも、多分だが異性として誘ってはないのだろうと邪推してしまう。
「他の奴らも部活あるだろうし、今日は寂しく帰るかな」
「ごめんね。また遊びに行こうね」
「……そうだな」
「ん、今嫌そうな顔したね」
だってコイツと遊びに行くと、目を離した隙にナンパされるから面倒なんだもん。
「別にしてない。じゃあまた明日」
「うん、またね」
一人で帰ることに慣れた様子でいるが、実際は全然しっかり寂しい。
こういう時に気軽に帰れる友人を作っておけばと何度も思ったことか。
いつものことながらクラス替えごとに友人を作っては、クラス替えでリセットされる。クラスの友人以上の関係なんて身の回りでは凪くらいしかいない。
本当に友達を作るのが苦手なのだ。
「ゲーセンでも寄ってくかな」
高校生になってから一人で帰る日は決まってゲーセンに行くようになった。
別に熱中しているゲームがあるわけでもないし、他校の友人とのたまり場にしているわけでもない。
ただ単純にゲームとゲーセンの雰囲気が好きなのだ。
もうお目当てのゲーセンに行くときにしか使っていないsuicaを使い、ホームに入る。
駅のホームに降りてくると、時間帯も相まって学生らしき生徒が何人も散見される。
別にやましいことがないのだが、何となくスマホを見ながら彼らの方から目を逸らしてしまう。
電車のドアが開くが、人の流れなんてものがあるわけもなく、おばあちゃんに先に乗ってもらってから適当な席を見つける。
外を見れば、そこに広がっているのは畑やだだっ広い一本道か車窓から映らない。
「田舎だよなぁ……」
遊びに行くにも自転車では少し厳しいし、やはり学生には電車か単車が必要になってくる。
車内も一車両に十人も居ないくらいで、近くにはカップル?らしき男女だけだ。
「やっぱり東京に来るつもりはないか?」
「ダメよ……彼には私が必要だもの……」
「暴力を振る彼なんて君には必要ないだろ!」
「……田舎だなぁ」
真正面の出来事から目を逸らして、俺は一言無理やり呟いた。
そんなカップル?らしき二人が次の駅で降り、ようやくひと段落ついた俺はのんびりとした揺れに目を瞑る。
『次は~』
俺は埋もれ切っていた身体を起こしてホームに降りた。
「人居すぎだろ」
ここはここら辺では一番の街だ。高校の近くなんかと比にならないくらいには人で溢れかえっている。有名人が混じっていても分からないくらいには。
さっきとは違って知り合いに見られる可能性が減ったことで、楽しみも相まって口角が上がってしまう。
駅から三十歩ほど歩けばゲーセンがある。
無駄に装飾された自動ドアを通ると、寒いくらいの冷房が顔に当たる。
ゲーセンの中は眉をひそめてしまうほどに筐体の音で騒がしい。
平日の午後ということもあり、全く人が居ないわけではないが、逆に言えばまばら程度には人が居る。
「何やろっかな……」
お目当てのゲームはない。本当に散歩くらいの気持ちでいる。
しばらくゲーセンの中を散策していた俺は一台のゲーム筐体に目が行った。
『Hey! チャレンジャー、カモン!』
声の方を見るとひげ面の男が手招きして、俺を煽っている。
「ストファイか……」
アーケードでも一、二番目には有名で人気な格闘ゲーム『ストリートファイターズ』
休みの日には列が出来るか、上手いプレイヤーが鎮座して近づきづらいこの筐体が今日は誰も座っていない。
ここまで時間を潰すのに適したものはないだろう。
俺はもう一度だけ周りに知り合いが居ないかを確認すると、財布を取り出した。
『OK! ファイター カモン!』
語彙力がカモンに寄っている男の指示通りに画面を進めていく。
すでに実装されてから数年経っているゲームのキャラは一画面に収まらないほどに増えているが、俺は迷わずにキャラ選択を押した。
結局は初心者向けのキャラを選ぶのが丸い。ミーハーゲーマーが一周回って行き付く結論だ。
初心者キャラらしくコマンドも少ないことを確認してから、ほとんどの戦いをボタン一つで終わらせていく。
時間はもちろんかかるが、よっぽどのことが無い限りはこれでコンピューターに負けることはない。
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