第14話「あの日の短い髪のアイツ」


 小学生の頃、毎日のようにサッカーに明け暮れていた。別にクラブチームに入っていたわけではないが、家の近くにサッカーができるグラウンドがあり、友達と飽きることなくボールを追いかけていた。


 そのグラウンドはやっぱり人気があって、色々な学年の子どもたちが遊びに来ていた。サッカー、キャッチボール、ドッジボール、鬼ごっこ、ボール鬼、それ以外にも勝手にゲームを作り出し自由にのびのびと遊んでいた。


 その子どもたちの中でも俺たちはひと際声も大きく元気にはしゃいでいたので、周りからは有名だった。だから学年も関係なく、サッカーをしたい子どもは俺たちに声をかけてきて、よく一緒にサッカーをしていた。年上でも、年下でも、違う学校でも、初めて会うヤツでも、サッカーが上手くても下手でも。




 そんな風にサッカーが楽しくてたまらなかった頃、アイツに出会った。




 それは夏休みに入ってすぐの事だった。いつもようにサッカーをしていた俺たち。そこに今まで見た事の無い子どもが俺たちがサッカーをしているのをじっと見ていた。いつもなら相手の方からこっちに声をかけて、俺たちも歓迎して一緒にサッカーをしてきた。


 ただ、その子は声をかけずじっとこっちを見ているだけ。すぐにどこかに行くのかと思ったが、その場から全然動かずこちらを見続けている。


 普段ならこっちからは声をかけずそのままにする。ちょっと冷たいような気がしなくもないが、それがここのルールのような空気のようなものだった。


 だけどなぜかこの時、俺はその子に自分から声をかけに行った。結局、なんで声をかけに行ったのかは今でも分からないけれど、それがアイツとの出会いのきっかけになった。




「なぁ、お前ずっと俺たちの事見てただろ。サッカーしたいのか?」




 あんなにも長い間見続けているから、俺はそう聞いてみた。


「……ううん、サッカーはしたことがないからできない」


 俺の方に振り向きながら返事をした声はか細い小さい声だった。その時、初めてその子の顔を見た。色白で綺麗な顔をしていた。髪は短髪。その色白さから普段からあまり外で遊ばないタイプと感じた。


「いや、そーじゃねーだろ。サッカーしたいか違うのかって聞いたんだよ。サッカーができるできないは関係ないだろ」


 俺はストレートにそう言った。そうすると相手は怒られたかのように感じたのか、下を向いて黙ってしまった。その様子を見て、ちょっと間違ったなーと感じた俺はその子の肩に手を置いてもう一度聞いてみた。


「もしサッカーやってみたいなら一緒にやらないか?」


 その瞬間、その子は顔を上げビックリした顔で俺を見た。


「えっ、一緒にやっていいの?」


 期待半分不安半分という表情を浮かべているその子。


「当たり前だろ! 今から一緒にやろうぜ」


 そう言った俺はすぐにその子の手を掴んでみんなの元を連れていった。それが俺とアイツと一緒に踏み出した最初の一歩目だった。


 さっそくサッカーを一緒にやってみるも、もちろん今までサッカーをやったことの無いアイツはまともに蹴る事もできないし、蹴ったら蹴ったで予想もできな方向にボールが飛んだり、靴を飛ばしたりしていた。


 それでもアイツは本当に楽しそうにボールを追って、走って、蹴って、こけて、服を汚して、俺たちと一緒に楽しんでいた。むしろ俺たちの中で一番楽しんでいたのはアイツだったかもしれない。


 それからアイツは毎日グラウンドに来て俺たちと一緒にサッカーをするようになった。ただ、サッカー自体は上手くないからフォローするためにも俺とアイツはいっつもペアになった。


 そういう風にペアになることは嫌じゃなかった。俺としては無邪気で可愛い本当の弟ができたみたいで、教えてやるのも楽しかった。少しでも上手くなっていくアイツを見ると俺も自分のことのように誇らしく思えた。


 そんな日々を過ごしているとあっという間に夏休みが終わった。それでも俺たちは変わらなかった。学校が終われば、すぐにグラウンドに集まり日が暮れるまでサッカーをして泥だらけのまま家に帰る。アイツは違う小学校だったけど、俺たちと同じように学校が終わったらグラウンドにきて一緒にサッカーをした。



 それからさらに時が過ぎて、冬近くになった。さすがにまだ雪は降ってはいないがそろそろ外でサッカーができない時期になってきた頃、アイツは辛そうな顔でグラウンドに来ていた。


「どうした、カエデ? あ、もしかして学校でなんかあったか? もしイジメてくるヤツがいたら俺に教えろよ、そいつをぶっ飛ばしてやっから」


 握り拳を作りシャドーボクシングを始める俺。ここまでくると俺はアイツ、カエデのことを本当に家族のようにまで思っていた。俺が守らなきゃという強い意志が生まれていた。


「違うよ、しょーちゃん」


 言い出しづらいけどなんとか言おうとしているカエデの言葉を待った。





「……実はね、ボク、引っ越すことになったんだ」





 その言葉を聞いた俺は、丁度シャドーボクシングで拳を突き出した状態で固まった。


「へっ? え、だって、お前、ちょっと前に引っ越してきたばっかじゃん」


 この数ヶ月で仲良くなった俺はカエデに驚きの言葉を投げかけた。


 俺はここ数か月でカエデの事をたくさん教えてもらっていた。あの夏休みになる直前、カエデと家族はこっちに引っ越してきた。知らない土地に来てワクワクしていたのもあり、散歩がてらに家から少し離れた所を歩いていて、偶然俺たちがサッカーをしているところを見かけたてあの場所にいたらしい。


