第6話「青春の黒歴史」


「早く上がれ! こっちフリーだ! 早くっ!」


 走り続けて息が切れる。俺以外のみんなも動きっぱなしでそろそろ体力の限界が近い、それに残り時間も少ない。点数は1-1の同点だから次に入る点が決勝点になりそうだ。


 俺はできるだけ声を出しながらフィールドを走りまわり、相手のマークを外す。それと同時に同じチームの猫宮が絶好のパスを俺に出す。


「犬ー! いいパス出したんだから決めろよ!」


「うるせー猫! そこで俺の最高に格好いい姿見とけ!」


 ディフェンス一人を抜きキーパーと一対一。後ろからは敵チームが迫ってきている。


 緩いボールだとあのキーパーには止められる。俺は、ゴール左上のゴールポストギリギリを狙い渾身のシュートを打ち込んだ。


 キーパーは反応しているが、手が届いていない。あとはボールがゴール左上に吸い込まれていき……みごとゴールネットを揺らした。


「よっしゃああああ! 入ったあああ!」


 俺はