第42話 .Lily
「近衛兵副隊長?」
テッドが黙り込んでしまうと、今度はアーロンがリリーに矛先を向けた。緊張はしている。心臓がばくばくと言って落ち着かない。しかし、それでも――。立って、目を向けなければならない。
相手はアーロンだ。国衛軍、それも総統。こうして会話をしているだけでも、立場の差をひしひしと感じる。
「……はい」
リリーは恐る恐る立ち上がる。
「貴方も併合に賛成ということであれば、もしミカフィエルが悪事を働いた場合、責任は取るつもりだな? どう取る?」
「……これは、なんのための会議でしょう」
アーロンの鋭い目つきがリリーを刺す。しかし、リリーはそれが相手をただ萎縮させようとするだけの脅しにすぎないことを察する。思い通りにさせてはだめだ。
「責任を取るのは、ここにいる人全員です。そうでなければこんな会議茶番です。こうした場をターラ女王が用意したのは、あらゆる意見を聞き、納得のいくまで話し合い、そして、皆でその責任を共有するためだったはずです」
強く言葉を返すと、リリーの左側で番兵の二人が机を叩いて笑い出した。全員が呆気に取られる中、アーロンが声を荒げる。
「なにがおかしい!」
「いいや、嬢ちゃんの言う通りじゃないか。まさか国衛軍の総統ともあろうお方が、こんな小さい女の子たちに全部の責任をなすりつけようとするとはな」
「貴様、陛下の御前で私を侮辱するか」
「侮辱されねえようにしたらどうだ」
アーロンと番兵が睨み合う中で、リリーは口を開く。
「我々には、ミカフィエルを端に追いやった責任があるはずです。それは、七年前の会議に出席した誰か一人の責任だったでしょうか。いえ、会議に出席した人全員の責任です。事を起こしたのはエール教で、エール教徒だったのに」
「追いやった?」
タグラスが声をあげる。アーロンの横で黙って座っていた国衛軍の女性だ。彼女はリリーを失笑混じりに見据える。彼女はこの暑い季節でも、夏服を身に着けない。アーロンよりも身なりを整え、端正な顔立ちから鋭い視線をリリーに向けている。きつく一つに縛り付けた金髪から彼女の潔癖さが伺えた。
リリーは、この人の横槍を予想していなかった。
「追いやったと言うけれど、ミカフィエルはそれでなにか不便しているという証拠はあるの? そもそも、あなたさっきから合併が必要だと言うだけで一切その理由を説明しようとしないわよね」
「理由は、あります」
「証拠も聞いてるのよ、私は」
「証拠もありますが、それはまだ控えさせてください」
「もったいぶる理由はなに? このあとにも、私たちは事件の対応をしなければならないのだけど」
「もったいぶっては……」
「主導権を握ろうとしているのが見え透いているわよ。一介の近衛兵が、なんのつもり? なにか特別な意図でもあるの?」
返す言葉を考えているうちに、矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。リリーはたじろぐほかなかった。彼女の刺すような視線から、リリーは目を逸らす。
「ですから、合併するのがわたし達の意図で」
「たとえば――」タグラスは一度言葉を切って、足を組み直す。「七年前の会議で決定されたことの責任を非難して、ミカフィエルとの合併を推し進める。そしたら今度はエールとの合併を提案するんじゃないのかしら。私たちには国を分断した責任があるから、それを断ることはできないとまた主張する。そしていつの間にか、この国は、七年前になる」
「タグラス、ちょっと」
「なんです? 女王様」
ターラの顔は気まずそうに青褪めていて、タグラスになにを言うのか思い悩むように顔を歪める。
「それは……あまりにも飛躍しすぎじゃ――」
「そうでしょうか?」
リリーの発言から、会議の空気は変わった。一旦は風向きが変わったかのように思えたが、途端に向かい風になり、発言の一つ一つの重さが変わった。ついにタグラスの矛先がターラを捉えようとした時、会議室の扉が開かれる音がした。
「まだ控えると言ったのだから続きを待てばいいじゃない。待つこともできないのかしら、国衛軍さん?」
シャーリィだ。彼女もまた普段は会議に出席しない人物の一人だが、今日はリリーが頼んだ。だから、シャーリィは全てを知っている。
「これは姫様」
アーロンが殊勝に会釈をする。それを捉えたシャーリィが、おもむろに言う。
「ひさしぶりね、アーロン。その副総統、少し教育が足りていないんじゃなくて?」
アーロンは隣のタグラスを見て、また深々と頭を下げる。
「……申し訳ございません。しかし……、いま疑心暗鬼になってしまうのは、仕方のないことかと」
「それなら、俺たちはお前らが怪しくて仕方がないんだがなあ、国衛軍さん」
番兵がアーロンに言う。それを一瞥して、アーロンは深刻そうにため息をつく。その横で、シャーリィが椅子に座り、彼女をヘレナが撫でているのが見えた。
「なんだと?」
「貴様らがここ最近俺らと門の番を変わるのは、十分怪しいと言えるんじゃないのか。少なくとも、近衛兵の嬢ちゃんよりはな」
「貴様らが……貴様らがきちんとやっているかどうか、それが信用できないからだろう! いま国家は重要な時期にあるんだぞ!」
大きな身振りで、アーロンは番兵に反論する。対して、番兵はかっと笑うと、机に身を乗り出して応えた。
「だったらお前らが俺らの仕事を全部やるんだな。信用がないのに仕事を続けるほど、俺たちは優しいわけじゃない。この七年間、誰が国境のトンネルを守ってきた? 仲間たちに対する侮辱だ」
「そうね」番兵の最もな怒りを見て、ターラがそれに賛同する。「アーロンは謝ったほうがいいわ。それにそれ、報告されていない」
「……申し訳ございません」
アーロンは頭を下げたが、それは番兵へのものではなく、ターラに対するものだった。番兵は舌を鳴らし、腕を組んで黙る。
「リリー、続けて」
ターラの促しを受け、蚊帳の外へと放り出されかけていたリリーが慌てて頷く。挽回のときだ。この会議に掛ける。
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