第15話「レストラン『ツツカクシ』」
結局あの日、先輩は俺と楓に気を遣って先に帰ってしまった。楓はそんな先輩の姿を見たのもあったかもしれないが、家族と一緒に来ているからとメッセージアプリのアカウントだけ交換して戻ってしまった。
そして、一日が経った今日。快晴で絶好の外出日和な日曜日だというのに、俺はベッドの上でゴロゴロしていた。それもこれも、先輩が帰ってしまったことと楓と再会したことに心が上手く追いついていかず、何かしなければと思うのに何もできないでいる。
それでも先輩がどう思ったのかが気になる。俺と楓の事を勘違いしていなだろうか。いや、そもそも先輩が俺のことを異性として見ていてくれているのか。ただ仲良くなりたい後輩としてしか見られていないのじゃないだろうか。
せっかく名前で呼び合えるようになったのに、楓との件でむしろ今まで以上に距離ができてしまったように感じて不安が募る。明日、学校でどんな顔して会えばいいか全然分からない。
モヤモヤのエンドレスループを繰り返していると、メッセージアプリに通知が来た。先輩かと思って飛びつくようにスマホを見てみる。……楓からだ。
『しょー先輩! 昨日は久しぶりに会えたせいではしゃいじゃってごめんね。 ゆっくり話したいからもし今日時間あれば会えない?』
それはお出かけのお誘いであった。今日は特にやることもなかったし、俺も楓の話を聞いてみたくて、すぐに返信をした。
『ありがとう! それじゃあ、一緒にお昼ご飯食べに行こうね!』
そのメッセージを受け取った俺は慌てて出かける準備を始めた。
集合時間の五分前になんとか集合できた。周辺を探すと昨日再会した俺の後輩、楓が待っていた。遠目でもわかるくらいお洒落になっていて、ビックリするくらい可愛くなっていた。
俺が楓の方に近づいていくと、楓もこっちに気が付いたのか笑みを浮かべて俺に近づいてくる。
「しょー先輩、こんにちはっす! 急に呼び出してしまってごめんなさいっす。でも来てくれて嬉しいっす」
何年かぶりに再会したというのに、変にぎこちない感じにならずすっと自然に話せる。まるでサッカーをしていたのがつい先日だったような気さえしてくる。そんな楓に対して、俺は色々聞きたいことがあった。
「おいっ、それより聞きたいことがあるんだが、そもそもお前」
「分かってるっす。先輩も色々気になることがあると思うので、まずはご飯食べましょうっす!」
俺の言葉を一度止めた楓は、俺の手を引いてレストランに入って行った。
ゆっくりとした曲が流れ、こじんまりとしていて落ち着いた様子の店内。緩やかな時が過ごせるし料理は絶品と評される知っている人は知っている隠れた名店『ツツカクシ』。俺がたまに行くお店で今回楓に紹介した。
俺たちは席に座りまずは料理を注文して、水を一口飲んで一息ついた。ただ、俺は気持ちを抑えきれず改めて怒涛のように色々聞いた。
「楓、日本に帰ってきてたんだな。しかもこっちに戻ってきたんだな。……というかそんなことの話の前に! お前、女の子だったんだな!! まったく気が付かなかったぞ。ていうか、なんで隠してたんだよ。あっ、もしかして、前に約束していた秘密っていうのはこの事だったんだな。いや、マジでビックリした」
楓は何も言わず笑みを浮かべた。
「俺はてっきり男だと思ってずっとお前と接してきてたから、なんだか性格は変わってないと思うけど、こんな風になっていて正直驚いてる」
素直に衝撃を受けたことを告げた。それを聞いた楓は少しニヤニヤしながら俺の顔を見てくる。
「こんな風ってどんな風っすか、先輩」
なんとなく俺の言いたいことを知っていて、あえて聞かれている感じがする。若干以上に恥ずかしいが、素直に伝える。
「こんな、……可愛くなってビックリした」
伝えた俺は顔が恥ずかしくて顔が少し赤くなった気がする。それ以上に聞いた方が顔を真っ赤っかにしていて湯気がでそうなぐらいだった。
この恥ずかしい空気をどこかえやるべく、俺は話題を変えた。
