第9話「あなたの答え」


 俺は自分の服装を見返す。変なところが無いか何度も確認しているが、ついついまた確認し直してしまう。もう気になり過ぎてどうしようもないので、無理矢理自分自身に大丈夫だと言い聞かせた。


 それと同じ頻度で髪型もチェックする。スマホのカメラで髪が乱れていないか確認する。もちろん何度見てもいつもの同じ髪型である。


 そんな風にずっとソワソワしながら携帯で時間を見ていた俺に、少し離れたところから声がかけられた。






「あ、おーい、後輩君! こんにちは。ごめん、待たせっちゃったかな?」






 ……初めて見る私服姿の先輩に俺は考えていたセリフが全部飛んでしまった。誰が言ったかは忘れたが『私服で至福』という言葉の意味を俺は今理解できた。




 しかし、まさかこんな日が来ることになったのもあの日、家庭科室で先輩のお弁当を食べた日のおかげだろう。




***




 家庭科室に二人きり。お弁当箱を片付け終えた先輩の方を俺は向いた。


「先輩、あ、あのさ……」


 震える声。緊張しているのが丸わかりだろう。格好悪いが仕方ない。どんなにダメでも勝負するんだ。そう気持ちを決めて強く拳を握りしっかり相手の目を見て俺はゆっくり話しだした。


「えっと、今日はお弁当を用意してくれてくれたり、部屋とかも準備してくれてありがとう」


 先輩の方は静かに俺の話を聞いてくれている。


「それだけじゃなくて、いつも図書館で色々話をしてくれてありがとう。俺は先輩といる時間がすごく楽しいんだ。なんかさ、嫌な事があっても先輩と話をしていると楽になったり、どんなしょうもない話でも先輩と話すと楽しくてしょうがなかった」


 先輩は変わらずにこちらを見ながら、ゆっくりと頷いて話を聞き続けてくれている。


「……それなのに俺は先輩になんにも返せていない。いつも先輩にもらってばっかりで、なのに先輩が喜ぶことができないし、喜ぶことも上手く分かってないし、それが情けなくて」


 ああ、そうだ。自分で改めて言うことで理解した。俺はお世話になっている、いや、好きな女の子に何もしていなかった。





 それは、俺が先輩、春ノ宮 咲に踏み込むのを怖がっていたからだ。





 俺は先輩に近づいて嫌われることが怖かった。失敗して今の環境を変えてしまうのが怖かった。先輩のそばに居られなくなるのが怖かった。


 だから今まで俺は告白をしようとしていたけど出来ていなかった。いや、俺は告白する振りだけをしていただけだった。直接告白する以外にも先輩との距離を埋めることを全然してこなかった。先輩の好きなの物、嫌いな物、得意な事、やりたいこと、夢、小さい頃のこと、先輩の秘密、俺は知らない事が多すぎた。一歩を踏み出せなかった。


 今まではそれで良かった。失敗しないことが一番だった。片思いだけであれば失敗しない。




 ……でも、もう嫌だ。俺は変わりたい。先輩に近づきたい。先輩が好きだ。俺の彼女になって欲しい。




 一つ深呼吸をして、俺は先輩をしっかり見つめて言った。






「だから今度は俺が先輩を幸せにしたい」






 まだだろ、俺。もっと言いたい事を言うんだ。失敗を恐れるな。大丈夫だから。勇気を振り絞れ。ここで頑張んないでいつ頑張るんだ!





「だけど、それだけじゃなくて、もっと先輩と仲良くなりたい。俺は先輩の事をもっと知りたい。……そして、先輩にも俺の事を知って欲しい」





 言った。言い切った。素直に自分の気持ちを言った。胸ももう爆発しそうな程ドキドキしている。自分の気持ちを相手に伝えるのはこんなにもドキドキするのか。


 ……というか、これってもうほぼほぼ告白になってないか。いや、明確にどうなりたいかとか好きとかは言っているわけではないのだけど。


 俺は自分の言葉がどう伝わっているかも分からなくなり、ただただ先輩の反応を待っている。


 その先輩はというと、話を聞いて考え込んでいる。その様子からはこの先どうなるのかどうか全く推測できない。いや、もう推測する必要はない。先輩の返答を聞いて素直に受け止めよう。


 俺は固く握りしめていた拳をさらに強く握り締めながら、先輩の返答を待った。その拳は握り過ぎなのか緊張なのか震えていた。


 その直後、ゆっくりと先輩が話始めた。


「……私はいつも私が本当にやりたいと思っていることをやっているだけだよ。だからそんなに後輩君が気に負わなくて大丈夫だよ。それに私だって後輩君といるのは楽しいし、嫌な事も後輩君のおかげで飛んで行ったことなんてもう両手で数え切れないほどあるよ」


