第19話「この、うっかりさんめっ!では済まないこともある」


 俺は今日も今日とて放課後に急いで図書室へ向かう。今日こそは先輩に告白する……というのは一旦置いておいて、まずは緊急の重要な問題に立ち向かわなければいけない。


 この問題は俺の命に関わると言っても過言ではない。何事か起こる前に、綺麗さっぱり一切の痕跡を残さず解決しなければならない。慎重かつ大胆にそれでいてテクニカルに俺は成し遂げなければいけない。


 一呼吸おいて、現状確認の意味も込めて改めてその重要問題と向きあう。








 書きかけのラブレターを図書室に忘れてきてしまったあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!








***




 それは今朝、なぜか早朝に目がぱっちりと覚めてしまったことが全ての始まりであった。


 一切の眠気は無く、早く体を動かしたくて仕方なくなった。一年に一度あるかないかぐらいの晴れ晴れとした気分で何かをしたくて素早くベッドから出た。普段は全くしないけれども、ランニングに行くか勉強をしようかなんてことを思う程に自分のスイッチが入ってしまっていた。


 そんなスイッチオンな俺はせっかくの時間を有意義に過ごすために、早朝に起きた時の有意義な時間の使い方をネットで調べた。その中にはランニング、勉強、読書、ストレッチなど様々なものが記載されていたが、特に目を引いたものが一つあった。


 それは、『気持ちをノートに書くことでの心を整える』というものだった。


 ここ最近の俺はどうも心乱されて上手く目標を達成できていない。もっと心が落ち着いていれば上手くことを運べたこともあった。そんな俺にこれはピッタリな気がした。心を整えることで今度こそは上手くいくのではないのだろうか。


 なぜか今まで上手くいかなかった謎に対する究極の答えを見つけたような気がした俺は、さっそくノートを開いて書き始めた。



 この心を整えるやり方は簡単で、考えていることや悩んでいることを書き出して、時間を少しおいてその書いた内容を客観的に見直す。それで気になることをまた考えてみるというものだ。


 ……俺の考えていることや悩んでいること。すぐに思いついたのはもちろん先輩の事だった。なぜ上手く接することができないのか、もっと先輩に喜んでもらえるにはどうすればいいのか、今まで以上に仲良くなるにはどうすればいいのか、そして、告白するにはどうすればいいか。


 殴り書きではあったがその思いを一心不乱に書いた。すると自分が思っていた以上に短時間でたくさんの思いがノートのページを埋め尽くした。改めて言葉として出すとこんなにも先輩の事を想っていた自分にビックリして、少し引いた。


 いやいやいやいや、俺、先輩の事好きすぎるだろ。わずかな時間でこんなにノート埋まるか普通!? 作文や小論文とかはページの半分埋めるのにも長い時間かけても書けないのに、先輩の事をわずかな時間でびっしり書きすぎだろ、俺。


 スッキリさせるはずの書き出しだったのに、逆に心が恥ずかしさとかで動揺してしまった。文章に起こすことがこんなにも自分を見つめ直すのに役立つとは思わなかった。青春の羞恥プレイだ。


 そんな風に最初は思っていた俺だが、改めて書いたノートを見直した時に気がついた。




 あれ、そもそも告白するときに手紙にして渡せばいいんじゃね? 事前に書いた文章であれば当日緊急しても手紙を読んでもらうだけだから、失敗することはない! それに手紙の方が気持ちもこもっている気がするし!




 天啓を得た俺は早速ノートの新しい一ページを綺麗に切り取り、思いの丈を書いた。俺が先輩をどういう風に思っているのか、どんな所が好きなのか、先輩といる時間が俺にとってどれだけかけがえのないものなのか。


 筆は止まる事なく動き続け、ページにこれでもかというぐらい先輩の良い所が書かれていく。しかも無理矢理ひねり出して内容を書いている訳ではなく、先輩と一緒に居る時のことを思い出すだけでたくさんの思いが文章となって溢れてくる。






 あぁ、俺やっぱり先輩のこと好きなんだな……。






 ふと、我に返る。良く分からない思いつきから自分の恥ずかしい自己分析をしまうことになるとは、早朝のスイッチが入った俺の行動は怖いな。というか、よくよく読むとこれ、もう、ラブレターじゃね? っていうか、ラブレター以外の何物でもないよな。


