クスリの代償
@aikawa_kennosuke
クスリの代償
そろそろ時効かなと思ったからここいらで話しておこうと思う。
10年くらい前まで、俺は薬物を常習してたんだ。
きっかけは、ありがちかもしれないけど、仕事がうまくいかずに鬱憤とストレスが溜まっていた時、ネット掲示板でシャブのスレッドをみたこと。
知ってるか?
合法ハーブから、それこそ覚醒剤までありとあらゆる薬物がネットで簡単に手に入るんだ。
最初の方は合法の媚薬を使ってたんだが、徐々に違法薬物にも手を出して行った。
こういう薬物の醍醐味は、いわゆるキメ○クだ。
掲示板にはそういうことをするパートナーを募集してる輩がわんかさいるから、俺みたいなブ男でも簡単に女の体にありつける。
あれを一度体験すると、他の娯楽や快楽なんてバカらしくなっちまう。
感覚としては、自分の感じる快楽が増幅されるというよりは、夢見心地になって感覚が研ぎ澄まされるって感じだな。
で終わったあとは、自分の脳に何重にも膜がかかったような虚脱感と倦怠感。
で、それから逃れるためにまた薬物に手を出す。この無限ループだ。
ハマってくると、常時薬物を持ってるから、そのうち売人として薬物を売り始める。
そして、薬物所持や詐欺で豚箱行きっていうルートを踏むやつが多いんだ。
俺は自分で売ったりはしなかったけど。
その中でいろんな種類の薬に手を出したけど、一番やばいと思ったのは覚醒剤じゃなくて、LSDってやつだ。
正式名称は“リゼルグ酸ジエチルアミド”。
超強烈な幻覚を見せることで有名で、こいつのせいでたくさんの人間が廃人になってる。
俺は覚醒剤を好んで使ってたんだが、ひょんなことからこのLSDを手に入れることができたんだ。
けど幻覚作用の強いものはそれまで使ったことがなかったし、覚醒剤で満足していたからLSDはしばらく使わなかった。
最初に使うことになったのは、覚醒剤を切らしていた時だった。
薬が切れたあの虚脱感から逃れようと必死で、気づいたらLSDの容器を手に取っていた。
始めてLSDを使ったあの時は忘れもしない。
最初の数分、妙な気だるい感覚が全身を襲った。
具体的には少しの頭痛と寒気、息苦しさ。
風邪のひき始めみたいな感じかな。
それが続いて、ああ大丈夫かな?っていう不安な感情があった。
けど、すぐにその不安も消え、強烈な恍惚感を感じた。そして、視界が変化し始めた。
その時はベッドに仰向けに寝転んでいたんだが、だんだんと天井の木の模様がぐるぐると動いたり、近づいてきたり離れていくように見えるんだ。
そして、聴覚にも変化があった。
鋭敏になるというよりは、聞こえる音がいつもと違う意味を持つように聞こえるって感じかな。
その時はつけっぱなしのテレビの音が聞こえていたが、人の声も音楽も、ものすごく重大な意味を持つように感じるんだ。
そして、聞いた音に連動するように視覚も変化していった。
木の木目や直線が激しく歪み、自分の体がそれらに包まれているような不思議な感じを味わった。
その時の恍惚感はキメ○クの比なんてもんじゃない。
自分が世界の中心にいて、世界を思い通りに動かすことができそうなあの全能感は、他の薬じゃ味わえないだろうな。
1回目の使用はこんなところだ。
この、いわゆる“サイケデリック体験”は1時間くらいで終わった。
こいつはやばい代物を手に入れたと思った。
これを続けたら自分が自分ではなくなってしまう、そんな恐怖を感じた。
だが、しばらくするとあの恍惚感を思い出して、恐怖の対象が逆転した。
あれを使うから自分が壊れるのではなく、使わないから壊れるのだと強く思い、どうしようもなくなる。
そしてまたLSDを使う。
俺はあっという間にこのループにハマってしまった。
使えば使うほど、回数を重ねるほど、幻覚とそれから生まれる恍惚感が変化していった。
増大するというより、深くなるって感じだった。
まず、天井の模様に留まらず、目の前に存在してないはずの幾何模様が現れるようになった。
そして、自分の体が浮遊して、地球中をトリップしたり、宇宙を駆け巡ったりする感覚を味わえるようになる。
そして、そのうち記憶にもアクセスし、記憶世界で思い通りの行動ができるようになる。言ってみれば超強烈な恍惚感と全能感を伴う明晰夢って感じかな。
けど、日常生活にも変化が現れるようになったんだ。
簡単に言うと、見えないはずのものが見えるようになった。
街を歩いてるとさ、変なのが見えるんだ。
人の形をした黒い影だった。
その黒い影はあちこちにいて、のそのそと歩き回っていた。
電車の線路上や、高層ビルの真下なんかによくいた。
あの薬のせいで変な妄想が起こってるんだと思おうとしたんだが、どうしても解せない。
あの影が見える必然性は?
