第32話「次は先輩の番ですよ!」
図書室に少し駆け足で向かう。一歩一歩図書室に向かう毎に心臓が高鳴っていく。俺は決めた。どんなことがあっても俺は今日先輩に思いを告げる。
図書室に到着して、いつもの俺たちの席へ足を進める。そこにはいつものように読書をしている先輩の姿が見えた。こうして先輩が読書をしている光景を俺は何度も見てきているはずなのに、今日は今までと違って見える。何が違っているか分からないが今までと違う。
……そうか、先輩が違うのではなくて俺が違うんだ。決意を、思いを伝えることを決めたから、この光景がいつもと違うように見えるんだ。当然のようにあったいつもの景色がいかに特別か貴重なものなのかをこの期に及んで気がついた。
もしこの告白が上手くいかなかったら、こういう光景を見ることは今で最後になるだろう。前にも同じような事を考えたこともあるが、今日が違うのは俺が本気で決意したからだろう。本気の世界では、見えるものが違うんだ。
失敗したら、もうこの光景が無くなる……。
途端、手が震えだす。失敗を考えると足がとんでもなく重いおもりを乗せたように動かなくなる。今までも先輩に近づくために経験してきているが、こんなに体が動かなくなることは初めてだった。それだけではんく、喉が渇きすぎて声も出なくなる。怖い、怖い、怖い。失敗するのが、断れるのが、振られるのが、嫌われるのが、拒絶されるのが怖い。
できることなら今から図書室を出て家に帰りたい。そうして明日から今までと変わらないように何食わぬ顔で先輩と雑談していきたい。今、告白さえしなければいつもの日常はちゃんと明日からも続く。そんな日常の方がみんな困らないのではないか。リスクを冒す必要はないんじゃないか。そうだ、今までだって楽しくやってたじゃないか。
言い訳が無限に出てくる。今までの比ではないくらいたくさん出てくる。"今じゃなくていい"、"もっといいタイミングがある"、"まずは現状維持だ"という甘い甘い言葉に誘惑される。失敗したらもう終わりなんだぞ、慎重にいけ。
……そ、そうだな。焦る必要はない。何かしらのイベント事や大安吉日の日とかを狙った方がいいんじゃないか。無理をする必要はない。
そう心が不安に打ち負けそうになっていつものように諦めかけた時、何かが脳裏に浮かんだ。
それは、アイツの顔と声だ。
『次は先輩の番ですよ。最後まであきらめないで頑張ってください』
一瞬で胸が熱く燃え上がる。そして、間髪入れず俺は俺の顔面を殴った。すごい激痛が走り、口の中には血の味が広がり、口元から血が少したれる。
バカか俺は!! アイツが、楓が頑張っていたのになんで俺はビビッてやめようとしてんだよ。
……目が覚めた。バカか俺は。何を見てきたんだよ。心の中で叫ぶ。
そうだ、楓も同じ不安と恐怖があったのにそれでも俺に思いを告げてくれたんだ。それに楓は俺が先輩のことを好きで自分に意識が向いていないと分かりながらもぶつかってきたじゃねぇか。しかも、そんな風にできたのは、俺が教えたことがあったからって言ってたじゃねぇか。
俺は楓で先輩だ。そんな俺がこんなに格好悪くていいのか?
……いいわけねぇだろおおおおおおおおおお!!!! ここでぶつからないで、いつぶつかるんだよ!!!! 俺は楓で先輩で咲先輩の後輩なんだから、自分に恥じないように一生懸命にぶつかれ!!!!
スイッチが入った。もういい。何が起きてもどうなってもいい。俺は俺の思いを伝える。
ゆっくりと俺は先輩のそばに近づいて声をかけた。
「……よお、咲先輩」
先輩は読んでいた本から顔をあげこちらを見た。
「……こんにちは、翔くん」
先輩の声は少し硬い。だがそれに俺は今かまっている余裕はない。
「なあ、咲先輩、実は、俺……」
思いを伝えようと切り出したその言葉は先輩の言葉によって最後まで伝えることができなかった。
「翔くん。私、翔くんのことが好きです。私と付き合ってくれませんか」
って、えええええええええええええええええええええええ??????????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます