第43話 .Lily
「まずは、会議を進めるために聞きたいのですが、爺や――テッドさんはなぜ反対するのですか」
……茶番。自分がさっき発した言葉が頭に浮かんだ。重要で、格式張っていて、核心的な問題の対処をする場、それらの全ては、いまは茶番でしかない。なぜなら、もう辿り着いているのだから。誰が犯人で、どう犯行に及んだか。
「国衛軍や、準国事隊の皆さんと同じ考えだ。ミカフィエルがどんな悪事を行うか。併合を行うことで様々な危険が付き纏う。なにより、意味がない」
物的証拠が皆無と言っていい現在、論証での説得が必要とされている。遠回りになりながら、外堀から埋めていかないといけない。あの答えは――事件の答えは、リリーの胸腔に深い傷を負わせた。言い逃れをさせることも、見逃すこともできない。思い詰め、何度も拳を握って、どうにかやってきた今日。何度も頭の中で繰り返していた言葉を、いま出せるかが問題だった。
「……確かに。いまはもう人がいないミカフィエルと合併したところで、意味がないかもしれません」
大丈夫だ、やれる。
「その通りだ。分かっているなら何故そう言う」
爺やの声色が、昔リリーにしてくれたような優しいものに変わる。しかし、いまのテッドの発言を聞いて、国衛軍の二人と、準国事隊の二人が、一斉に彼を睨んだ。
「どうしてでしょうね」
ほとんど息だけの、震えた言葉が、小さく口から出る。
「なに?」
「なぜ、ミカフィエルに人がいないって知っているんですか」
室内がしんと静まり返り、誰も身じろぎすらしなくなった。かちり、こちりと、秒針が動く音が聞こえる。リリーの心境が、どんどん暗くて重い雲のようなものに覆い隠されていく傍ら、窓の向こうでは光芒が差し始めていた。
「……待ちなさい。それは、いまリリーが言ったからだろう」
「リリー、どういうこと?」
眉をひそめこちらを睨むように言ったテッドに続いて、ターラがお爺をまじまじと見つめたあと、慌てたようにリリーを見る。
「……先日、ミカフィエルへ向かいました」
「ちょっと、聞いてないわよ」ターラが立ち上がり声を荒げる。「私は調査を続けないでと……!」
「私が連れたのです」
アリスが立ち上がって言う。
違う。
「いいえ、アリスはわたしが連れたんです」
「どちらにしても!」
「女王様!」アリスが声を高くする。「勝手にリリーを連れ出したことは謝罪します。その処罰なら後でいくらでも受けましょう。いまはとにかく、黙って、私たちの話を聞いてくれませんか」
違う、連れたのは自分なのだ。ここで、アリスやターラに謝罪できるならそうしたい。しかし、それはいまやるべきことではない。ターラにした裏切りの責任を負おうとしてくれているアリスのためにも、その裏切りを意味のあるものにするためにも。いまだに犯人を糾弾することに悩み、揺れ動きそうになっている場合ではない。決心しろ。リリー・エウル。わたしはもう未熟な少女ではないのだ。ターラが頭を抱えて座り込む姿に苦い気持ちを感じながらも、リリーは思い切って、自分の胸に拳を強く打ち付けて見せた。全員の視線がこちらへ向く。
「わたしたちは、ミカフィエルに行きました」
ミカフィエルで見た惨状を彼らに話していく。
「ミカフィエルに辿り着いて、真っ先に目を瞠ったのはその惨状です。ひと気の少しもありませんでした。建物に入っていっても、もぬけの殻。それどころか家具や物が散乱するばかりでした。取り残された人々に会いました。老人たちです。彼らは労働力にならないからと、置き去りにされていました。エールがミカフィエル国民を攫ったのだと彼らは証言しました。証拠は手元にありませんが、いまここにいる全員で、これからミカフィエルに行けば分かることです」
誰も返事をしなかった。そこまで言って、では向かってみようじゃないかと言う人はいない。
「……我々は、ミカフィエルに行って初めて、その状態を知ったんです。マクナイルでそのような話は聞いたことがありません。テッドさんは、どうやってそれを知ったんですか? あなたが出国した履歴はなかったはずです。こっそりと出入りしたのであれば、なくとも当然ですが」
「それは誘導尋問だろう、リリー。私は気付かれないように出入りをしたことはないし、知っていたとも言っていない!」
爺や――テッドは、唾を飛ばしてリリーの発言を非難する。一方で準国事隊のヘイデンは腕を組み、大きく息を吸って、リリーに問いかける。
「いま、君は自分で、執事長は国の出入りをしていないはずだと言った。つまり、彼にはやはり知る方法がないということではないのかね? なにか考えの当てはあるのか?」
彼の問いに、間髪を入れず答える。
「お聞きください。少し話が遠ざかるように思われるかもしれませんが、この国で猫が惨殺されているのと同時に、ミカフィエルでも同じことが起こっていました。ヘイリー。先日、うちで保護した少女の親類から話を聞きました。彼女は、自身の愛猫を殺されています。そして、こちらでの猫惨殺事件と、ミカフィエルでの猫惨殺事件、そして、エール教徒によるミカフィエル教徒の誘拐、これらは全て繋がっているんです」
ヘイデンは顔に皺を寄せ、黙り込む。静謐とも言える時間が過ぎて、神妙に口を開いた。
「ますます分からなくなった。確かに同時期に起こっているのならば繋がっていると考える事ができるかもしれんが、連絡する手段がない以上難しいのではないか。もちろん、前提として、トンネルで番兵がきちんと仕事をし、国衛軍が代わりに担当した時も問題はなかったと考えてだが……」
「ヘイデン」
アーロンが彼を睨みつける。
「申し訳ない、が、肝要だ」
重厚な声が響き、彼らはしばらく睨み合った。
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