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「おお、マシロ殿お待ちしておりましたぞ」
「ささ、荷物をお持ちいたしますぞ」
マシロが玄関に着くや否や、部屋の奥からポン吉とポン三郎が駆けつけ、KUDOUベーカリーの袋を恭しく受け取った。パンの芳香に酔って小躍りをする二匹のフワフワにマシロは顔を綻ばせ、ポン四郎は難しい顔をしていた。
「兄さん達、食い意地を張って、はしたないですよ」
コアラの子供のようにマシロの腕にしがみつきながら、パンを神輿代わりに担いでいる兄達に声を落とした。
「やや、はしたないとは随分な物言いだな弟よ。我々は遠方まで買い出しに行って下さったマシロ殿の体を気遣い、荷物を早々に受け取らねばと駆けつけたまでだ」
「それなのにポン四郎ときたら。いつまでマシロ殿の腕にしがみ付いておる、さっさと降りぬか」
はいはい、と言いながらポン四郎は床にピョンと飛び降りた。化け狸兄弟は紙袋の神輿を居間に運び、マシロの戦利品をちゃぶ台の上に並べいちいち歓声を上げていた。
「おお! これはKUDOUベーカリー名物のビーフカレーパンではないですか!」
サクサクホカホカのカレーパンを掲げ、ポン吉は感動にわなないた。
「それ、ポン吉さん達が美味しいって言ってたんで、また買ってきちゃいました」
「覚えていて下さったとは、至極恐悦!」
「ズルいですぞ兄上! 某も食べたいですぞ!」
そう言ったのはポン三郎である。彼は長兄の足にしがみ付き、自分にも分けてほしいと懇願している。
「大丈夫ですよ、ポン三郎さんの分もありますから」
言われてポン三郎はパンの山を掘り分け、もう一つのビーフカレーパンを見つけると歓声をあげた。それから二匹は個包装のビニール袋を破り、カリカリのカレーパンに噛り付いた。
「はぁ、一日と空けずにこんな美味しいパンが食べられるとは、マシロ殿には感謝してもしきれませんなぁ」
「しかも某らの好物を覚えていて買って来てくださるとは。マシロ殿はいいお嫁さんになりますな」
化け狸におだてられ、マシロはすっかり上機嫌になり、デヘデヘとだらしない顔で蕩けている。
「やめろやめろ、ソイツは褒めすぎると調子に乗るぞ」
とは、ザリガニ男の言葉である。ザリガニ男は目線だけをコチラに向け、ちゃぶ台の前に座ってテレビを見ていた。
マシロはザリガニ男の隣にペタンと座り、テレビに目を向けた。画面には、ギャラティカルセブンが雪山で遭難した冒険家を救助したというニュースが流れていた。
雪山をバックに、上空から飛来したエージェントが華麗に着地し、要救助者を救急隊に引き渡す映像が流れる。次いで、地元行政の長と警察署長が口々に感謝の言葉を述べ、スタジオの専門家達が口々に礼賛する。それはマシロにとって、見慣れた、見飽きた光景であった。
「マシロは、なんでギャラティカルセブンが嫌いなんだ?」
ザリガニ男の質問に、マシロは少し驚いた。確かにマシロはギャラティカルセブンを嫌っているが、ザリガニ男に対してそれを言ったことは無い。ポン四郎から聞いたのだろうか、いずれにせよ自分のパーソナルな事を彼が覚えていた事にマシロは驚いたのだ。
「なんていうか、その……感覚的なアレなんですが。皆からチヤホヤされて、キラキラしてて、なんだかムカつきます」
「ははは、なんだそりゃ」
ザリガニ男は肩をすくめて笑った。
「なんだかムカつくから、嫌いなのか? インタビューで気に入らない発言をしたからとか、そういうのじゃないのか?」
「インタビューで何を言ったとか、そういうの興味ないです。ただ、その、彼等って宇宙人に選ばれたんですよね? 努力したとか、才能があったとか、そういうのじゃなくて。ただ、たまたま、選ばれたからって、凄い力を与えられてそれを使って世界中の人に評価されるのって、なんかズルいです」
探り探りの言葉選びではあったが、マシロの言葉には明確な嫌悪感が込められていた。
「なるほどな……。でも、ヒーローってそういう物じゃないのか?」
言われてマシロは考える、漫画や映画で語られるヒーロー達はどうだったのかと。
彼らの中には自らの努力や、科学の力でヒーローになった者もいるが、宇宙文明の超科学や魔法のような超自然エネルギーで偶発的にヒーローになった者も少なくない。「ヒーローとはそういう物だ」と言われれば、確かにその通りなのかも知れない。
「だとすれば、私はヒーローそのものが嫌いなんだと思います」
「そうか、俺もヒーローが嫌いだ」
そう言ったザリガニ男は何を思うのか。マシロはザリガニ男の横顔を見やるが、甲殻で覆われた顔から、その感情を読み取ることは難しい。
「皆さんは彼等と……」
戦うのですか? という質問を、マシロはすんでのところで飲み込んだ。
怪人達が何をしようとしているのか、詮索するのはご法度であり、マシロはその約束を一か月間守り通した。
しかし、一か月間も行動を共にしていれば、直接聞かずとも彼らが何をしようとしているのか想像がつくというものである。この一か月間彼らが作っていたのは紛れもなく爆弾であり、それを使用する相手は間違いなくギャラティカルセブンである。
そして、その行動は間もなく行われるであろうと、マシロは感じていた。
マシロが彼らを手伝い始めた頃は、盛んに買い出しを言い渡され、キャリーバッグを転がして方々を駆け回っていた。
しかしここ数日は食料品――主に化け狸兄弟の分――の買い出しばかりで、マシロがいない間に怪人達は会議をしているようだった。準備期間は終わり、後は行動を起こすのみ。マシロには、そう見えていた。
彼らはギャラティカルセブンに勝てるのだろうかと、マシロは思案する。
この一か月間彼等と生活を共にしてきて、目からビームを出したり、怪力でダンプカーを投げた飛ばしたりと、いわゆる怪人然とした行動をしているのを見たことが無いので、その戦闘力を推察するのは難しい。
対して、ギャラティカルセブンの実力は疑いようがない。連日連夜のマスメディアの報道で、彼らの活躍とその実力は嫌というほど見せられている。
ザリガニ男達はギャラティカルセブンに勝てるのだろうか。どうしても、明るい未来を想像できない。
それに、ザリガニ男達が負けてしまったら、自分はどうなってしまうのか。またあの暗幕で閉ざされた暗い部屋の中に戻るのか。孤独と高潔を愛したマシロであったが、一度他者と関わる事の喜びを知ってしまえば、それを喪失する痛みに脅かされる。もうあの頃には戻りたくない、この関わりを失いたくない。マシロの心の中に、黒くてドロドロした感情が溜まっていく。
「なあ、マシロ。お前鍋作れるか?」
ザリガニ男の言葉に、マシロの負の思考が寸断される。ハッと我に返ったマシロの目に、料理番組が映った。ザリガニ男はハサミでテレビを指し示した。
「この、寄せ鍋は旨そうだ。食べてみたいな」
「お、鍋ですかな? 某らも加わりたいですな」
化け狸兄弟が、パンを食べながら話に割り込んできた。飯を食べながら別の飯の話をするとは、ずいぶん食い意地が張っている。マシロが呆けている間に、あれよあれよと話がまとまり、明日鍋パーティーが催されることと相成った。
「幹事はお前だからな。任せたぞ」
こうして、マシロは怪人達の鍋パーティーの幹事という、大任を任されたのだった。
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