第17話「いつも通りと言われると何がいつもなのかが分からなく現象」


 色々な事があった土日を越えての月曜日。来て欲しいような嫌なような登校日。


 俺は学校に着くなり早く放課後にならないかと何度も何度も時計を見た。もちろん急に時間が進むということは無いし、何度も見るからむしろ時間がまったく進んでないようにすら感じてしまっている。それでも時計を見ることが止められない。


 これは昨日から膨れ上がっている"先輩に会いたい病"のせいだ。なんて話そうか、何を話そうか、話す内容は全然決まっていないのに、昨日から先輩に会って話をしたいという気持ちが今まで以上に強くなってきている。


 まぁ、結局は俺がどう思っていようと時間は早くもなく遅くもなく、しかし、止まることなく進む。


 それでなんとか午前が終わり、お昼ご飯を食べてウトウトしているといつの間にか最後の授業になっていた。その頃になるとなんだか緊張し始めてきた俺。いつもみたいにいつもの場所で先輩に会うだけなのにドキドキしてきた。


 あれ? 普段どんな話をしてたっけ? 先輩に会う事を想定していつも通りにしようと意識するあまり、どんな話をすればいいのか分からなくなる。そして一度そうなると何が正しいのか全然分からなくなり、挨拶の仕方すら分からなくなった。


 そう思って焦り出すと同時になり出す授業終わりのチャイム。意味の分からない緊張が体中に走る。どうしたんだ、俺!



 すべてが終わり教室から出て図書館へ向かう途中、ありきたりだが俺は有名なおまじないをしていた。手のひらに「人」と三回書いて飲み込む。なんだか落ち着いた気分に……全然ならねぇ。って「人」って書いて飲みこむのを三回するんだっけ。もうパニックの境地。


 他にも色々と試してみたが何も効かない。そうしてもう図書館の入り口に到着してしまった。はぁ、と小さくため息を吐いて、もうどうにでもなれと若干やぶれかぶれな勢いで図書館に入った。



 図書館に入りいつもの席の方に向かう。体がガチガチでちゃんと歩けているのか分からない。右手と右足を両方一緒に出して歩いてないだろうか。


 そう思っている間にいつもの席付近まで来ていた。



 いつもの席。そこにはいつもの光景があった。



 いつも見てきた椅子に座る先輩の後ろ姿があった。背筋がきちんと伸びていて先輩のきちんとした性格が現れている。こんなに美しい座り姿なら俺はずっと見れいられる。それどころか、この姿を有名な画家に一枚の絵として描いて欲しい。どんな値段でも言い値で買う。


 そんな風に頭がお花畑になりかけていると、何かを感じたのか先輩が振り返った。





「あっ、しょ、翔くん、こんにちは」





 ……え? 今、俺の事を名前で呼んでくれた? ちゃんと名前呼びで呼んでくれた? やはりこの前の二人のお出かけは夢じゃなかった。現実だった。俺は先輩に見えないに体をつまんで現実を感じた。


 先輩も歩み寄ってくれたんだ。ここは俺も頑張るところだ。自分を奮い立たせる。



「こんちわ、さ、咲先輩」



 言った。言ってしまった。あんな特殊なシチュエーション以外の日常で。頑張った俺。っていうか、今更ながら名前予呼びってすげぇ恥ずかしい。それに俺の声が少し上ずってた気がするのも恥ずかしさを激増させる。


 出来るだけ表情に恥ずかしさや嬉しさを出さないように我慢していると、先輩は照れとはにかみを含んだ笑顔でこっちを見て。






「えへへ、やっぱり名前呼びは照れちゃうね、翔くん」






 くっ、きゃわあいいいいいいいいいいいいいい!!!! えっ、一瞬落ち着いて考えてみよう。……やっぱ、きゃわああああああいいいいいいいいいいよよよよおおおおおおおおおおおお!