「あと、その『っす』ってなんだよ。前はそんな喋り方してなかっただろ。なんか違和感あるぞ。っていうかお前、メッセージでは普通に喋ってたじゃねーか」
話題を変えつつ、普通に疑問に思っていたことを聞いた。何か気を遣わせているのであれば、無理はさせたくないので理由を聞きたい。
「え? この喋り方っすか? それは読んでいたマンガで、後輩は基本的にこういう喋り方をしているなって思って使うことにしたっす。ちなみに、私の中ではこれは喋り言葉なんで話している時にしか使わないっすね」
大したことない理由だった。昔合っていた頃よりも少しアホになっている気がする。
「……ちなみにしょー先輩以外には使わないっす」
「ん、何か言った?」
「いえ、何でもないっすよ!」
最後の方に楓は小声で何か言っているようだったが、上手く聞き取れなかった。
それから今までの海外での生活の話を聞いた。アメリカに移り、今度はオーストラリアに移り、最後に中国に住んでいて、少し前に日本に帰ってきたようだ。移動が多く大変だったそうだが、それでも、家族で各地の美味しいご飯や綺麗な場所を見たり、異文化に触れてすごく良い経験をしていたようだ。それに友達もできて今でもSNSで連絡を取り合っているとのことだ。
これからは楓のお父さんは海外赴任することはないとのことで、この街に戻ってきて家を建てる予定らしい。やっと安定して日本に住めるということで家族で喜んでいた。
それに各国で日本人女子サッカーサークルなるものにも参加して少しだけサッカーをしていたと聞いた時、俺は本当に嬉しかった。当の俺は中学でバドミントンをしていて、高校は部活に入っていない事を伝えるとだいぶ驚かれた。
「えっ、しょー先輩はサッカー部入ってないんっすか? あんなに前はサッカーしかしていなかったのに! サッカー嫌いになっちゃったんっすか?」
「いや、別に嫌いになったわけじゃないぞ。体育の授業でやるサッカーはガチでやってるし。まー、昔のダチとも離れ離れになったのもあって、今はやってないな。他にも色々やりたいことあるしな」
「そうなんすか。……他にも色々やりたいことっすか」
一瞬、俺の話を聞いて考えこむような仕草をする楓。
「……それって、昨日一緒に遊んでいた人とのことっすか? あの人は先輩の彼女さんっすよね?」
もちろんバッチリ見られていた俺と先輩の姿を楓は言及してきた。傍からみると恋人同士に見えたんだろう。それはそれで嬉しい。……事実とは異なっていたとしても。
「……ちげーよ。ただの後輩と先輩の関係だ。ちなみにあっちの方が先輩だ」
自分で言っておきながらなのだが、"ただの後輩と先輩の関係"という言葉にショックを受けていた。結局、俺はまだ先輩への一歩を踏み出せていない。仲良くなったその先へ。
「それなら、私にもまだチャンスあるのかな……」
俺の言葉を聞いて、楓が何かをボソッと言ったが聞き取れなかった。
「なんか言ったか?」
「い、いや、何でもないっす!」
手を振って何かをごまかした。そうすると注文してきたメニューが出てきた。俺たちはその美味しそうな香りを楽しむため、料理に集中することにした。
***
恐らくしょー先輩には彼女さんがいる。昨日再会したときに居た人。すごく優しそうでとても可愛くて美人な人。私とは全然違うタイプ。
敗北はほぼ確定しているけど、聞いてみないことには分からない。そのためにも私はしょー先輩を急なランチに誘った。
いきなり彼女さんの話をするのもあれだし、久しぶりに再会できたので私の話から始めると、しょー先輩はちゃんと話を聞いてくれた。こんなところは昔と変わらず優しい。
そして本題。なんとあの人は彼女さんじゃなかった。ただ、男女二人で遊ぶに行くってことはお互い憎からず思っているはず。
……もしまだ望みがあるなら、私はそれに手を伸ばしてもいいのかな。
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