第29話「私と"私"」


『咲先輩。先輩はしょーちゃんのことを、犬宮 翔の事をどう思っているんですか?』



 楓ちゃんは私の目をしっかりと見ながらストレートに聞いていた。その目は揺るがない決意を持っているように感じた。


 その問いかけを受けて、私も自分自身に、"私"に問いかける。ゆっくりと深く深く、犬宮 翔君をどう思っているのかを。……そうすると、海の底からポツポツと気泡が浮かんでくるように翔くんへの思いが出てくる。



 私を引っ張ってくれて新しい所に連れて行ってくれた後輩くん。


 私の弁当をとっても美味しそうに食べてくれた後輩くん。


 ちょっとぶっきらぼうに引っ張ってくれる後輩くん。


 一生懸命に立ち向かう男の子らしい後輩くん。


 私といつも話をしてくれる後輩くん。


 そばにいてくれる後輩くん。


 大事な後輩くん。


 後輩くん。


 後輩くん。


 後輩くん。


 翔くんの顔浮かぶ。




 ……じゃあどんな関係?


 ……ただの後輩?


 ……仲のいい後輩くん?


 ……本当にそうなの?


 ……分からない。


 自分のことなのに自分の気持ちが分からない。


 分からない……? 本当に分からないの……? "分かりたくない"んじゃないの……?


 "私"が私に言う。


『ねぇ、私。本当は分かっているんだよね? どうしてそんな風にすべてから目を背けているの? 気がつくのが怖いの? 認めるのが恥ずかしいの? 知ってしまうのが不安なの? 変わってしまう事を恐れているの?』


 "私"は私に詰め寄る。


『自分には隠し事ができないんだよ。私が分からないふりをしていること、それに蓋をしていることを"私"は知っているよ。なぜだか教えてあげようか? それはね……』


 反射的に私は耳をふさぐ。でもそんな行為は"私"には通用しない。






『それはね、私が傷つきたくないだけなの。ねぇ、私。私はもろくて弱くて自己中心的で泣き虫だからまわりの変化を拒んでいるの。一歩踏み出したいって言ってるくせに、結局踏み出さない。でしょ?』






 それは質問しているのではなく、ただ確認している言葉であった。私のすべてを知っている彼女の言葉は真実。だからそれは現実を突きつけられているだけ。逃げも隠れもできない。


 どんなに逃げ出したくても、それが真実だから私はそれを受け入れなければならない。それが絶対に正しいのだから。私は俯いてその言葉を何度も何度も脳内に巡らせる。




 ……うん、落ち着いて何度も考えてみても"私"が言っているそれは正しい。今までの私はそのことについて考えるの止めて逃げてきた。私も分かっている。




 そう、だけど、私は決めたんだ。あの日に自分の心と、自分自身と戦う事を決めたんだ。前までの私を変えることはできないけれど、これからの私は変えることができる。




 私は心の中の"私"に告げる。あえて私のことをちゃんと見せてくれた"私"に。


「うん、そうだよ。今までの私はそうだよ。……でも、もう大丈夫。私はそれも受け入れてこれから変わってみせるね。……ありがとう。私の背中を押してくれて。私、頑張るね」




 それを聞いた"私"は優しく笑った。


 ありがとうね、"私"。




***




 私は楓ちゃんの目をしっかり見た。







「私は、翔くんが、犬宮 翔君のことが好き」







 好きなものを聞いた時も、一生のお願いをした時も、帰り道の面白い遊びに誘ってくれた時も、他に誰か好きな女の子がいるのかなと思った時も、翔くんの男の子らしい手を触れた時も、サッカーを一生懸命している姿を見た時も、私のためにパンを買ってくれた時も、作ったお弁当を美味しそうに食べてくれた時も、"ごーごーはっぴーぱらだいす"に誘ってくれて一緒に遊んだ時も、私を名前で呼んでくれるようになった時も、他にもたくさんのこと思い出の中で、私の心には翔くんがいた。嬉しいことも胸がチクリと痛んだのもやっぱり翔くんがいたんだ。


 そんな翔くんの優しさや一生懸命さやぶっきらぼうさや格好良さに私は知らず知らずのうちに惹かれていた。図書室に先についた日は翔くんが来るのが待ち遠しかったし、もしかしたら今日は来れないんじゃないかと思って寂しい気持ちになった時もあった。


 でも、本当の意味で自分の気持ちに気がつけたのは楓ちゃんがいたからだと思う。楓ちゃんの一途でひたむきな姿を見ていて、私も自分自身にきちんと向き合わないといけないと強く思ったから。


 それに正直な話、私はとても不安だった。こんなに可愛くて良い子な楓ちゃんがいるんだもん、翔くんが楓ちゃんと一緒になって私の元から遠く離れて行ってしまうんじゃないかって、恋人でもないのにそんな気持ちになっていた。


 ……だけど大丈夫。もう私は決めたから。しっかりと気持ちを受け止めて、進むって。



「私は高校から翔くんと知り合ってから、長い時間を一緒に過ごしたわけではないの。それでも一日一日、あの図書室で話をして一緒の時間を過ごして少しずつ仲良くなって翔くんの素敵な所にたくさん気がつけたんだ」


 胸がバクバクする。気持ちを伝えることってこんなにも緊張するんだ。


「それだけじゃなくてね、私のこともちゃんと見ていてくれて、ずっとそばに居てくれて。そんな翔くんに無意識のうちに惹かれていったと思う」


 今そこにはいない翔くんはいない。でも私は今、翔くんの優しさを感じている。だから私は言いたいことをちゃんと言えている。


「……実は好きだってちゃんと気がついたのも今なの。でもそれは今好きになったわけじゃなくて、ちゃんと心と向き合えたのが今だった。それも楓ちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」


 私の気持ちがどれくらい伝わるかは分からない。それでも少しでも伝わるようにしっかりと楓ちゃんの顔を見て話をした。


 ……少し間をおいて楓ちゃんは表情にはたくさんの思いを込めていたようだったけど、急にその表情を溜息と共に緩めた。


「……はい、私もさっちん先輩の気持ちになんとなくですけど、気がついていましたよ」


 少し苦笑のような表情をした楓ちゃん。


「本当にわずかな時間ですけど、私もしょーちゃんとさっちん先輩と一緒の時間を過ごしてきたので分かることもあります。さっちん先輩がどう思っているのか、お二人の関係がどんなものなのか。それに私はさくら先生の大大大ファンですよ。先生の作品から先輩の気持ちをずっと感じてきていたんですから」


 そこから楓ちゃんは正々堂々と伝えてくれた。


「私はしょーちゃんに告白します。どうしてもそこだけは譲れないので。最後ぐらいはさっちん先輩に並びたいし、私のことも考えて欲しいというワガママを言うつもりです」


 そう言って少し舌を出しておどけたような表情をした楓ちゃん。そうして再度決意を灯した目で言った。




「これからは私たちは先輩と後輩で同じ部活メンバーでライバルです!」




 本気が伝わった。だから私の答えも決まっている。


「うん、私も楓ちゃんに並べるように頑張る。私も私のワガママを言うよ」


 ふーっと息を吐く。






「私も楓ちゃんに負けないよ」






 いつの間にか来ていた飲み物は少し冷めてしまっていた。でも、私の心には絶対に冷めない熱い塊が燃えだしていた。


 後は進むだけ。早く翔くんに会いたい。

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