第11話「やっぱり廃病院設定は怖い」


 最近のお化け屋敷は非常によくできていると俺は思う。


 まず、一つ一つの小道具や通路の細工などが細かい。小道具であれば実際に誰かが直前まで居て使っていたようなものもあり、そこに"現実感"が生まれ本当の現場のように感じる。通路の細工だと、お化け屋敷でよく見かける血や手形があえて乱暴に作られているのも逆に生々しさを感じる。


 そして離れた所でチラッとしか見えない部分でさえも細部まで仕掛けがしてある。気が付くお客がいるのかさえ怪しいところなのにそんな部分まで手が抜かれていない。まるで隠れ○○を探せみたいに、むしろ積極的に客が探すように仕向けているのかとさえ思う。


 それに冷気や煙を使った仕掛けも独特な雰囲気を作り上げるのに一躍かっていて怖さを引き立てる。3D的な要素で視覚や体感に訴えられると否応なしに心臓が早く脈打ち始めてしまう。


 あと音の忘れてはいけない。明らかにおどろおどろしい音も怖く感じるが、ぽつりぽつりと聞こえてくるピアノの不安な音色で鳥肌が立って寒気を感じる。それに、音のテンポや大きさを変えることでこれから近づいてきそな恐怖を連想させられ体がこわばる。やはり五感を刺激してくるものは強い。


 そして何より襲ってくるお化けやモンスターやゾンビに化けたスタッフたちだろう。


 お化け屋敷の中にいるものは作り物か人間が入ってくると理解しているはずなのだが、脳がそのような正しい理論よりも目の前の現実に引っ張られてしまう。絶対に本当には襲ってこないはずなのについつい本気で逃げてしまう。だからお客は悲鳴を上げたり、激しく驚いたり、泣き出してしまう。こればっかりは中々克服できない人間の根本の部分であると俺は思う。



 ……まぁ、色々言ってしまったが、俺がお化け屋敷に言いたいことは一つだけだ。






 お化け屋敷さいこおおおおおおおおおおおおおおおおお! 高クオリティな仕掛けとガチ怖なお化け役さんマジでありがとおおおおおおおおおおおおおおおおお!




 今、怖がって目をつぶる先輩が俺の腕にしがみついている感触を味わいながら心の中で吠えた。




***




 俺と先輩はお化け屋敷の入場の行列に並び、一時間半ぐらい待つとやっと自分たちの入場になった。


「結構時間経ったね。でも、後輩君と話をしているとあっという間だったよ。それにしても後輩君があの隠れた名作を知っているなんて驚いた」


「ああ、あっという間だったな。あー、あれは俺の腐れ縁が紹介してくれたんだよ。アイツのくせにいいもの紹介してくるなんてなんか癪だ」


「ふふっ、何それ」


 俺がしぶしぶという顔でいうとくすりと笑った先輩。そこまでならいつもよく見る光景なのだが、今回は先輩がさらに話を広げてきた。


「……ち、ちなみに、その腐れ縁さんはお、女の子だったりするのかな?」


 なんだか上ずった声で聞いてくる先輩。急にどうしたんだろうか。今までそんなことを聞いてこなかったのに。あれか、やはりあの名作を知っている人物に興味があって女の子なら仲良くなりたいのだろうか。


 そう思った俺は先輩の希望が叶わない事を告げた。


「残念ながら、男だ。しかもアホだ」


 先輩はなぜか安心したように小さくほっとしていた。ただ、ハッと何かに気が付いたのか俺に少し詰め寄った。ジト目で。



「……残念ってどういう意味なのかな、後輩君」



 ちょっと怒っている? 先輩の態度が分からない。


「いや、あの名作を知っているのが女の子だったら友達になりたかったんだろ」


「んー、そうじゃないんだけど。でも、そうじゃなくて。ごめんね、なんで聞いたかちょっと上手く説明ができないの」


「なんだ、それ」


 ただ、そうしてちょっとむくれている先輩も可愛かった。こういう表情もなんて可愛いんだ。俺は自分にこういう属性があることを初めて知った。いや、違うか。俺は先輩属性なんだ。だから先輩がどんな属性になっても、先輩である限り俺はそのすべての属性が好きなのだろう。


 俺は気持ち悪い雑念を頭の中で浮かべていると、入り口の人数制限をしているスタッフが俺たちに入り口に入るように促してきた。


「あ、私たちの番だね! それじゃ行こうか」


 ウキウキしている先輩。俺は置いて行かれないようについて行った。



 このお化け屋敷は大勢で入って一緒に回るタイプではなく、それぞれのお客がそのまとまり毎に入り口に入って、ある程度時間が経った後に次のお客が入るタイプである。だから知らない人たちの事を気にすることなく楽しめる。それに進先の方から一つ前のお客と思わしき悲鳴が聞こえて、いい感じに雰囲気を作っている。


 それでお化け屋敷としてのテーマとしては廃病院をイメージしている。病院の待合室やステーションに病室、それに手術室といった定番と言えば定番ではあるが、シンプルに怖く感じる部屋が用意されていてお客はその各部屋を通って出口に向かう形になる。


 入口では意気揚々としていた先輩。どうも家族とホラー映画を見て今までよりもホラー耐性がついたらしいので、今回は一切怖がらずここを乗り切るらしい。さらには、俺が怖くなったら先輩が出口まで連れていってくれるとまで言っていた。


 そんな先輩の言葉には特に返さず、俺たちはお化け屋敷に入った。……それから三十秒後。






「きゃあああああああああああああ! こ、こ、こ、こう、後輩君なんか今いたよね! ね! ね! 白い女の子いたよね! ……って、う、う、後ろから来てる! もう無理助けてーーーーーーー!」






 やはり、期待を裏切らない先輩であった。


 怖い物が好きだけど、怖い物が苦手。なんだかチグハグな感じがするものだけど、苦手な物を好きなものに変えようとしているところはいつもの先輩が出ている気がする。


 そんな前向きな性格の先輩に俺は力をもらったし、助けてもらった。そうして恋に落ちた。そんな風にせっかくのお化け屋敷を巡っている時に違うことを考えながら俺は順路を進んでいた。


 結局、ずっと悲鳴を上げたり、絶叫しながら進み続けた先輩。俺はそんな先輩の怖がる顔も可愛すぎて次はどんな顔をしてくれるかとわくわくしていた。すでに素直なお化け屋敷の楽しみ方をやめている俺。


 だいぶゆっくとだがなんとか歩を進めてきた俺たち。恐らく進み具合としては終盤に差し掛かってきていて、次に俺たちが通るのは一番怖そうな手術室にである。


 先輩の方を見るともう半分は魂が抜けかけていて、涙のせいか目がわずかに充血しているようにも見えた。……そんな先輩の姿を見て、俺は罪悪感に襲われた。


 実はここのお化け屋敷については事前に少し調べていた。細かい仕掛けとかは分からないが、実際に体験した人の評価を見たのだが、決まって『ここが今までのお化け屋敷で一番怖い!』だった。やはり小物や部屋作りのクオリティの高さや脅かし役のスタッフのレベルの高さが理由で選ばれていた。


 その事を事前に告げて入るのを止めておけば良かったかと現在強く感じた。幸いなことに丁度ここには非常口も近くにあり途中リタイアも可能になっている。そこで俺は先輩に聞いてみた。


「なぁ、どうしても怖かったらここでリタイアするか?」


 俺は先輩がそう望むならすぐにリタイアしようと考えていた。


「……ありがとう、後輩君。んー、でも大丈夫! このまま出口までちゃんと行きたい。怖いんだけど、どうしてもダメって感じではないし、それに、後輩君と一緒にまわってみたかったからできれば最後まで行きたいの。……ダメかな?」


 怖いはずで少し弱々しい声であったがしっかりと自分の意思を告げながら上目遣いでお願いしてくる先輩。そんな風に言われたらダメなんて言えるはずが無い。そして先輩が可愛い。


「オーケー、もし本当にきつくなったら俺に言ってくれ。なんでもやるから」


 今の感じであれば体調を崩すことはないと思うが、何かあった時にすぐ動けるようにしておこう。そんな風に気を引き締めていると、先輩が顔を伏せながら少し言いづらそうに俺にぼそぼそと言ってきた。


「……その、本当になんでもお願いしていいの?」


 薄暗く下を向いている先輩の表情は読み取れないが、俺の答えは決まっていた。


「もちろんだ」


 それを聞いて先輩はまだ下を向きながらお願いした。






「……それじゃ、次の手術室が抜けるまで後輩君の腕をちょっと貸してくれない、かな? 少し掴ませて欲しい、です」






 思考が宇宙に行った。それはどういうことだ。先輩が俺の腕を掴む。えっ、なんで突然、俺の幸せイベントが発生? お化け屋敷ってそういう場所だっけ? もしかして俺死んじゃうの?


 脳内がもう混乱し、良く分からないけれど変に先輩を困らせるわけにはいかない。俺は悩む脳を封印し、心を無にして答えた。



「……ベツニイイゾ」



 俺は腕貸しマシーンとなり、先輩が腕を掴みやすいように自分の後ろ側に少し引いた。


「……ありがとう」


 先輩がそう言って、俺の腕をその小さな両手で包むように掴んだ。腕を組むとまではいかなかったが包まれた手から先輩の温もりが伝わってきた。


「それじゃ、行くか」


 そう告げた俺はそのまま手術室エリアに進んで行った。




 結果から言おう。もう手術室からお化け屋敷的な怖さは俺の中から吹っ飛んでしまった。




 やはり手術室は怖い仕掛けがふんだんにあり、先輩はずっと怖がっていた。そうして、優しく掴んでいた俺の腕を引っ張り、最終的には俺の腕に先輩の腕が組まれている形になった。しかも先輩は怖くなって終始目をつぶって俺の後ろからついて行くだけみたいになっていた。


 しかも手術室を越えても恐怖の仕掛けは終わらなく、本当に出口までそれが続いていて、結局先輩は俺の腕を放すことは無く出口まで到着した。


 なんとか出口のゲートに到着して外の空間に出られた俺たち。俺が先輩に出口に着いたことを伝えると先輩は目を開け、はぁーと息を吐いて安堵した。


「あー、本当に怖かったね、後輩君。入る前にああ言ったんだけど、全然怖いのを克服できてなかったね、あはは、恥ずかしいな」


 先輩は少し恥ずかしそうにそう言った。


「ああ、なかなか怖かったな。……ところで、先輩。その腕なんだが」


 一瞬俺の言っていることを上手く理解できていなかった先輩。しかし、すぐに手術室前からずっと俺の腕に組まれている自分の腕に気が付いた。


 慌てて組んでいた自分の腕を外し、俺から一歩距離を取った先輩。そのまま挙動不審にしていたので、俺は素直に言った。


「俺は嫌じゃなかった。それになんでもするって言ったし、先輩の役に立てたならそれだけで良かった」


 ちょっとキザっぽい発言になってしまった。深く何か思われる前にお昼を食べる予定だったレストランの方向を目指して先輩と歩き出すことにした。




 しかし、お化け屋敷は本当に良かった。入って良かった。




***




 腕を無意識に組んじゃっていた。でも翔くんは嫌じゃなかったって言ってくれた。


 胸がドキドキする。お化け屋敷の中にいる時もすごくドキドキしていたけど、今はもっとドキドキしている。


 どうしよう、腕を放してもドキドキが止まらない。




 私どうしちゃったのかな?



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