「お父さんが仕事の都合で海外に行くことになって、ボクも一緒に海外にいかなきゃいけないんだ。それでここに来れるのは今日が最後なんだ。だから今日はしょーちゃんにお別れを言いに来たんだ」


 俺は唖然とした。確かにカエデとは会ってからそこまで長い期間が経っているわけではない。それでも本気で大事な仲間であり家族のように思っていた。そんな大切な人がいきなりいなくなるという事に強すぎる衝撃を受けた。


 だから俺は自分の中の強い感情をカエデにぶつけた。


「そんな、急に! 俺はお前にもっとサッカーを教えてやんなきゃいけねーし! お前まだ全然サッカー下手くそだし! 泣き虫だから俺が守ってやんなきゃだし! 俺たちだけしか知らない秘密基地もまだまだ作り途中だし! カエデと行くって約束した場所たくさんあるのに全然行けてねーし!」


 グジャグジャな気持ちで良く分からないながらも、離れたくない気持ちが一番大きく駄々をこねていた俺。


「そんな、海外なんて行くなよ……! 俺たち会えなくなっちゃうじゃんか! カエデはそれでいいのかよ! 俺はお前と離れるのが嫌だ! 行くなよ、俺たちずっと一緒に居るって言ったじゃねえか!」


 涙が溢れもう顔中がべちゃべちゃで、それでもどうしても離れたくなかった俺はカエデを抱きしめた。力の限り強く強く抱きしめた。


 俺に急に抱きしめられて少し驚いたカエデ。それでも嫌がらず受け止めてくれた。


「……ありがとう、しょーちゃん。ボク、本当にしょーちゃんに会えて良かった。こんなに元気になれたのも、サッカーでシュートを打てるようになったのも、泥だらけで遊ぶのが楽しいってことを知ったのも、全部全部しょーちゃんのおかけだよ。本当にありがとう」


 そして、その言葉とともに強く抱きしめ返してくれるカエデ。顔は見えなかったが体が震えていたから、カエデも泣いていることが分かった。


 そのままのカエデは話を続ける。


「ねぇ、一つ言いたいことがあるんだ、ボク」


 俺は泣きながらカエデの声を聞く。





「しょーちゃんはいつもボクの事を"弟"として見てくれるでしょ。守ってくれたり、カバーしてくれたり、嬉しいことでもあったけど、やっぱりちょっと嫌だったんだ。あ、守ってくれるのが嫌じゃなくて、"弟"だからっていう目線で見られるのが嫌だったっていう感じで。……つまりね、"弟"としてじゃなくて、それ以外でボクの事を見て欲しかったんだ」





 しっかりカエデの言っていることを聞き漏らさないようにして聞いていたが、言っていることを上手く理解できなかった。ただ、俺はカエデのお願いを聞いてあげたかった。


「分かったよ。もうカエデを弟扱いしねーよ。……でも、それじゃあ、どういう風に見ればいいんだよ」


 ゆっくりと抱きしめ合っていた俺たちは少し離れてお互いの顔を見た。


「んーっとね、ボクたちの歳って一つ違いでしょ。そういうのって言い方があるんだって」


「なんて言うんだ」


 そう言った俺を何か決意のようなものを秘めた目で見つめたカエデ。






「コーハイ! ボクはしょーちゃんのコーハイ! それでしょーちゃんのボクのセンパイ! だから僕はしょーちゃん、しょーセンパイのコーハイだよ! "弟"じゃないんだよ!」






 そう言って今度はカエデから俺に抱きついてきた。さっきは気がづかなかった良い匂いがした。


「ね、もし次に会うことができたら、しょーセンパイにボクの秘密を教えてあげるね!」


「えっ、なんだよ秘密って」


「秘密は秘密だよ」


 そうして少ししてから俺たちは離れた。


「バイバイ! しょーセンパイ! 絶対、絶対、ぜええええったい日本に帰ってきてまた会いに行くからね、ずっと待っててよ!」


「おう、コーハイ! ずっと待ってるから! 絶対に忘れないで待ってるから! それにせっかくだった海外でもサッカー続けて上手くなれよ! そして一緒にまたサッカーしような!」


 俺たちは絶対に忘れない大事な約束をして、大きく手を振りながら帰るカエデをずっと励まし続けた。いつ来るか分からない、しかし絶対にまた出会うと決めた約束を胸に。




 こうして、俺は初めての"コーハイ"とのお別れをした。




***




「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ、お、お、お前、あ、あのカエデなのか!!! 本物のカエデなのか!? っていうか、お前女だったのかああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺の中で昔の記憶が蘇った。今でも色褪せない鮮明な記憶が。人生で最初にできたあの時の"コーハイ"に。


「はい! そうっすよ、しょー先輩! やっと、やっと、やっっっっと会えたっす!」


 カエデ、いや、楓が泣きながら俺に溢れんばかりの笑顔を向ける。


 胸の中に色々な感情や思いがぽつりぽつりと浮かんできているが、どうにも次の言葉が出てこない。元気だったのかとか、いつも戻ってきたんだとか、お前女の子だったのにずっと黙っていたのかとか、目まぐるしくぐらいの色々な思いが俺の中で出てきた。




 そんな風に固まっている俺に別の今の現実が戻ってくる。




「あの、翔くん? 二人はお知り合いなのかな? なんだか二人で話すことがありそうだから私は先に帰った方が良さそうだよね。えっと、今日は本当にありがとう。またね」


 咲先輩だ。


 先輩はそういうとすぐに帰ってしまった。俺は固まっていたこともあって呼び止める事ができなかった。今日は先輩との距離を縮められたのに、大好きな先輩の事なのに、俺は一瞬先輩の事を忘れていた。




 どうなってんだ、今の俺は。どうすればいいんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る