うちのクラスで二番目に可愛い女の子

山芋ご飯

多分彼女にとっては他愛ない

夕暮れの教室

 俺は彼女にただ一言メールで『教室に来てください』とだけ送ってきた。

 どこの教室かなんてやぶさかなものは書いていなかった。

 学年も性格も違う俺たちの出会いは一つの空き教室だった。

 扉を開けると彼女は退屈そうに髪を弄っていた。

「ようやく来てくれたんですね。普段は早いのに今日だけは遅いんですね」

 いつもの様子の彼女に俺は苦笑いを浮かべながらいつもの調子でひねくれた言葉を交わす。

「最近は外で遊ぶことも増えましたからね。あんまりここで遊ぶこともなくなっちゃいましたね」

 俺はそれを笑って肯定する。

 彼女と出会った日のことは今でもよく思い出せる。

「もしかして会った日のこと思い出してます?相変わらず先輩はエッチなんですから」

 先生に頼まれて授業道具を教室に置きに行ったあの日、俺はたまたま着替えをしていた彼女と出会った、というよりも出くわしてしまったの方が正しいだろうか。

「別に思い出さなくたって、先輩ならいくらでも見せてあげますよ?」

 彼女は小悪魔のような笑みを浮かべて、俺との距離を少しだけ詰めた。

「……ごめんなさい、恥ずかしくて誤魔化しちゃってました」

 彼女はいつものようにテヘヘと舌を出して笑うが、今日ばかりはごまかしもせず、すぐに恥ずかしがる。

 お互いに言いたいことは分かっている。俺からその言葉を言うのが正しいかもしれない。

 だけど彼女自身がその言葉を言いたいのだろう。彼女の表情がそう言っている気がした。

 彼女の艶やかな唇がゆっくり開く。

「先輩……好きです。私はあなたのことが好きです」

 艶やかな黒髪が夕暮れの光に照らされて、俺の視界を奪ってくる。

「返事を貰ってもいいですか」

 俺を真っすぐに見つめてきたその目に、俺の口は勝手に開いた。

「俺は……」


「おぉ……」

 横で真白が感嘆の声を漏らしている。俺なんか今は唸り声くらいしか出ないんだが

 俺は疲れと怒りを込めてボタンを押し、ストーリー進める。

「……」

「なんでそんなに楽しくなさそうなの」

 真横で真顔になっていた俺に気付いた真白はとことん不満そうに小首を傾げている。

「複雑」

「何よ、それ」

真横にはほんの二週間前まで話したことがない女子

 真正面には男友達とやるのも恥ずかしい恋愛シュミレーション

 この状況でロクにゲームを楽しめるわけもない

「こんなに良いシーンでなんてこと言うのよ」

「俺からしたら地獄の好感度上げから解放された喜びしかない」

 この後輩、他の女の子と会話するだけでみるみる好感度下がる地雷女だった。ほとんどの操作をやっていた俺からすれば感情移入してしまうのはむしろ別世界線を含めたひたすらに女の子を救ってきた主人公だけだった。