 そんな風に変な汗が一瞬流れ始めた時、部屋のドアがノックされた。


「朝よ、起きなさい! いつまで寝てんの……って、あら、起きているじゃない! 何しているの? 宿題?」


 怒涛の勢いで部屋に入ってきた母さんは俺の手元の紙を覗きこもうとする。焦った俺はすぐに学校用の鞄に紙を入れた。


「あ、ああ、感想文の宿題があって、事前に内容を書いていたんだ。 ……って、まだ朝早いだろ?」


 なんとか中身を見られずに隠せて安心しつつ、部屋の時計を確認をした。


「えっ、もうこんな時間かよ! やべぇ、急がねえと!」


「だからそう言っているじゃない! 早くご飯食べてきなさい」


 優雅な早朝が一変して、いつも以上に忙しく騒がしい朝に変わった。




***




 学校にはなんとか遅刻せずに登校できた。そのまま授業を受け始めると鞄の中に突っ込んだ紙のことなど忘れてしまっていた。


 いつものように繰り返される日常。楽しくもあり、退屈も感じつつも概ね幸せな日常。嫌いじゃない。


 そうして時間が過ぎていき、本日最後の授業開始時間が近づいていた。早くこの授業を終えて図書室に行く事しか考えていなかった俺は、ぼーっと外の景色を眺めていた。ああ、今日も天気がいいや。


 そういう風に頭の中を空っぽにしていると、教室が少しざわついているのに気が付いた。そういえば、もうすでに授業が始まっている時間のような気がするのに担当の先生がいない。


 ざわめきが少し気になり始めた時、猫宮が俺の席に近づいてきた。


「おい、犬! 今日、ピカリンが具合悪くなって早退したらしいから、この時間は自習だって! なんか遊ぼうぜ! やっほー!」


 猫宮がいつものようにハイテンションで俺に教室がざわついていた理由を教えてくれた。ちなみにピカリンとは、二十四歳の若い女性の先生で、光ひかりという下の名前をもじってピカリンと呼ばれている。


 自習になったから遊んでくれとせがむアホを適当にあしらって、俺は読みかけだった小説を読もうと鞄の中に手を入れた。


 鞄に入れた手に触れる何か。何か思い当たる節がないので取り出してみる。




 ……今の今まで忘れていた今朝書いた危険物ラブレターだ。




 すぐに鞄の中にそれを戻した。そのスピードはあまりにも速く、手紙を鞄に戻すスピード競技があれば金メダルは確実だった。


 心臓がバクバク鳴る。いや、こんな危険物を教室で出すわけにいかねぇ。ゴミ箱へ捨てるにも捨てるで危険だ。というかどんな内容だったっけ? 危険とは知りつつもバレないように再度手紙を出して少しだけ読み返してみた。






『お前がいてくれたから俺は幸せというものを見いだせたんだ』






 思わず吹き出してしまった。くそおおおおおおおおおおおお、早朝の俺何書いてんだあああああああああああああ!!!あああああああっていうか、はずいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!


 この文章以外にも他にパワーワードが多すぎて、正常な心で読むことができない。そんな俺の心の乱れを感じ取ったのかは定かではないが、急に猫宮が近づいていた。


「犬、何してんの? ん、なんかの紙? メモ? え、俺にも見せて!」




 見せられるかアホがああああああああ!!! 心の中でブチ切れたが、下手に反応するとこのアホは何がなんでも見てこようとするので、俺は何食わぬ顔で答えた。




「なんでもねぇよ、それよりなんか具合悪いから保健室行くわ」


 そう言って席を立った。猫宮が心配だから付いてくると抜かしていたが、なんとか席に留めて俺は教室から出た。コッソリと紙をポケットにしまって。



 この危険物の処理方法を考えるのとちょっと読み返したい気持ちも出てきて俺は保健室ではなく、図書室のいつもの席に向かった。この時間はどのクラスも授業で使っておらず、無人の図書室だった。いつもの席に座って早速読み返した。


 読む前から予想ら出来ていたが本当にひどい。……読み返す度に、朝の俺がいかにどうかしていたかが分かるし、恥ずかしさでもう心がボロボロだった。ついに耐えられなくなった俺はその紙をテーブルの上に投げ捨て、そのままテーブルに突っ伏した。


 少し冷えていたテーブルに頭をつけるとひんやりしていて気持ちが良い。気持ちが落ち着いてきた。それと同時になんだか安心してきて眠たくなってきた。誰もいない静かな図書室という環境はゆっくり俺へ睡魔を差し向ける。俺も忘れたい物から目を背けるようにまぶたを閉じた。





 ……どこか、遠くから音が聞こえるような気がする。よく聞きなれた音。頭の中にもやがかかったような感じがあるが、それが徐々にクリアになっていく。




 授業終了のチャイムだ!




 俺は突っ伏していたテーブルから身を起こす! やばい、本当に寝てしまっていた。それに今日は俺が終礼担当だ、教室に急がないと。


 イスから立ち上がると急いで図書室から出て教室に向かった。



 なんとか、無事に終礼の挨拶はこなした。なぜか息が切れて汗をかいている俺はみんなから不思議がられていたが気にしないことにした。猫宮からもどこに行ってたんだと聞かれたが適当に返しておいた。


 そうして、どうにか放課後になった。鞄に荷物を入れて図書室に向かおうとした。頭に浮かぶのは先輩の事。早く会いたい。自分の席から立った時、妙な違和感が俺の頭をよぎった。何か大事なことを忘れているような。もうどうしようもないことのような。






 ああああああああああああああああああああああああ、図書室にラブレターを置いてきたああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!

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