第33話「翔くんの一番大切な人になりたい」
私は翔くんから図書室に来るのが遅くなる連絡を受けて確信した。
今日、楓ちゃんが翔くんに告白することを。
メッセージでは何気ないように分かった旨を返信したけど、本心で言えば翔くんには楓ちゃんの元に行って欲しくはなかった。あんなに可愛くて一途で一生懸命な女の子が翔くんのことが好きで告白する。自分の好きな人がそんな風な状況になるのをみすみす見逃すというのは本当に辛いし、できれば止めたかった。
でもそんなことはできない。それはライバルになった楓ちゃんと正々堂々向き合うため……という格好良い理由ではなくて、この土壇場でもワガママを言って翔くんを私だけに振り向かせる覚悟ができていなかったから素直に行かせてしまっただけであった。
そんな情けない自分が嫌で、そんな自分から逃げるかのように私は図書室に向かった。
いつもの定位置に座りお気に入りの小説を読んでいるけど、もちろん話なんて頭に入ってこない。理由は分かっている。今の私にできることは何もないけれど、何もしないでただ待っているなんてできなくて好きな作品を読んで気持ちを紛らわせようとしてみただけ。
結局、文字は私の前を通り良すぎるだけで終わってしまう。頭に浮かぶのは翔くんと楓ちゃんのことだけで一切集中できないし、何度も何度も時計を見てしまっている。
そういう時の私は本当に弱い。姿が見えない二人のことを想像してしまう。たぶん他に人が来ない所で、二人きりで話をして、一緒に笑い合っている。そんな二人を想像すると胸が痛む。
もし、もしも、翔くんが楓ちゃんの告白を受け入れてしまったらどうしよう。それで二人が恋人同士になってしまったら私はどうすればいいんのだろう。選ばれなかった私はどうなってしまうんだろう。嫌なイメージが膨れ上がり私の心も押し付けられて苦しい。
そして、そのイメージは現実感をもって私にもっと襲いかかってくる。
想像が進む。きっともう図書室で翔くんと二人で話すこともできなくなる。だって楓ちゃんが恋人になったら、恋人でもない女の子がそばに居るわけにはいかない。でも、私はずっと翔くんのそばにいたい。もっとたくさんお話をして、色々な所に遊びに行きたい。
想像の中から私の本音の部分がひょこっと顔を出してきた。どうやらこんな土壇場でやっと私の中の奥の本当の気持ちがでてきたみたい。複雑な思いが段々と一つになり、形を作った。
……うん、私、翔くんの彼女になりたい。翔くんの一番大切な人になりたい。
そう思うと心が落ち着いた。ここ最近ずっと定まっていなかった気持ちがピタッとあるべき所に収まった気がした。それと同時に自分の進むべき道がきちんと見えた気がした。
だったら私がすべきことは一つだよね。
もしかして今日図書室に来てくれないかもしれない、来たとしてももう楓ちゃんの告白を受けてしまったかもしれない。それでなくても私の告白をそもそも受け入れてくれないかもしれない。
でも、そんなことはもう気にしない。どんなことがあっても私は絶対に翔くんに告白する。私のすべての気持ちを伝えて私のワガママを自分勝手に押し付ける。
どんな答えが返ってきてもいい。それでいいから告白しよう。もうそれでいいんだ!
そう思うとスッキリとした気分になり、体に力が湧いた。そんな時だった。誰かがゆっくり近づいて来た気がした。
「……よお、咲先輩」
翔くんだ。
……楓ちゃんとのお話が、いや、告白の結果がどうなったのか気になる。心臓がバクバクし始めた。
「……こんにちは、翔くん」
緊張のあまり返事をした声が硬くなってしまった。気持ちが漏れてしまったかと思って少し焦ったけれど、翔くんもなんだか焦っているようで私の声質には気がついていないみたいだった。
「なあ、咲先輩、実は、俺……」
翔くんが話を切り出した。その時に私は思ってしまった。たぶん、今のこの熱い気持ちは翔くんの話を聞いてしまったらどうなるか分からない。きっと弱虫な私はさっきまでのダメな私に戻ってしまうだろう。そう思うとすぐに動けた。
先は分からないし、不安はあるけれどもういいの。それに翔くんが何かを言おうとしてるけれどそれも気にしない。ズルいけれど私は先に私のワガママを言おう。言い切ってしまう。
今までの私ではきっとそんなことはしなかっただろう。これも翔くんと楓ちゃんと会えたおかげだと思う。
私は心からのありったけの気持ちを込めて伝える。
「翔くん。私、翔くんのことが好きです。私と付き合ってくれませんか」
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