第25話「はいはい、お約束お約束……ではない」


 今日も俺はいつもと変わらず図書室に向かう。もう習慣というか生活の一部に組み込まれ過ぎていて、図書室に行かないとなんだか違和感を感じるレベルには体に染み込んでいる。


 図書室の扉を開き、いつもの一角に向かう。そこで待っていたのは先輩だけだった。


「おう、咲先輩」


「こんにちは、翔くん」


 先輩は笑顔で俺に挨拶を返した。幸せ。


 席に座り当たりを見渡すが楓はいないようだ。最近はいつも居たから、いないと少し違和感を感じてしまった。まぁ、楓も楓で予定があるのだろう。


 そこからいつものように俺と先輩は話を始めた。


「そういえば、なんで咲先輩は小説書き始めたんだ? やっぱり好きな小説があったから自分も書いてみたくなってとかか?」


 少し前に出た話題が気になっていたので、聞いてみることにした。さすがに内容は聞かないが書き始めたキッカケぐらいは聞いても大丈夫だろう。小説を書いていること自体は秘密にしていないようだし。


「んー、そうだねー、書き始めた理由かぁ」


 先輩は少し上の方を見ながら何かを思い出すように間延びした声を出していた。


「私ね、何かを自分で生み出して形にみたかったんだ。ただ、美術や芸術はそんなに上手じゃなかったし、料理は好きだけど私の思っている"何か"とは違ったんだよね。だからその何かをした気持ちはあるけど、何をすればいいのかはわからない、みたいな感じ。それでね、ある時にテレビで見かけたんだ。怪我をして利き手が不自由になった人が、利き手と逆の手を使って小説を書いているのを。逆の手を上手く使いこなすために文字を書いていて、それが楽しくなって小説を書き始めたんだって」


 先輩はゆっくりと昔の記憶を紡いでいく。


「でね、その小説は最終的にちゃんと書籍化されて売られることになったんだ。テレビの影響もあったと思うけど、私はその人の小説が気になって実際に勝手読んでみたんだ。そしたらビックリするぐらい面白くてすぐに最後まで読み切っちゃったんだ」


 自分の胸に手を置いて心に残った思い出に触れているような先輩。


「それで思ったんだ、私が生み出したかったのはそういう逆境とかを乗り越えた先に得られるものなんじゃないかなって。んー、上手く伝えられないんだけど、自分の殻を破って進むってことをしたいんだって。それで自分の殻を破くためには自分の事をしっかり出していかないとって思って、自分の心とか気持ちを表せそうな小説にしたんだ。他の人からすると小説を書くことはそんなに大袈裟なことじゃないかもしれないけど、私にとっては大きかったんだ」


 ゆっくり視線を移して俺の方を見た先輩。


「結局、それが本当に私がしたかったことかとか自分の殻を破っているかは分からないままなんだけど、小説を書くこと自体はすごく好きになって今でも続けているんだ」


 話が一区切りして一息ついた先輩。こんなに先輩の心の内を聞いた事は無かった。


 なぜ俺にそこまで素直に話をしてくれたかはわからない。それに先輩にも何かにもがいて手を伸ばしていた時期があったことに驚いた。もちろん先輩だって人間だから悩みもあるはずなのに普段はそういう所が見えないからより一層驚きが大きかった。でも、俺はそんな先輩の一面を知れて嬉しくもあり、まだまだ分からないことも多いからもっと知りたいと強く思った。


「なるほど、そうだったのか。……それでいくといつも主人公は女の子とかなのか?」


「ううん、男の子のこともあるよ? なんで?」


 先輩は不思議そうに聞いてきた。


「いや、咲先輩の自分の気持ちを表すって聞いたから、主人公は咲先輩自身のつもりで書いているのかなって思って」


「あー、そういうことね。んー、あまり主人公を自分自身を投影したことは無い気がするかな。ほら、私なんかじゃなくて、ちゃんと華のあるキャラクターじゃないと物語も面白くないだろうし」


 その言葉を聞いて、とっさに口が開いた。






「咲先輩は華がある。どんな物語の主人公やヒロインよりも絶対に負けない魅力的で輝いている最高な華がある!」






 それを聞いた先輩は一瞬固まってうつむいた。耳が少し赤い。





 というか、俺は何を言ってるんだあああああああ! いや、確かに先輩は全世界で一番輝いているけれども! それを口に出しちゃいけねえだろーが。しかも本人にいいいいいいいいい!





 自分の失敗に動揺するが、その姿を見せないようにとポーカーフェイスを続けようと努力する。いくら本心だし先輩との距離は近づいてきているとはいえ、いきなりそんな事を言われても困るだろう。ついつい、久しぶりの二人きりだから気持ちが緩んでしまったところもあったかもしれない。


 そんな俺に先輩は耳を赤くしたまま聞いてきた。







「……本当に私って華があるかな?」







 あるにきまってるだろうがああああああああああああああああ! 俺がこんなにメロメロなのが根拠だよ!!! まったく何を言うかと思えば、先輩は華があるし、愛らしいし、可愛いし、この世界は先輩のためだけにあるんだよ、マイプリンセス!!!! 






 できる限りの熱い想いを先輩へ送っていた。脳内で。


 ただ、現実ではそんな事を色々な意味で言えないし、かといって無言なのもアレだから簡単に返す。


「……俺はそう思う」


 素直に言いたいのに照れが邪魔をする。言いたいことの百分の一ぐらいの事しか言えていないのは分かっている。いつもこうなんだ。一歩踏み出せない。


 名前を呼んだり、一緒に出かけることはできるようになったが最後の一歩が出ない。また安定した関係に満足し始めている自分がいる。前まではそれで満足できたがそれじゃダメだ。せっかくの二人きりならもっと行ける。俺は先に進みたい。


 俺は変わると決めたんだ。


「なぁ、咲先輩。……今日さ、学校がおわっ」








「先輩たち、遅れてすみませんっす! 教室でみんなと話をしてたら遅れたっす」







 急いで来たのか、少し上ずった声で楓が挨拶してきた。


 だよな、そうだと思った。結局、俺は今日もまた踏み出せなさそうだ。それに、恐らくこの後の展開も分かる。楓を含めて三人で雑談して、結局楽しくて和気あいあいという感じで今日が終わってしまうのであろう。……まあ、今日はそれでもいいか。いつものお約束っていう日もいいか。


 そう俺が諦めていると、楓は俺の方を見た。









「いきなりっすけど、しょー先輩! 私とデートしてください」









 ……お約束じゃなかった。




***




 しょーちゃんとさっちん先輩に嘘をついた。本当は友達と話していたから遅くなったのではない。図書室の入り口にはだいぶ前に着いていた。


 私は一歩踏み込むのに迷って体が動かなかったのだ。今から自分がしようとしている事は本当に良いことなのか、正しいことなのか、全然わからなかったから。


 それでも図書室に入ってしょーちゃん達を遠巻きに見ていた。


 自然であるべく形に収まっているような二人。近くで二人を見る機会が増えて分かってきたことがある。あの二人の距離とお互いの思いに。


 見続けていると、さっちん先輩の言葉にしょーちゃんは色々な感情を含めて簡潔に返事をした。


 それを見て私は決心した。





 私は一歩踏み出して、二人の元へ向かった。

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