第44話 .Lily
「何度も言うが、我々はしっかりとやっている」
「そう信じよう。さて、近衛兵副隊長。教えてはくれんかね」
「はい。わたしの考えはもちろん、前提として、トンネルで番兵がきちんと仕事をして、国衛軍が代わりに担当した時も問題はなかった場合に限ります。もし、それらが滞りなく機能していたとしたならば、です。機能していなかった場合、物事はもっと単純になりますね」リリーはアーロンに睨み付けられたが、その目線を横から番兵が射っていた。「しかし、機能していたとしても、この仕組みは有効です。事件を繋げる方法をお教えします。まず、ミカフィエルで起こった三つの事件は、考えるまでもなく繋がる。城下と、浜辺と、城内です。問題は、マクナイルとは無関係のところで起こった、山の向こうの殺害事件と、住民の拉致です。これらいくつかの事案が相互に関連しているとすると、一変して複雑になるように思えます。しかし、単純な事だったのです。――計画は、七年前から決まっていました」
ヘイデンの顔の皺に、一層翳が落ちる。堀の深い目元から、リリーを見透かすような瞳が光っている。だが、リリーは畏れなかった。自分にはやましいことなど一つもない。これから話すのは、ただの真実なのだ。
「待て」リリーが続きを話そうとした瞬間に、テッドが口を挟む。「私に容疑をかけたまま話を進めるのはやめないか。証拠を出してからにしてくれ。居心地が悪い」
話の腰を、犯人である、テッドに、折られたことに苛立って、思わず声を荒げそうになる。
「その証拠を……! いま、提示しているんです。静かにしていてくれませんか」
「リリー、口の聞き方を……!」
「テッドさん、静かにしていてくれ」
顔を紅潮させて怒鳴るテッドをヘイデンが諌める。ヘイデンに言われてしまってはテッドもどうしようもない。初老の男は言葉を継ぐ。
「近衛兵副隊長、それは些か無理があるのではないか。七年後、犯行に及ぶ計画を立て、その上で行動していたとしても、その間になにが起こるのか分かったものではない。計画が続行できない状況に陥る可能性だってあるだろう。さらに、今回王室で起こった事件は、偶然女王様方が席を外していたから起こったものだろう。それが七年前から決まっていたと?」
このヘイデンという男は、頭がいい。そして頭が良ければ良いほど、都合がいい。論証の真贋を見抜くことができる。リリーが必要なことを伝えきれば、彼は納得し、こちら側に付いてくれる。
「もっともです。最初に、アーロン総統から旅行者が帰ってきていないという報告がありました。それに対して我々は、それこそが成果だと応えました。これは言葉通り、成果だったのです」
居住まいを正して、ヘイデンの双眸を見つめる。
「それこそが合図なのです」
訝しげな視線を向けていた人々の視線が、興味のそれに変わったのを感じた。リリーは勿体ぶるように息を吸って、言葉を繋げる。
「七年前、国が三つに分けられたあとも、国民は国外へ出ることができました。もちろん制限は付きましたが、友人や家族と離れ離れになってしまった人々への配慮として、禁止されるようなことはありませんでした。けれど、あんな事件のあった後ですから、当然、恐れて国を出る人は少ない。それでもぽつぽつと増え始めるのです」
先日見た、旅行人数の推移を頭に思い浮かべる。
「好奇心の旺盛な方なのか、怖いもの知らずなのか、あるいは本当に知り合いに会いに行くためなのか、それは分かりませんが、七年前、その年にも旅行者がいました。さらにその一年後になると、その数が急増します。旅行は危険ではないだとか、旅行へ行くのがそんなに難しいことではないということが知れたりだとか、恐らくそういう原因があってのことでしょう」
今まで頭を抱えて俯いていたターラが口を挟む。
「……そういえばかなり前に、国衛軍が旅行手続きの説明書みたいなのを配らなかった?」
「それこそ、六年前のことです」
ターラの投げ掛けに、前髪を整えながらアーロンが答える。
「では、それがきっかけとなって増えたんでしょう。ですが、それも徐々に減っていき、二年前にいなくなります。しかし、今から一ヶ月前を境にまた増え始める。その二週間後から、旅行者が帰ってこなくなるんです」
