第7話「お昼ご飯」


 昼休み、俺は学校の購買に向かっていた。お目当ては焼きそばパンとカツサンド。


 どうもサッカーを練習し、併せて筋トレやランニングを始めたせいなのか、最近食欲が増加したみたいでお昼が弁当だけだと足りなくなってきた。早く母さんにもっと量を増やしてもらうように頼まないと。


 一応、昼に買って食べること事はできるため、小遣いが減るのか空腹に耐えるか選ばないといけない。ただ、今日はすでにさっきの授業からお腹が鳴っていたから我慢は難しい。


 俺は早くパンコーナーからお目当ての物を探し出そうとしていると、見知った顔を見つけた。


「あれ、先輩? パンでも買いに来たのか?」


「あ、後輩君。うん、そうだよ。実は今日はちょっと寝坊しちゃってお弁当作るのが間に合わなかったから、お昼ご飯を買いにきたんだ」


 えへへー、と寝坊の失敗を恥ずかしそうに話す先輩。


 くっ、恥ずかしそうな先輩も可愛い。


 出会いがしらの恥ずかしがる先輩の可愛さはヘビー級のボクサーのストレートに匹敵する威力だ。ちょっと恥ずかしいなという雰囲気が小柄な先輩にとてもマッチしていて、失敗を許しつつ若干の嗜虐心を生む。つまり最高だ。


 そんな無意識な仕草は先輩の人柄の良さや本来の素直さとあいまって、好感度が上がるしかない。好きだ。


 俺はそんなストレート級の一発を受けてその場でダウンをとられそうになるが、膝をつかないように必死に根性で体を支えた。


 しかし先輩が寝坊をするのは珍しい気がする。あまりそういう話を聞いたことが無かったから、何かあったのかと心配になり理由を聞いてみた。


「昨日なにかあったのか?」


 先輩は少し頭をぽりぽりと掻きながら恥ずかしそうにして答えた。


「……実は、お姉ちゃんと夜遅くまで心霊動画と甘いものをたくさん食べる動画を見ていて寝坊しちゃったんだよね。特に甘いものを食べる動画が良くて、すごく美味しそうなケーキとかお菓子を投稿者の女の子がパクパクたくさん食べるの! あれを見ているだけで私も幸せな気分になっちゃって、止められずにずっと見ちゃったの」


「なるほど、それで朝起きるのが遅くなったのか」


「うん、そうなんだよね。それでお母さんに朝注意されちゃった」


 いつも規則正しい生活している先輩だから今回のことでそんなに怒られることはないのであろう。むしろ高校生でそんなにきちんとした生活を普段からできてるやつはそういないだろうから、普段の生活を褒めるべきだろう。


「まぁ、たまにはいいんじゃないか。それに、その動画が面白いのがいけないだろ。そりゃ面白い動画があれば見ちゃうって、絶対」


 俺は笑って先輩に返した。


 先輩は俺の言葉を聞いて何か驚いた表情をした後に、優しく笑って俺を見た。


「……うん、優しいね、後輩君は」


 そんなやりとりをした後、俺たちは本題のパンを買いに陳列棚を見に行った。


「あれれ、結構混んじゃってるね。ごめんね、後輩君。私が雑談しちゃったから、混んじゃった」


「別にこれくらいならなんとかなるから大丈夫だ。それよりも先輩はこの混雑だと買いに行くのは大変だろ。俺が一緒に買ってくるよ。何が欲しいんだ?」


「え、それは申し訳ないよ……」


「別にいいから、で、何が欲しいの?」


 先輩は逡巡したが、素直に俺に依頼してくれた。


「んー、それじゃあ言葉に甘えようかな。ありがとね。ではではメロンパンを一つ食べたいかな」


「オッケー、メロンパンな」


 俺は空腹で暴れている野獣共、もとい、食べ物を取り合って混んでいる男子高校生の隙間を縫ってなんとか最後の一個のメロンパンを取った。残念ながら、それと同時に焼きそばパンとカツサンドは売り切れになってしまった。


 まだ甘い菓子パンは残っていたけど、昼に甘いのを食べるのはいまいちなので買うのをやめにしといた。まぁ、弁当である程度腹が膨れるからどうしても足りなかったらジュースを追加で買いに行こう。


