本当と嘘

3-1

 中学生のとき、理不尽なイジメに遭っていた。一時期は登校拒否をして、ずっと大好きなアニメを見ていた。助けてもらいたかったんだ、魔法少女に。

 幸か不幸か、いじめっ子は僕のお父さんが元弁護士と知っていた。器物損害云々を恐れていたのか、身の回りの物は壊されなかった。対して暴力は多かった。顔以外の殴る蹴るは当たり前で、髪を掴まれ引きずられたこともある。苦しくて苦しくて、僕が嘔吐すれば大笑いした。通りかかる人は見て見ぬふりで、誰も助けてくれない。僕が泣こうが喚こうが、差し出される手に、牽制の声は無かった。

心配されたくなくて僕は暴力の事をずっと黙っていた。だけど、ある日バレてしまった。担任の先生から聞いたらしい。お父さんは顔を青くしたり赤くしたり、お母さんは寝込んでしまった。お店は、長い間閉めてしまった。

僕は三年生になってから登校を始めた。数か月ぶりの教室は、ほんのり居心地が悪かった。何より周囲の目が痛い。

けど、登校する僕を視てお母さんは元気にパンを焼いて、お店は無事再開した。それに友達も出来た。何気なく話してきてくれた成瀬には、本当に感謝している。

 虐めた不良たちがどうなろうと関係ない。二度と関わらなければそれでいい。それなのにお父さんは言う事を聞いてくれなかった。頑固者で正義感が強いのも良くないわね、とお母さんはぼやきながら止めていた。

 謝罪と賠償金なんていらない。土下座もいらない。僕は、平穏な日々が欲しかった。

 今でも僕を巡る裁判が起きている。

「結局、両親なんてそんなもんさ」

 元不良である道久の両親は、彼の行動を黙認していた。怒りはせず、ただ黙っているだけだったという。

「結局は、構ってもらいたかったのかな、親に」

 僕が呟くと、道久は「そうかもな」と合わせてくれた。

 座布団に腰かけながら蹲る。騒動の前のことを振り返ってみる。お店で忙しいから、そんな理由でお母さんはろくに接してくれなかった。お父さんはあまり帰ってこない日が多い。

 それがどうだ。今じゃこれでもかと接してくる。

「にしてもよ、矢神の父さん……弁護士だったのか」

「うん。お母さんの作ったパンに惚れて結婚したんだって」

 昔、そんなことを聞いた。お母さんは殿方を捕まえるには胃袋を、なんて言っていたなぁ。本音は玉の輿目当てだったのだろう。でも、何のもつれもなく平和だし、いいかな。

「にしてもさ。どうしてわざわざ不良校に来たんだ? 親の勧めじゃなさそうだし」

「えっと、僕は」

 扉が叩かれた。目を合わせて、道久が出る。

「矢神楓はここか?」

 長い学ラン姿の不良だった。顔は厳つくて切り傷が沢山ある。道久は躊躇したのか、口を開かない。

「絵空さまがお呼びだ」

「絵空さん!?」

 思わず飛び出すと、道久が僕の首根っこを掴んだ。喉がつっかえて、ぐえ、と声が出る。だけどすぐ離してくれた。不良は僕らに敵意を向けていない。

「……来い。矢神の友人も」

 渋々ながら、道久も同行する。行先は聞いていない。着いた先は玄関だった。

 そこには、絵空さんがいた。サカトー指定のジャージ(やっぱり僕から見ても正直ダサい)を着ている。

 その場で不良さんと別れ、絵空さんについて行く。夜に近い夕暮れ時だ。じめっとした空気が肌に張り付く。

「なんで俺まで?」

「君のことは知っている」

 その一言で道久が黙り込む。絵空さんはピタリと止まった。人がいない、寮の裏。笑い声が微かに聞こえた。

「……それに、聞いただろう。あたしの――その――魔法少女のこと」

 道久は控え目にこくん、と頷いた。内心ヒヤッとしたが絵空さんは怒っていない。というより、魔法少女と言うのをためらっていた。

「そうか。手間が省けた」

 この人、元から僕らを利用する気だったの?

