第31話「『最後まであきらめない』それはしょーちゃんから教えてもらったことだから」
『どうか私をしょーちゃんの彼女にしてください!』
楓の本気の思いが俺に伝わる。目に見えないはずなのにすべて伝わってきた。熱量、不安、期待、希望、緊張と決意がすべてが混じり合った複雑な楓の気持ちが俺にしっかりと届いた。間違いなく心できちんと受け取れた。
それと同時に猫宮の言葉が浮かんだ。
『もしまたちゃんと話す機会があって、お前が何かしたいと思うならちゃんと伝えてやれよ。どうしたいか、何を伝えたいかは、お前が悩んで考えろ。それが今、犬宮 翔にできる唯一のことだ』
今、俺は確信している。猫宮が言った言葉とタイミングは絶対に今だ。今がその時だ。それに気がつくといきなり心臓がバクバクと早く動く。楓の気持ちがそういうものだと予想はしていたのだが、実際に本人から伝えられると急に現実感が湧いて焦る。
きっともし昨日猫宮と話をしていなかったら、また返事を間違えていたかもしれない。それかここでも俺の素直な気持ちを返すことに躊躇したかもしれない。
だけど、今の俺なら分かる。今こそがちゃんと考えて向き合う時なんだと。それが俺にできる唯一のことだということを。
……いつもは猫宮に迷惑をかけられているし、やっぱりアイツに頼るのは変な気分ではあるが、今、楓のことをきちんと考えられるのは猫宮に背中に押してもらったからに違いない。悔しいが感謝してもしきれない。本当に昨日相談してよかった。
だから俺は今やるべきこと、犬宮 翔が冬藤 楓にできることに集中する。
俺は大きく深呼吸した。
「……ありがとう、楓。俺も楓と昔に一緒に遊んだことは一生の思い出だし、お前がこっちに戻ってきて放課後に一緒に話ができたのは本当に嬉しかったしすげー楽しい。たぶんだけど、俺がこんなにも素直に肩に力を入れないで話ができる女子はお前が一番なのかもしれない」
俺の言葉を聞いても楓は表情を変えていない。話の続きを待っている。そう、まだ核心の話をしていないからだ。俺はもう一度自分の腹に力を入れ直して話す。
ここが俺の本当の気持ちだ。この瞬間は俺の気持ちと楓の事だけを考えて話す。
「でも、俺はお前の彼氏になれない。俺には好きなヤツがいるんだ」
瞬間、楓の表情が泣きそうに見えた。
ただ、それも一瞬で、楓は元のいつもの笑顔を浮かべて舌をチラリと出していた。
「……はい、知っていましたよ。だってダダ洩れでしたもん。それに私が入り込むすき間も無いことも。でも、それでも私は告白しないことは選びませんでした。だって、『最後まであきらめない』それはしょーちゃんから教えてもらったことだから。大好きな人の大事な教えだから」
そう言い切ると楓は俺に背を向けた。
「ねぇ、しょー先輩。私に告白されて嬉しかったですか?」
「あぁ、嬉しかったし、こんな可愛い子に告白されてすげードキドキしてる」
「でも振っちゃうんですよね」
「うん、悪いけど、そうだ」
「あーあ、ひどい先輩ですね」
「……そうだ」
「……はぁ、まったく本当にひどい先輩ですね。少しも可能性を残してくれないで振っちゃうなんて。そこまで言われたらあきらめるしかないじゃないですか」
少し楓は震えるのを我慢しているように見える。
「私が言うのも変ですけど、先輩のためにこんなに可愛くなった女の子を振っちゃうんですもん。こんなに可愛い子が先輩のことをこなんに好きなるなんて一生に一度かもしれませんよ?」
「そうかもしれないな。でもすまん」
楓は俺に背を向けたまま背伸びをした。両手の指先を組んで空へ向けてぐぐーっと伸ばした。
「しょー先輩」
今度は背伸びをしていた手を背中ぐらいで組み直した楓は、空を見上げながら言った。
「次は先輩の番ですよ。最後まであきらめないで頑張ってください」
「おう、ありがと、頑張るよ」
俺はそう言うと屋上に楓を置いて一人で出ていく。次は俺が頑張るために、図書室に向かう。
***
一人残された屋上で私は呟いた。
「『最後まであきらめないで頑張ってください』か。なんで私は振られた相手を応援しちゃってんだろう。もっとワガママを言ったり文句を言うつもりだったのに、しょーちゃんが素直に受け止めてくれるからそんなことを言う気もなくなっちゃって、応援までしちゃったな」
背中で手を組んだままの体勢で空を見上げていると、何かが頬を伝って地面に落ちるのに気がつく。
「……あ、涙」
頬に伝うまで気がつかなかったそれは、一度気がつくとじわじわと目から溢れてくる。
「あー、そうか。私、本当にちゃんと振られちゃったんだ。あーあ、なんだろうな、ずっと、ずっと、すき、だった、のに……。う、うう、うああああああああああああああああああああああああああああああ。すきだったよおおおおおおおおおおおおおおおおお」
もう限界だった。もうしょーちゃんが屋上から出て時間が経ったから大丈夫だろう。私は我慢することをやめた。
一斉に声も涙も感情もすべてが私からあふれ出した。膝から崩れ落ちて私は屋上で一人声をなにも我慢せず泣いた。さっきしょーちゃんにぶつけられなかったものを代わりにこの空にぶつけるように。今までの長い長い時間でずっと蓄積されてきたこの思いを全部吐き出すように。
私の初恋はこうして終わりを迎えた。
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