異世界ニット男子

小泉毬藻

奪衣婆の肩掛け

奪衣婆だつえばから送られてきたのは、1kg分の白髪と、氷花模様の肩掛けの注文書だった。


 人毛を紡ぐのは初めてだったが、蜘蛛の糸を混ぜたおかげで細く長く紡げた。太さは蜘蛛の糸程だが、より濃い白色をしている。

 黒檀の針で編んでいる時、無数の悲しげな呻き声が聞こえてきた。

「泣かないで。君たちが形作った事の無い、美しい形にしてあげる」

 僕はなるべく優しく話しかけて、針を動かし続けた。


 奪衣婆の大きさに合うサイズまで編み上げるのには、ひと月ほどかかった。最後の1目を編み終えて、ぬるま湯で洗って水気を取り、作業台に広げる。

 花のような透かし編みは、柔らかい白の髪糸によく似合っていた。

「今の感じはどう?」

 形を整えながら尋ねてみた。

 初秋の澄んだ日差しに包まれた肩掛けからは、もう呻き声は聞こえなかった。


 ***


「姥神様、荷物が届きましたよ」

 三途の川のほとりで、亡者たちの着物を剥ぐ手を止め、奪衣婆は思わず片頬を綻ばせた。

「おや、あの坊やからですか。新しいお召し物で?」

 伝票を覗き込んだ鬼のひとりが尋ねる。

「そろそろ彼岸だからねえ。少し温かくするものが要るじゃろ」

 そっけない口調で言ったものの、声はどことなく弾んだ様子だった。


一時仕事を鬼たちに任せ、衣領樹の木陰で婆は箱を開けてみた。中身はモヤのように薄い紙に包まれていた。微かに現世の秋らしい澄んだ大気の匂いがする。

 婆にとっては久しぶりに嗅ぐ匂いだ。同時に、不安と寂しさと涙をいっぱいに溜めた、ススキの穂のような色の目が思い出される。


最後に見たのはどのくらい前だったか、と婆は思い返してみた。現世の時間で5年、いや10年程だろう。きっと見分けがつかないくらい大きくなって、鈴を振るようだった声もすっかり嗄れているんだろうね、と婆は思った。


三途の川のほとりで子を産み落とした女から託され、数えで13になるまで手元で育ててやった。子供は冥土で暮らしていくには少し体が弱かったので、人里で暮らす知り合いに預けた。

 その後、知り合いが営む縫製工房を手伝っていると聞いていたが、少し前に独立したという手紙とDMが送られてきた。


自分が依頼した仕事が、あの子にとって幾つ目の仕事だったのだろう。繁盛していればいいけど。そう思いつつ婆は包みを開いた。

 仄かに金色を帯びた白い花模様を広げてみる。節くれた手を包むそれは、重さを感じないほど軽い。纏ってみると思いのほか温かく、背中から指先まで柔らかい熱が染みこむようだ。

「……なかなか良いじゃないか。きっとあの子は大成するね」

 レースの端を指先で撫でながら、婆は思わず微笑んだ。


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異世界ニット男子 小泉毬藻 @nunu_k

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