 画面では主人公とヒロインが夕日を背にキスするシーンが流れている。

 さすがにこの画面を見てしまうと、達成感からちょっとだけ涙腺が緩んでしまう。

「一番売れてそうなやつ買ったからシンプルな内容だったけど面白かったね」

 エンドロールを眺めながら真白は手を叩いて、感動を表現している。

「恋愛がこれでシンプルなら、俺もうしなくていいんだけど」

「そうは言っても本当はしずくとは恋愛したくなったんじゃないの?」

 俺の心を見透かしたとばかりに真白はニヤニヤとこちらの表情を伺っている。

「それは……まぁ」

「一番目の前の男が攻略しやすそうね」

 一言余計な彼女の言葉だが、実際に的を得ている。

 画面の中の主人公のように、俺も好きな人とこんな恋愛がしたい。

 真白はこれを見越して俺にこのゲームをやらせたのだろうか。

「でも出会い方とかクライマックスだってありえないのばっかりだったな~。曲がり角でぶつかるとか、着替え見ちゃうとか」

 彼女らしくもない無邪気な笑顔を浮かべている。

 多分自分がやりたかっただけだ。そう思うと、何だかどうしようもなく笑えてしまった。

「実はロボットってオチは少し面白かったな」

「めっちゃシリアスなシーンなのに私も笑っちゃった」

 現実の出会いなんて実にシンプルだ。

 俺とコイツの出会いなんて一行あれば説明できる。

「それで宮村くん、次は何やる?」

「作業ゲー以外で」

「恋愛シュミレーションになんて言い方するのよ」

「なら作業部分手伝えよ」

「さて何やろっかな~」

「聞いてくれ」

 そんな俺の言葉を無視して彼女はスマホを眺めている。

 俺は彼女に聞こえるように溜息をついてから自分もスマホを付ける。

 すると時間は20時を回っており、部屋のカーテンを少し開けると日なんてとっくに落ちていた。

「20時過ぎてるけど」

「嘘!? さすがに今日は帰らなきゃ」

 彼女は慌ててスマホやら何やらをカバンに突っ込みだす。

「そんなに急いで帰らなくてもいいだろ」

「宮村くんのためじゃなくて、美桜ちゃんに申し訳ないから帰るの」

「アイツもまたご飯一緒に食べたいって毎日のように言ってるぞ」

「二人分と三人分だと作る手間が全然違うの。美桜ちゃんは料理上手いけど、面倒なのは確かでしょ? というか宮村くんはもうちょっとそこら辺理解しなよ」

 おまけのように俺の料理スキルを批判される。

「送ってくぞ」

「変に気使わなくてもいいのに」

「美桜がうるさいからだよ」

「ふーん……」

「なんだよ」

「そういうことにしておいてあげる」

 俺は制服の上にカーディガンだけ羽織って、外に出る。

 日が落ちる早さと肌の寒さが早春を伝える。

「そういえばあのゲーム、もう一つルートあるらしいな」

「本当? 他に女の子出てきたっけ」

 瞬時に彼女が俺の方を振り返る。

 そんな真白に、俺はスマホの画面を見せる。

「友人ルート」

 ギャルゲーにはありがちらしいお助けキャラ、この作品で言えば友人も攻略対象だという記事を彼女に見せる。

「あの男の子? 別に興味ないかな」

 ひたすら全キャラ攻略を目指していた俺からすれば最も愛せるかもしれない友人の存在を彼女は簡単に否定した。

「なんでだよ。アイツめっちゃイケメンだろ」

 茶髪と明るい笑顔、気さくに話しかけてくれる友人は、同性の俺からしてもカッコよく映る。

「うーん……あんまり好みじゃないからかな。気が合わない感じした」

 そんな風に説明する彼女は俺は不可解な目で見る。

 教師に文句が言われない程度の化粧と髪の毛、俺より寒い寒いと言うわりには夏から変わらないスカート丈

 彼女の容姿は、性格を含めなければ比較的穏やかなうちの学校でも十分派手な部類に入る。

「やるなら一人で進めてもいいよ」

「やらない」

 とは言いつつもやるだろうけど、いちいち言うといじられそうなので言わない。

 そんな話をしているうちに駅が目の前まで迫ってきた。

 真白の家は二駅先の駅前の一等地のマンションらしい、真白はわざわざ自慢したりしないがお金持ちなのだろう。

 真白が別に自分の家がそこまで好きではないことは分かる。だから俺もわざわざ聞いたりはしない。

「それじゃあまた明日」

「明日は学校無いぞ」

 今日は金曜日だから家行くって言ったのは真白の方だ。

「じゃあ明日も来るよ」

「毎日俺の顔見たくはないだろ」

「確かに」

 …………

「冗談だって。明日はママが家にいるから来ないよ」

「ならまた面白そうなゲーム探しとくよ」

「また恋愛ゲームでいいよ」

「長そうなやつ見つけてゲーム機ごと送ってやるよ」

「勘弁。じゃあね」

 彼女はもう一度俺に小さく手を振ると、駅の中に消えていった。

 彼女と話すようになってから二週間、遊ぶようになって一週間、ここ数日で俺の家でも遊ぶようになったが、そこまで彼女のことは分かっていない。

 何でもないようにしているが、真白は十分なくらい綺麗な容姿をしている。

 俺と遊ぶ理由は全く分からないが、どんなゲームでも一緒に楽しんでくれることと妹が楽しそうにしている限りはこの関係も悪くないのかもしれない。


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