第30話「彼女の本心」


 猫宮と話をした次の日、俺は楓からメッセージで呼び出しを受けていた。


『今日どうしても話をしたいことがあります。放課後にB棟の屋上にきてくれませんか』


 そのメッセージに俺は了解の旨を伝えた。先輩には別で図書室に遅れていく旨を伝えた。



 放課後、俺は屋上に到着した。どうやらまだ楓は来ていなく、他の生徒もいない。手持ち無沙汰な俺は落下防止用のフェンスまで近づきグラウンドの方を見下ろした。早速、野球部とサッカー部がストレッチや基礎練をしている。気合いが入っているな。


 前にクラスのヤツが部活に入らないとつまらなくないのかと聞いてきた。それには強がったわけではく素直に『別に』と答えた。その気持ちに偽りはない。


 ただ、自分の意思で学校の部活には入らないと決めていたので彼らを羨ましいとは思わないが、もし何かの部活に入っていたのであればどんな風になっていたんだろうかと思った時もあった。きっとそれはそれで楽しい青春を送れていたと思う。友達と汗を搔きながら必死に練習して同じ目標に向かっていく。


 結局、俺たちはいつも何かを選ばなければいけない。できることであれば、全てを選んで選ばれないものがない理想的な世界に住みたいと思う。すべての幸せを掴み取るという世界に。


 しかし、現実は非情だ。取捨選択を強いられ、この手から漏れてしまうことを受け止めなければならない。それだけでなく、自分自身も何かで選ばれないということも覚悟しなければいけない。そしてそれは避けることができないという残酷な世界で俺たちは生きなければならない。


 そんな世界だからこそ、自分の選択を大事にしないと自分の人生を後悔してしまうことになる気がする。今までそんな風に深く考えて選択をしてこなかった俺が言うと薄っぺらい気もするが、自分の考え自体は大きくは間違っていないと思いたい。


 部活にいそしむ彼らを見て少しセンチメンタルになったのか、普段あまり考えないことが頭に浮かばせぼーっと遠くを見ていると誰かが屋上の扉を開く音が聞こえた。




 それは俺の事を呼び出した張本人、楓が屋上に到着した音だった。


 軽く手を挙げて挨拶をすると、楓は少し緊張したような面持ちで俺の方へ近づいてきた。


「お待たせしましたっす。というか、しょー先輩来るの早かったすね」


「まー、今日は猫にも絡まれなかったからすぐに教室出れたんだ」


「あー、みゃー先輩はしょー先輩のこと大好きっすからねー」


 そんな雑談から俺たちの会話が始まった。緊張した面持ちなのに普段と変わらないいつものような会話。


 楓と話すようになって気がついたが、楓との雑談は楽しいし変に肩ひじを張らなくて済む俺にとっては大事な時間だ。同じクラスの奴でも話すときに相手の気持ちを探りながら話すようなこともあるが、楓との雑談はそんな壁はなく素直に話せる。昔からの知り合いというのもあるけど、やっぱり楓本来の人柄でそうさせているのだと思うし、尊敬できる点だ。


 そんな気持ちが頭の片隅に浮かんできていた時、楓は改まった感じで言った。


「あー、それで、しょー先輩。今日はわざわざ私のお願いを聞いてくれて、ここに来てくれてありがとうございますっす」


「なんだよ、改まって。それに、俺がお前の頼み事なんだから断るわけないだろ。……まぁ、基本俺に出来る範囲限定でだけど」


 俺の言葉を聞いた楓が急に俯いた。





「しょーちゃんは、昔から変わらずそんな人だから、私は……」





 あまりにも小声だったので、楓の声は俺に届かなかった。


「え?」


「いや、何でもないっす」


 聞き返した俺にちょっと慌てた風に楓は手を振った。……沈黙が下りる。今までの雰囲気が変わりこれから本題に入りそうな気がした。


 こんな空気になると中々話がでない。そんな状況だけど、楓は大きく深呼吸をしてから話の口火を切った。


「それでっすね、今日先輩に来てもらったことなんっすけど」


 楓は最初に屋上に入ってきた時よりはある程度リラックスした様子で話し出した。


「私の気持ちを先輩に話したくてここに来てもらったっす」


 俺は無言で話を聞いている。


「その前に、ちょっと先輩に謝りたいことがあるっす。昨日のデートのお誘いっすけど少し嘘をついていたっす」


「嘘?」


 "デート"というワードで少しビクッとしたが、その後の"嘘"という言葉に俺は驚いた。あの楓が噓を言ったのか。


「そうっす。実は、周りに合わせてというか流されてっていう理由でお誘いしたんっすけど、それは本当じゃなかったっす」


 楓は申し訳なさそうに少し目をそらす。


「何か建前がないと言いづらくて、周りに合わせるっていう分かりやすい理由をつけてしょー先輩にお願いしたっす」


 なんだろうか、俺の勘違いでなければその言葉の意味することは一つしか思い浮かばない。


「それって……」






「はい、そうっす。私は私の本心で、私の意思でしょー先輩とデートしたかったっす」






 そらしていた目をこっちに向けて、楓はそう伝えてきた。


 俺は言葉を上手く出せなかった。それは、楓が本心で俺をデートに誘っていたこと……にではなく、万が一、もしかするとと思っていたことが的中したからだ。




 それは昨日、家で考えていた。


 猫宮が話した言葉をずっと考え悩んでいた。なぜ楓が俺をデートに誘ったのか。楓はどんなヤツだったか。なかなか答えが見えない問いで俺は必死になって頭を悩ませていた時、猫宮が言ったことを素直に自分の中で受け入れてみた。


 そうすると新しい考えがすぐに浮かんできた。……本当はその可能性にも気がついていたが、その答えを認めようとすることを俺が中々受け入れられなかった。だって、昔からの妹分で後輩の楓がそんな風に考えていると思えなかったからだ。そんなことは想像できないから。



 だが、恐らく第三者から素直にこの状況を見れば一つの結論が出てきたのだろう。







 それは、楓が俺に好意を抱いていてデートに誘っている。







 客観的に考える。誘うのが恥ずかしかったから友達に便乗するという建前を用意し、本心を知られると関係が崩れると思ったから、俺が断っても気にしていないように振舞った。そもそもそんなリスク自体を発生させない方が安全なのは分かっているけど、我慢することができなかった。


 考えれば考えるほどそれ以外の答えが見えなくなってきた。そして、今、楓から聞いた言葉。それから導かれる結論は一つ。





「あ、あの、しょー先輩、いえ、しょーちゃん。私は昔からずっとしょーちゃんの事が好きです。会えなくなって他にも友達ができたけれど、やっぱりしょーちゃんのことが変わらず好きででした。そしてこの地でしょーちゃんに再会したらもっともっとどうしようもないくらい好きになりました」



 一度会話を切った楓。そこから彼女が全身全霊をかけたお願いが俺に放たれた。








「どうか私をしょーちゃんの彼女にしてください!」








 楓は俺のことが好きだ。

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