自分の意識に無いはずのものがなぜ見えるのか。
そして、不気味なゆらゆらとした動き方。
ここまで話せば分かると思うが、俺、幽霊が見えるようになったんだよ。多分な。
証明のしようがないから、信じてくれとも言えないんだけどさ。
あれは幽霊だと思ったんだよ。
他人にくっつくようにしている奴もいた。
多分あの状態を“憑かれた”っていうんだろうな。
気味が悪かったけど俺には危害を加えて来そうになかったから、無視して生活してたんだ。
そんなふうに、黒い影が見えることとLSDを使っていたこと以外はごくごく普通の生活を送っていた、ある日のことだった。
仕事帰り、黒い影がついてきたんだ。
気づいたのは電車に乗っているときだった。目の前にあの影がぼうっと浮かんでいた。
またかよ。そんなふうに思って無視してた。
けど、俺が電車を降りると、そいつも一緒に降りたんだ。で、同じ方向に歩いてくる。
まさかな、と思ってた。
で、最寄り駅から家に帰る道でも、同じ影がついてきてるんだよ。
さすがに走ったね。
あいつらは最大で徒歩くらいの速さでしか進めないみたいで、どんどん影との距離が開いていった。
マンションの階段を駆け上がって、部屋に入ると急いで鍵を閉めた。
これで大丈夫だろう。そう思った。
その日も晩飯を食って、テレビを見て、いい時間になったから風呂に入った。
で、風呂からあがった後だよ。
いたんだよ。
リビングの隅で胡坐をかくようにしているあの黒い影が視界に入った時は、ゾッとしたね。声にならない叫び声をあげて、思わずへたり込んだ。
あいつがついてきた。そして、部屋に入ってきた。
けど、一番恐ろしいのはその時の俺の思考回路かもな。
影を見て、俺が真っ先に思いついた対処法は、部屋から逃げたりすることではなくて、薬を使うことだったんだ。
急いで、ベッドの下にある容器に手をのばした。
俺が服用している間、奴は微動だにしなかった。
数分もすると、またあの幻覚が体を包んできた。
だが、その日の幻覚はいつもと違っていた。
見えたのは幾何模様でも宇宙でも明晰夢でもなく、自分が誰かに殺される光景だった。
微妙に焦点が定まらない中、自分が誰かに首を締められている。
苦しい。苦しいけど、だんだんとそれが気持ちよくなっていって、体が浮かぶような快感に変わっていった。
いつもの全能感は無く、ただただぼうっと映像を見せられているような感じだった。
突然、誰かの激しい吐息が聞こえた。
ぜえぜえ。
はあはあ。
耳のすぐそば、いや、自分の体の中から聞こえてくるようにくぐもっていた。
そして、視界が暗くなった。
黒い膜に顔を覆われたように感じた。
直感的に思ったんだ。
あの影が、俺の体の中に入ってきた。
あいつが俺の中でざわざわ動いているのを感じる。
だが、体が動かない。
うまく表現できないが、自分がバラバラになった気がしたんだ。
自分の意識や思考が分断されて、で、その隙間にあの影が入り込んでくるような、そんな感じだった。
気がつくと朝だった。
薬の幻覚を見て、そのまま朝を迎えることなんて初めてだった。
あの黒い影の姿は見えず、何か狐につままれたような気分だった。
それから変わったんだ。
ほんとにいろいろ変わってしまった。
まず、あの黒い影が見えなくなった。あれだけ街中にいたはずなのに、1つも見えないんだ。
で、薬を使うことも無くなったんだ。常習していたのが嘘みたいに。
自分の中に根をはっていた中毒性や、薬が切れたときの禁断症状も不思議なことにぱったりと無くなったんだ。
そして、自堕落な生活から一転し、仕事もうまくいくようになった。
家族関係も修復されたし、恋愛もできるようになった。
自分が自分でなくなってしまったようだった。
あの薬にまみれた生活が、悪い夢だったのかのように思い始めた。
本当に俺は俺なのか?
俺がいいたいのは2つ。
1つは薬物について。
特に幻覚作用がある薬には気をつけろ。
もしすると、俺みたいに見えないはずのものが見えるようになってしまうかもしれない。
2つ目は、あの黒い影には気をつけろってことだ。
あれが幽霊、いや、人の霊魂だとして、多分あいつらは生きてる人間に引き寄せられるんだ。
そして、生きた体の中に入ろうとしてる。
薬物に溺れて、精神や意識が分裂しそうになっていた俺なんかは、奴らから見れば格好の獲物だったんだ。
何より俺はあいつらを認識して意識してしまっていた。
けど多分、気づいてなくても、あいつらは体に入ってくるだろう。
心に隙があったり、弱みがあるとたちまちな。
これを読んでる奴は大丈夫か?
本当にお前はお前か?
突然、自分が自分でなくなったようなこと、なかったか?
クスリの代償 @aikawa_kennosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます