第10話「仲良くなるイベントといえば」


「あ、おーい、後輩君! こんにちは。ごめん、待たせっちゃったかな?」


 白いブラウスでロングスカートを着た可愛い先輩がこちらに駆け寄ってくる。先輩の私服姿を見て俺は至福の中にいる。至福、この上ない幸福。あんなに可愛い先輩を表すのにあまりにも適切な言葉だ。


「よっ。いいや、俺も今来たばかりだ」


 俺は片手を上げて答えた。現在は午前十時四十分。元々は十一時に待ち合わせしていたので、もちろん先輩は遅刻をしてなんかいない。ちなみに気合いの入り過ぎた俺は十時からこの場所でスタンバっていた。



 ここは"ごーごーはっぴーぱらだいす"の入場口。俺たちの待ち合わせ場所。そうして今日先輩と一緒に遊ぶ夢の楽園の入り口。


「それじゃ、行こうか。後輩君」


 先輩に言われて中に入ろうとした俺たち。しかし、その前に今日来てくれた先輩にお礼を言っておこうと思った。


「ああ。あー、それと、今日来てくれてありがとな」


「ううん、こちらこそ!」


 入り口に早く行きたい先輩はくるっと回って入り口の方へ向かっている。スカートが少しふわりと浮いた。そんな楽しそうな先輩をみて俺の口から無意識に素直な言葉が出てしまった。


「……先輩、私服可愛いな」




 言ってしまってから自分のセリフに驚いて、慌てて口を塞いだが近くにいた先輩には恐らく聞かれてしまっていたんではないかと思う。




 若干びくびくしながらどうなることかと思ったが、先輩はこちらを見ず前を向いたまま返事をした。


「……ありがとうね」


 先輩が割と気にしていないような返事をしてきたので、引かれなくて良かったと思った。出だしから大きくつまづくところだった。そのまま二人でゲートに向かう。




 そのゲートに向かう途中、先輩が小声で何か言っていたのだが、聞き取れなかった。




 事前に買っておいたe-チケットをかざして入場ゲートにすぐに入ることができた。二人で入場ゲートを通ると、目の前に広がる色とりどりで楽しそうな建物とにぎやかな街並みが広がっていた。


 先輩は入場ゲートすぐにあるお決まりのウェルカムボードを見て、テンションが上がった。


「ねね、ここで写真撮ろうっ! ほら、あっ、逃げないで一緒に撮ろう!」


 グイグイ押してくる先輩。無意識なのだろう。俺の腕を掴んでウェルカムボードの前に引っ張っている。ナイスだ、ウェルカムボード。俺は心の中で親指を立てた。


 それからまずは散策しながら街並みを楽しんだ。その間ずっと先輩は話続けていた。


「……それでこっちのお店はクレープがすごく有名らしいんだって! 季節のフルーツを使ったクレープは本当に美味しそうなの。 あっ、あのキャラクターは"ごーごーはっぴーぱらだいす"のマスコットのごっぴー君だ。可愛いね、後で一緒に写真撮りたいなー」


 先輩のあまりの詳しさに俺は不思議に思い聞いてみた。


「先輩って結構ここ詳しいんだな。実は前に来たことあるとか?」


 その瞬間、先輩はえへへと笑いながら答えてくれた。


「実は後輩君と出かけるって事になってからなんだか気になっちゃって"ごーごーはっぴーぱらだいす"のことを結構調べちゃったんだよね。しかも行きたいところもメモしてきたから覚えちゃったんだよね」


 スマホのメモ画面を見せてくれた先輩。どうみても一日じゃ回り切れないぐらいの行きたいところ、買いたいもの、食べたいもの、やりたいことがメモしてあった。


 これだけ楽しみにしてくれていたんだと思うと誘って良かったと思った。俺だけが楽しかったらどうしようかと思っていたけど、先輩も楽しんでいるみたいで本当に良かった。



 そのままスマホのメモ画面を下にスライドすると、『翔くんが好きそうなところ』という文章があり、そこにもたくさんのお店や料理や遊ぶ場所が書いてあった。



 ……これって、と思っていると先輩は今まで見たことの無い動きで俺が持っていた先輩の携帯を奪った。


「なっ、何か見た?」


「イ、イヤ、ナニモミテイナイ」


 俺は見なかったことにした。ただ、どうしても、気になった。





 『翔くん』





 あれってやっぱり俺のことなのかな。でも俺は一度も先輩に名前で呼ばれたことないしな。けど、一緒に今日来ているわけだし。もしかして兄弟とか親戚にいるのか。


 ああああああああ、気になる。しかし一度見ていないと言ってしまった上に、先輩も焦ってたようだから話を振らない方がいいか。


 気になったが今は触れない事にしておいた。


 そのまま二人で変な雰囲気で歩いているある場所にたどり着いた。そこは人気の場所で多くの人が並んでいる。そして先輩も目を輝かせて今すぐにでも突入しそうな勢いだ。


 案の定、先輩は俺の方にワクワクが抑えられない顔を向けてきた。


「ねね、後輩君! 後輩君! ここに行」


「オーケー、分かった。行こう」


 俺は子犬のように迫ってくる先輩の発言にかぶせながらそのアトラクションに行くことに同意した。そうその大人気で先輩の大好きそうな場所。




 お化け屋敷に。




***




 初めて翔くんと学校以外で会う。遅刻しないように二十分前に集合場所に到着するとすでに翔くんは私を待っていた。


 ジャケットを羽織っていた翔くんは学校の制服とはイメージが異なり、より爽やかな印象を受け私の中の何かがトクンッと動いた。一瞬感じた不思議な感覚。しかしすぐそれは消えて私は翔くんに声をかけた。


 そこで少し話をして入場ゲートに向かう私たち。先に歩き出した私の後ろから聞こえてきた翔くんの『私服可愛いな』。また、私の中の何かが早く脈打った。しかも、なぜだか翔くんの顔を見ることができず素っ気ない返事をしてしまった。


 その時にさっきの翔くんの姿が私の中に浮かんできて、つい思いが小さく小さく口から出てしまった。





「後輩君も格好良いよ」





 携帯のメモを全部見られてしまったかもしれない。慌てて携帯を隠したけど、どうだったのだろうか。翔くんは見ていないと言っていたけど良く分からない。


 なぜか作ってしまった翔くん用のメモ。しかも翔くんの事を考えながら、色々なものをメモした。素直に一緒に見て、翔くんが気に入った場所に行けば良かったのになぜか恥ずかしく隠してしまった。


 なんだかいつもと違うな。どうしたんだろう。そういう風に悩みながら歩くとお化け屋敷の前にたどり着いた。




 ……何か自分の気持ちが上手く分からないところがあるけど、まずはお化け屋敷を楽しもう!



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