第40話 .Alice

 アリス・メイリーはちらと友人のリリーを見たが、表情は強張り額には汗をかいている。痛々しいまでに緊張している彼女が、なにか発言をできる状態には見えなかった。話の内容はきちんと聞こえているのだろうか。リリーは頭がいい。口もよく回る。そして、人に対して狡猾だ。人の表情を読み取る能力にも長けている。しかしそれは、長所であると同時に弱点でもあった。一対一の対面ではいいが、沢山の人に囲まれて、その中でどうこう言うというのは、彼女がもっとも苦手とするところだ。好奇の目で注目されたくない。それは、彼女が昔、髪のことで言われていたのにも原因はあるのだろう。


 唾を飲み込む。仕方ない。アリスは立ち上がった。本来であれば口の回るリリーに話してもらいたい。実際、今日はそのためにリリーに来てもらった。しかし、だからといってこの状態で無理をさせて、かえって不利な状況になっても嬉しくはない。


 アーロンがこちらを睨みつけている。立ち上がっている二人の間には、肌を刺すような空気があった。アリスは意を決し、口を開く。


「我々の当面の問題は、皆さんご存知の通り『猫事件』です。しかし、その前にこちらから提案させていただきたいことがあります」


 女王ターラが首をかしげる。


「なに?」

「ミカフィエル共和国と、また一つの国に戻ることです」


 アリスが端的に言い放つと、ざわっと会議室が小さくどよめいた。


「併合するということか? 理由が掴めんな」


 そう言ったのは、あの準国事隊の総統、ヘイデンだった。白髭を伸ばし、机に2つの杖を立てかけている。顔の彫りが深い初老の男は、リリーの父とともに座っていた。この男は、やはり只者ではないのだろう。睡眠時間が四時間もないとアリスは聞いたことがある。その倍も寝ている自分がおかしいのか、彼がおかしいのかは分からない。


 普段の会議では、彼が喋ることはあまりない。基本的には横のカールが準国事隊の代表として発言している。しかしそのヘイデンが、アリスに目を向けた。


 アリスは、話術に自信がなかった。会話に駆け引きがあるということが、まるで想像できない。左隣にいるサラももちろんそうだ。だからこそ、今日はリリーに来てもらった。だがいまの彼女の状態では、サラや自分とどっこいどっこいである。アリスは考える。二進も三進も行かないのであれば、当たってどうこうするしかない。


「それは、」

「私も納得致しかねます」


 言いかけたところでしゃがれた声がそれを邪魔した。発言したのは王妃の横に座っているテッド――爺やと呼ばれる執事長だ。


 自分でやるしかないと決心し口を開いたところに横槍を刺され、アリスは内心で舌を打つ。とはいえ、この展開は――リリーが緊張で凝り固まっていること以外は――リリーの想像した通りに動いている。アリスはリリーの横顔を見た。


「私も、きちんとした理由なしにそのような提案は認められないわ、アリス」


 女王が言う。


「もちろんです」


 この国の弱点は、我々やメイド、執事のような大した身分でないものに、国の方向を決める会議での発言権を認めてしまっていることだ、とリリーは言った。それは女王の目指す国のあり方に近づくものの、やはり問題は多い。その問題の一つを、利用するのだ、と。


「いま、このような状況にあるマクナイルが他の国家を抱えることが、なにか得になることがあるのだろうか? 損失ばかりが浮かぶ」

「全くその通りです。せっかく王国は平和だと言うのに」


 ヘイデンとテッドが口々に言うので、アリスは話したいのに口をわあわあさせるしかない。勢いに任せてしまうのがいいのか、それとも慎重にいくのがよいのか、分からなかった。いずれにしても、いま、我々には敵しかいない。


「……平和」


 ふいに隣からぼそっと声が聞こえた。ターラがそれに反応する。


「リリー? なんて言ったの?」


 全員の視線が、リリーに集まる。彼女は恐る恐る顔を上げて、絞るように訥々と言った。

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