 俺は会計を終えて先輩の元に戻った。


「ほら、メロンパン。ギリ最後の一個だったぞ。日頃の行いの良さが出たんだろうな」


「ありがとう、後輩君。……ってあれ、後輩君のパンは?」


「あー、ちょっとタイミングが悪くて買えんかったわ。まぁ、弁当が教室にあるから別に大丈夫だ」


 それを聞いて先輩の表情はみるみる暗くなっていった。


「えっ、それって、私が後輩君の足止めしちゃった上に、メロンパンまでお願いしちゃったからだよね。……本当にごめんなさい」


 心から申し訳なさそうに謝る先輩。


 いやいやいや、話を広げたのももっと先輩と話をしたかったのも俺だし、メロンパンは俺が自主的に買いに行ったわけだし。しかもちょっと格好をつけたかったからだし。


 むしろそんな気にされる方が俺としては困る。できるだけ軽く流してもらうようにさらっと先輩に言う事にした。


「本当に全然大丈夫だから、気にしなくていいよ。それより早く教室戻ってメシにしないと時間無くなるぞ」


 俺はそう言ってみたものの、優しく相手の事を大切にする先輩がそういう面では納得しないことを知っていた。恐らく次に言う言葉はこうだろう。


「んー、でもやっぱり迷惑をかけちゃったから、何か後輩君にしてあげたい」


 やっぱりか、というか先輩は可愛い上に優しすぎんだろ!! 天使か! 天使なのか! ああ、くそっ、そういうところも大好きだ!!!!


 俺は心の中で一通り吠えて思いを解き放った。


 ……スッキリした。それで少し気持ちに余裕ができた。もちろん状況は変わっていないので、先輩に納得してもらって丸く収まる方法を考えてみる。


 何か俺にしてくれると言ってくれた先輩。だったらちょっと俺のワガママを聞いてもらう形がいいんじゃないか。最悪断ってもらっていいし。


 俺は自分の今の最大限のワガママをお願いした。




「それじゃ先輩。今度俺に弁当を作ってきてくれないか? いつも昼飯が足りないから、ちょっとでも作ってくれると嬉しいななんて……」




 最後尻すぼみで格好悪かったけど、なんとか言えた。あー、ドキドキしてる。ってやばいな俺、弁当を作ってもらうとか面倒なこと頼んでしまったよ。先輩困らせちゃったかな。


 俺は頼んだ直後に速攻で後悔した。さすがに負担になるなと思いもっと楽なお願い変えようと言いかけた。


「うん! 任せて! 後輩君のために美味しいお弁当を作ってくるね!」


 先輩は嫌な顔をすることなくすごく嬉しそうに輝いた笑顔を俺に向けて、俺のワガママを聞いてくれた。


「それじゃ、色々と買い物しないと。あっ、その前に後輩君の好みとかアレルギーも聞かないとだし……」


 先輩が目の前でお弁当の事を考えて何かを言っているが、俺の耳には入ってこない。先輩が俺のためにお弁当を作ってくれるという事だけで俺はキャパオーバーしてしまった。


 こんなにも幸せな日があっていいのだろうか。もしかしたら人生の幸運をここで使い切ることになってしまうかもしれない。それでも俺は後悔しない。そんな風に思っている俺に、先輩の追撃。




「それじゃ、たくさん聞きたいことあるからメッセージアプリのID教えてれないかな?」






 はい、俺の幸運を使い切った。でもいい。俺の幸運なんかで先輩のIDを教えてもらえるなら安すぎる。






 なぜID交換することになったのか脳がついて行けず全然分からないが、この機会を逃すわけにはいかない。俺はスマホを何度もポケットに引っかけながら慌てて出した。




 俺たちはこの日初めてお互いの連絡先を交換した。




***




 今日話し合って、次の月曜日に翔くんへお弁当を渡すことになった。だから私は土曜日までにメニューを決めて日曜日に食材の買い出しに行くことにした。


 サッカーの差し入れのことを考えていたので、お弁当を渡すことは全然急な事ではなかった。むしろ渡す自然な機会ができて良かったぐらいだった。


 お弁当の事を考える。 


 初めて家族以外の人、翔くんへお弁当を作るからできるだけ翔くんの好きな物を入れて喜んでもらいたい。そのためにも私たちは今日アプリのIDを交換した。色々聞いて喜んでもらえるものを作りたい。


 そのためにも、私は翔くんへメッセージを送ろうとするけど上手く文章が作れない。なんとか文章を決めても送信のボタンがなぜか押せない。そうしてまた文章を書き直す。


「んー、なんて聞けばいいのかな」


 私がつい独り言をもらすと、お姉ちゃんが私のそばに来た。


「なーに、一人でブツブツ言ってるの? まるで好きな人へ送るメッセージを迷ってるみたいに」


「もう、そんなのじゃないよ、お姉ちゃん。学校の後輩の子にお弁当を作るんだけど、どんなものが好きなものか聞こうとしていただけだよ」


「なら、素直に聞けばいいじゃない」


「そうなんだけど……」


 私自身なんで素直に聞けないのか分からない。




 結局、私はその金曜日のうちに翔くんへはメッセージを送れなかった。なんでだろう。もやもやしながら眠りについた。



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