 ふとそんなことを思ってしまった。利用、なんて言いかたは失礼だ。協力、だ。

「もし嫌だったら、嫌といってもいい。……矢神は別だ。お前は来い」

「な!? なんで僕だけが」

「真実を見たから」

 ぐうの音も出ない。絵空さんからしたら、僕は重要人物だ。離すわけにはいかないだろう。僕自身、首を突っ込んだ以上どうにかしないとモヤモヤする。

 道久は少し悩んで、構わない、と笑顔で答えた。

「本当にいいの? 僕が巻き込ませたみたいなのに」

「や、なんか面白そうだから」

 単純な理由だ。でも絵空さんからすれば本気、だろう。でも絵空さんは顔色を変えない。

「話だが、あたしが毎晩サカトーに居るのは知っているだろう。……二人には、探索をしてもらいたい。出来れば……真実と話をしてほしい。そして、あたしに会わしてくれ。彼女と、話がしたいんだ」

「それだけ……ですか?」

 絵空さんは小さく「そうだ」と話し終える。ただでさえ強い眼が、僕と道久を交互に刺す。そして、絵空さんは体を九十度曲げた。

「頼む」

「わ、分かりました! 顔を上げてください、絵空さん!」

「……矢神さ、最近よく頭下げられてるよな」

「それとこれと関係がある!?」

 思わずツッコミを入れてしまった。いや、でも彼の言う通りかもしれない。

 その間に絵空さんは体を起こしていた。

「……ありがとう矢神」

 にっこりと微笑まれて、不覚にも胸が鳴る。ダサいジャージを着ても絵空さんは、綺麗だ。

「じゃあ今日の夜からってことですか?」

「矢神と友人がよければ構わない」

 道久を見つめると、笑みを返される。

「俺はいいけれど」

「僕も大丈夫です」

「じゃあ……午後九時、教室前に来てほしい」

 寝落ちしないよう気を付けないと。それより、宿題を終わらせなくっちゃ。

 その後、僕と道久は帰るなり仮眠を取った。それから夕ご飯を食べ、お風呂に入る。時間になるまで宿題をして、残った時間で本を読む。いつものように過ごしているけれど落ち着かない。早く時間にならないだろうか。

 と、ケータイが震えた。メールが着ている。道久からだ。

『先、出てるぞ』

 やっとだ。半ば嬉しくて気分が高揚する。ケータイと懐中電灯をポケットに入れた。額に浮かんだ汗をぬぐって、部屋を出る。暗くて静かな廊下を歩き、玄関に辿りつく。

 待っていた道久と夜道を歩き、何もなく待ち合わせ場に着いた。自分たちがいつも利用している教室は、妖しく見える。

 そこにいたのは、まぎれもない魔法少女さん。隣にいる道久は何度も目を擦っている。魔法少女さんは僕らに気づくと、不思議そうな顔をする。だけど、納得したようだ。どこか悲しそうに、口角を上げた。

「……本当に」

 僕の目の前にいる魔法少女さんは、やっぱり絵空さんだった。僕と道久には、リボンとフリルが沢山でふわふわ衣装の女の子が見える。

「行きましょう、絵空さん」

 みっともない僕の声が響いた。


***


 本当に、彼等はあたしを魔法少女と見ていた。二人の反応を見ればなんとなくだが分かる。それでも、動揺しないでいる矢神は凄いと思う。もしあたしだったら、どうしていただろう。喜んで、騒いでいたかもしれない。だってそりゃあ大好きなキャラがそこにいるんだ。下手なコスプレとは違う。

本物がそこにいる。それも、触れられるところに。

 持っているバットを握り締めた。二人には、コレがどう見えるのだろうか。

 矢神が「行こう」と促す。彼の友人は頷いた。

 あたしは出来る限り口角をあげた。ジャージの中はタンクトップと下着のみ。腕まくりをして、大丈夫だと言い聞かせる。真実に会う自信はあるつもりだ。


***

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