第28話「私だけの奇跡」
今日の放課後は図書室に寄らず、お気に入りの喫茶店に来ている。それも一人ではなく、大好きなさっちん先輩と。
「こんな喫茶店があったんだね、私、知らなかったよ。すごく雰囲気が良い素敵なお店だね」
さっちん先輩は初めてこのお店に来たみたいで、ここの少しレトロ感もあり落ち着いた雰囲気を気に入ってくれたみたいだ。
「そうなんですよ! 私もここは教えてもらった場所なんですけど、何回も通ううちに私のお気に入りの場所で秘密の隠れ家にしちゃいました」
「ふふっ、その隠れ家を私に教えちゃっていいの?」
優しく笑いながら私に問いかけるさっちん先輩。その包み込まれるような笑顔に胸がきゅんとしてしまう。同性の私がこんなにも素敵に感じてしまうのであれば、男の子はどう感じているのだろうか。その想像で少し胸がチクリとした。
「確かにあまり人には教えていないのですが、さっちん先輩になら教えてあげたいです! むしろ知って欲しくて今日ここに来たっていうのもあります」
そうして私たちは案内された席に着き、まずは二人でメニューを見た。軽食やランチ、それに美味しいデザートまで取り揃えているこの店。私はいつもどれにしようかと迷ってしまう。
ただ、今回は飲み物だけを頼むことにした。私は特製のレモンティーで、先輩はダージリンティーを。
店員さんを呼んで注文を頼み終え、出されていたお冷を一口飲んだ。乾いていた喉を潤してくれて、言いづらいことも少しは話しやすくしてくれるような気がした。それは無意識にこの後に続く話を予想していて、それに向けた準備をしていたのかもしれない。
……いつもの私であれば、少し雑談をしながら段々と本題に入っていき自然な会話で話すことができていた気がする。楽しい話題からでも真面目な話題からでも。けれど今はそんな話題を上手く話しだすことができる自信がない。また喉がすぐに乾いてくる。
「楓ちゃんはよくレモンティーを飲むの?」
私の緊張を感じ取ったのか、先輩が先に話をしてくれた。
「あ、はい。お母さんがレモンティーが好きで、その影響でよく飲むようになったんです。先輩はダージリンをよく?」
「うん、うちも母が好きで私も一緒に飲んでるからその影響かも。ふふっ、なんだか私たち似ているね」
さっきまでの私の緊張や喉の渇きが急に収まってきた気がする。きっとさっちん先輩の笑顔や声には人を落ち着かせる効果があるに違いない。少なくとも私は気持ちが落ち着いて話したいことを切り出せるようになった。
ひと呼吸入れて、膝の上に置いた拳に少し力を入れて話し出す。
「さっちん先輩、今日なんですけど、先輩に色々話したいことがありまして……。あの、あの、ですね、私、私は」
言葉に詰まる。次の一言がどうしてもでない。切り出してはみたけれど、なんて言えばいいのか分からない。頭が真っ白になった。なんでなの、なんでこういう時に言葉がでないの!?
途中で言葉を止めてしまった。涙が出てきそう。あまりにも弱い私に耐えられない。どれくらい沈黙が続いただろうか、そんな時に私の言葉をじっと待っていてくれていた先輩がゆっくり口を開いた。
「んー、もし違ったらごめんね。楓ちゃんは、翔くんのことを話したくて今日ここに誘ってくれたのかな?」
その一言ですべてを悟った。やっぱり先輩には気づかれていたみたいだ。するとさっきまでの緊張やらモヤモヤは消え去り、今度は心が完全に落ち着いた。なんだか話したいことを話せる気がした。
「……はい、しょー先輩のことです」
私はしっかりとさっちん先輩の目を見ながら言った。もう迷いはない
「……私、しょー先輩の事が好きです」
言った、言ってしまった。恐らくさっちん先輩にはもうすでに気づかれているとは思うけど、明確に言葉にしてしまった。後戻りはできない。生まれて初めてこの気持ちを他の人に伝えてしまった。
ただ、想像していたものとは違い、伝えたあとも変な緊張やドキドキが来ることはなく私はスッキリした気分になった。そこからは気持ちを素直に言えた。
「私は小学校の時にしょー先輩、ううん、しょーちゃんに出会いました。みんなの輪に入れない私に手を差し伸べてくれて、一緒に大事で素敵な時間を過ごしていました。それから海外に行って長い時間会えなかったけど、ずっとずっとしょーちゃんの事を想っていました」
昔のことを思いながら話す。
「この前、偶然会えた時は本当に嬉しくて神様っているんだなって思いました。しかも同じ高校になるって、運命だと思いました」
上手く思いを言葉には乗せることができていないし、どれだけ伝わっているかは分からない。けれど、私にとってこの出会いは間違いなく奇跡だと思っている。ずっと想っていた深い祈り。私だけの奇跡。
「だから私は自分のこの思いに素直に従おうと思います。……たとえ、しょーちゃんの思いがどこに向かっていようと関係ない。私は犬宮 翔が大好きだから」
言い切った。私のすべての思いを。
そんな私の話と思いをさっちん先輩は全て聞いてくれていた。私から目を一切そらさずに。
「……うん、なんとなくだけど、楓ちゃんの気持ちには気が付いていたんだ。翔くんのこと好きだって」
その先輩の表情からは私の話を聞いてどう思ったかは読み取れない。ただ、瞳には強い意志を灯しているように見える。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかな? あの時、翔くんをデートに誘った時、なんで私と翔くんの前でデートに誘ったの?」
先輩は私が説明していなかった部分を聞いてきた。それはそうだ、普通に考えればしょーちゃんと二人きりになれるタイミングで聞けば色々と上手くいったかもしれないと考えるだろう。わざわざさっちん先輩の前で言うのは良い作戦ではない。
ただ、それでも私の決断は違った。
「……私はしょーちゃんのことが本当に大好きです。しょーちゃんの一番になりたいです」
そこで一度言葉を切った。
「……でも、それだけじゃないんです。私、同じくらいさっちん先輩のことが好きになってしまったんです。さっちん先輩がさくら先生だったってこともありますけど、一緒に遊んだり、放課後に話をするようになって先輩の人柄と温かさと優しさに惹かれました。たとえ先の思いと私の思いは両方叶うことがなくても、先輩といる事も私にとってとても大切なものです」
なんだか涙が出てきそうになったけど我慢する。まだ伝えたいことを伝えきれていないから。
「だから先輩とはちゃんと正面から向き合いたくて、ちゃんと私のしょーちゃんへの気持ちを知って欲しくて、あの時に、さっちん先輩、咲先輩がいる時にしょーちゃんをデートに誘いました」
さっちん先輩が悪い人だと良かった。それならこんな風に対峙する時にこんな辛い気持ちにならなかったと思う。
……でも、さっちん先輩が良い人で本当に嬉しい。こんな人だから私はしっかりと向き合っていきたいと思えたから。裏でこそこそでもなく、悪口をいう事もなく、恐らく最後に結果が出る時も未練なく結果を受け止められると思うから。
この人となら本気でぶつかり合えるから。
「咲先輩。先輩はしょーちゃんのことを、犬宮 翔の事をどう思っているんですか?」
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