 俺はとんでもないモノを生み出してしまったのではないだろうか。




 照れ + はにかみ + 先輩 + 名前呼び = めっかわ




 めっかわとは"めっちゃ可愛い"の略……ではなく、"女神すぎる先輩の照れてはにかんでいる可愛さはありきたりな言葉なんてものではそうそう言い表せないが、この気持ちを表現しないと俺の心臓はドクンドクンと高鳴りを隠せなく、この音が先輩まで届いちゃうんじゃないかというどうしようもない心配をするこんな俺ですら優しく受け止めてくれるめーっちゃ可愛い先輩"の略である。


 あまりにも上手すぎる略語を考えてしまった。先輩の力恐るべし。可愛さの根源に触れて俺が再起動するまでにはそれなりの時間がかかった。



 なんとか俺がいつも通り動けるようになったので、土曜日の事、つまりは楓の事を先輩に説明した。


 話を切り出した時、若干先輩が辛そうな顔をした気がするが俺と楓がただの先輩後輩関係だと伝えると少しホッとしたような表情に変わった気がした。


 それと土曜日にご飯を誘えなかったことも謝った。


「すまん、できれば土曜日は、さ、咲先輩とご飯に行きたかったんだけど、こっちがドタバタしたせいで誘えなかった」


 帰りまでエスコートできなかったことを心から謝った。すると、先輩は驚きの表情を浮かべた。


「え、謝らないで翔くん! こっちの方こそ勝手に帰っちゃってごめんなさい! なんだか上手く言えないのだけれど、私、あの時、慌ててちゃんと挨拶もしないで帰っちゃって本当にごめんなさい」


「咲先輩が謝ることじゃなくて俺が悪くて……」


「ううん、翔くんは悪くなくて私が悪くて……」


「いやいや俺が……」


「ううん、私が……」


 気がついたら謝罪の応酬になっていて、それに気が付くとなんだかおかしな気分になってしまった。その瞬間、先輩も同じことを感じたらしい。


「ふふっ、なんか変な感じだね」


「そうだな」


 俺が先輩を思っていたように、先輩も俺のことを考えていてくれたみたいだ。上手くいかなくて、もどかしいのだけど、どこか楽しくてこれはこれで俺たちらしいのかもしれない。


 いつも通りと言われると良く分からないが、俺ららしいって言われればこんな感じな気がする。俺はそれでいい。……先輩もそうであったら嬉しいな。


 そんな思いを胸に今日も俺は雑談を始めることにした。今日こそは一歩を踏み出すべく。


「そういえばさぁ、クラスのやつと話していたんだけど……」




 やっぱり俺はここが好きだ。




***




 今日はいつもより図書館に早く着いた。土曜日の出来事が私をワクワクさせるし不安にもさせる。今日はきっとその話もするだろう。私は少しだけこれから来る話の事を考えて、気合いを入れることにした。いつも通りいつも通りにと考えると、なんだか妙で硬い雰囲気が出来てしまっている気がする。



 図書館に来た翔くんは後輩さん、冬藤 楓さんの話を聞かせてくれた。小学生の頃のお友達で本当に偶然あの土曜日に再会したというすごくロマンティックな話を聞かせてくれた。


 その部分を聞いた時、私は胸がモヤッとしたけれど、翔くんの話し方からすごく仲が良い後輩というか弟さんみたいな感じを受けて私は少しほっとした。……なぜだろう。


 それからすぐに土曜日の事を謝ってくれた翔くん。私は私こそ謝らなきゃと思っていたからなんだか謝り返して、それがお互い何回か続いて、可笑しくて笑ってしまった。それまで少し残っていた変な空気はその二人の笑顔で飛んでしまった。本当に良かった。


 いつも通りにしなきゃと思って変に体に力が入っていたのかもしれない。でも翔くんと話をしてるとそんな強張った私はいつも通りに戻って自然な私になれる。




 私はここが好きだな。この場所が好き。翔くんの隣が好きだな。



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