会議室は静まり返っていて、その沈黙はリリーの話の先を促しているようだった。いま正に疑いを掛けられているテッドも、散々静かにしていろと言われたからか騒ぐようなことはしていない。だが、その目は絡まる蔦のようにリリーに注がれていた。
「……エール教徒が信者の獲得に熱心なのは、みなさんの記憶にも新しいことだと思います。しかし国が宗教によって分けられているのでは、これ以上の増員は見込めない。では? ミカフィエル教徒、そしてマクナイル国民を力づくでも吸収するしかない。その計画が七年前に考えられていたんです。マクナイルにエール教徒を残すのもその一環となるでしょう。そして、計画を実行するのに十分な条件が揃った時、それを遂行する。しかし、やはり連絡の手段がない。彼らは合図を考えました。――マクナイルの準備が整えば、マクナイルは旅行者を送り続ける。向こうからの合図は、その旅行者の消息が絶たれることです。エール教徒がここで、以前の猫事件とは違った、見せびらかすような犯行をしたのは、儀式という側面もあるかもしれませんが、マクナイル国民の不安を煽り、国に対する信頼を揺るがすためでもあるでしょう」
「一ヶ月前に旅行者が増えたのは?」
ヘイデンが問う。
「旅行が流行っているという噂が流れたんです。二年前に旅行者が出なかったのはこちらの準備が整っていなかったからで、一ヶ月前に増えたのは準備ができたからだと考えると、あらゆる事件が一挙に重なった理由も見えてきませんか。旅行者を増やすために向こうのいい情報を与えるような、減らしたければ悪印象を与えるような噂を流せばいい。ミカフィエルやエールに関するきちんとした情報がなく、流言ばかりであるのは、そういった背景があるからではないか、そう考えたんです」
正面でアーロンが「噂か」と呟くのが聞こえた。知っている風だ。そう、それだけ広まっているのだ。マクナイル城のみに収まらず、あらゆる人が、策略によって旅行に興味を持ってしまっている。
「その合図があり、城下に死体が置かれ、王室にも置かれました。準国事隊の方は知っているかと思いますが、王室にあった猫の死体は、死後からしばらく経っていました。つまり、殺した大量の死体を一時的にどこかへ隠し、それを持って王室に運んだのです。容易ではありません。小動物とは言え、三匹も一度に運ぶのは大荷物になりますし、分けて運ぶにしても、その先は王室。城に関係のない人がやれば、まず怪しまれるでしょう。さらに、もし、王室に人がいれば、大騒ぎになりかねません。しかし、どちらも起こらなかった。猫の死体を誰にも怪しまれずに置き去りにし、その場を立ち去ったあとにメイドさんによって発見された。ここから導き出されるのは、王室に出入りしても怪しまれず、ターラさんやメイドさん方の行動を把握している人に限られるということです。――それができるのは、誰か」
誰もなにも言わず、話の成り行きを見守っている。最初に比べたら、話をするには至極いい状況だ。もしそれを憚るものがあるとすれば、リリー自身の覚悟だった。
「メイド長であるサラさんは、女王様方の予定を把握していますか?」
サラは首を振る。
「いえ、いらっしゃらなければ、いない時の仕事を。いらっしゃれば、いる時の仕事をします。お出かけは直前に聞くので、把握しているとは言い切れませんね」
サラが確認するようにターラを見ると、彼女はゆっくりと頷いた。
「隊長は」
「姫さんの予定を朝に聞くくらいかな」
リリーは頷いて、顔を見回す。
「メイドでも近衛兵でもない。では、他になにがありますか」
静寂が場を支配したあとに、ヘイデンがテッドの方を見た。それに続いて、番兵も、国衛軍も、ターラたちさえも、そちらに視線を送る。視線を向けられたテッドは、顔を真っ青にして、口を開いたり閉じたりと、なにかを言おうとしているが、口からは何も出てこない。彼に逃げ場はなくなり、また、リリーの逃げ場も無くなった。彼を見逃すことはできなくなったのだ。
サラが一冊の手帳を差し出してくる。リリーはそれを受け取り、全員に見えるよう、顔の横で掲げた。それを見て、たった一人声を荒げるものがいた。
「おい! それは!」
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