 先輩は俺のこんな焦った気持ちも含めてまずはちゃんと聞いて受け止めてくれた。なんだかんだ言って先輩はちゃんと先輩だった。その姿に素直に先輩としての尊敬を感じた。


「……だから後輩君にそう言ってもらえると本当に嬉しい。ふふっ、なんだか初めて後輩君の心にちゃんと触れられた気がして本当に嬉しいよ」


 心から嬉しそうな表情をする先輩。


「結構私たちって図書館で一緒に話をしてきたけど、まだまだ分からないこととかいっぱいあるよね。後輩君がハンバーグときんぴらごぼうが好きだったり、サッカーを頑張ってたり、こういう風に私の事を想っていてくれたり……」


 先輩はすっと呼吸を一度落ち着けて、思いを伝えてくれた。


「だから、できれば私ももっと後輩君と仲良くなりたいし、私の事も知ってもらって、後輩の事も知りたいと思っているよ」


 先輩はいつものように優しい笑顔を俺に向けながら気持ちを伝えてくれた。


 俺はその言葉を聞いて、気持ちが溢れて涙が出そうになってきた。相手も同じ気持ちだったというのはこんなにも嬉しいことなんだと。例え、俺と先輩で想いの程度が違っていたとしても、わずかでも先輩がそういう風に思っていてくれただけで、俺はどんなことでもできそうな気がする。


 そう思って涙が出そうなのを抑えていると、先輩が首をかしげながら聞いてきた。


「でも、もっと仲良くなるってどうなればいいんだろうね?」


 それを聞いて、今だっと俺は自分の鞄に手を突っ込んでそれを抜き出した。




「先輩、ここに行こう! "ごーごーはっぴーぱらだいす"!」




 俺は先々月にオープンした"ごーごーはっぴーぱらだいす"のチラシを先輩に見せた。



 "ごーごーはっぴーぱらだいす"。娯楽施設、レジャー施設、商業施設等の多様な施設や環境を内包した総合娯楽施設。遊園地かと思えば、アウトドアもでき、買い物やプールさらにはお化け屋敷まで本当に何でもできる施設でオープン以降人気が爆発している。


 今まではこの手の物には全然興味が無かったが、このお弁当の件をきっかけに真剣に先輩に喜んでもらえる方法を考えてこの"ごーごーはっぴーぱらだいす"に行き当たった。


 俺はその日からいつもこの"ごーごーはっぴーぱらだいす"のチラシを持って先輩を誘おうとしていた。今回は本当に良いタイミングで誘う事ができた。


 先輩はというと、さっそく興味を持ってくれた。


「あっ! ここ気になってたんだよね。本物のお化けが出るって噂のお化け屋敷があるんだよね。すごく楽しそうだよね」


 この反応はもしかしてと俺は先輩のもうひと声を待つ。


「そこいいね! うん、一緒に行こう後輩君!」






 いよっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!






 先輩からOKをもらった。えっ、これって現実? 自分の頬をつねる俺。痛い。


 というか、これってもしかしていわゆるデートといういうやつなのだろうか。ただ、好きと告白していないから友人として遊びに行くだけなのだろうか。あぁ、全然分からん。なんでOKもらえたんだ? 俺は一瞬の間に一緒に遊びに行くことの意味を考えて悶えていた。


 恐らくここで告白してしまえば、その答えも得ることができると思う。しかし、このタイミングでそこまで聞く勇気は俺には無かった。


 まずは目の前のこのイベントを成功させなければ。俺の頭の中にはさっきまでの緊張してことなど無くて、もうその事でいっぱいであった。




 ああ、これからもっと楽しくなりそうだ! 先輩と一緒に!




***




 ゆっくりお風呂に浸かりながらあの時の翔くんを思い出す。こんなに緊張している人を見たのは生まれて初めてだった。何も言わなくても緊張が伝わってきて、私も同じくらい緊張した。


 翔くんがゆっくり自分の気持ちを吐露していく。私の話、自分の話、そして私たちの話。私は家族以外でこんなにも私とのことを考えてくれる人と初めて出会った気がする。


 緊張して、上手く話せないけど一生懸命私に向き合ってくれた。そんな翔くんの言葉は私の心の中を満たしてポカポカと陽だまりのように温かくしてくれた。


 そして気になっていた"ごーごーはっぴーぱらだいす"にも誘ってくれて嬉しかったな。早く一緒に遊びに行きたい。私は一緒に遊びに行く日を思うとワクワクが溢れてくる。


 ふと、自分の気持ちをぶつけていた時の翔くんの顔を思い出す。緊張しながらも必死で私だけをしっかり見てくれていた。




 ……格好良かったな。





 無意識に漏れた私の声に私自身驚いた。あれ……、私……、翔くんの事を格好良いと思っているの?


 その思いに気が付くと同時に体の真ん中あたりがぎゅっと掴まれたような苦しい気持ちになる。この分からない気持ちに私は急に不安になった。




 ワクワクの楽しみと未知への不安。それから逃げるように私はゆっくりと浴槽の中に沈んでみた。



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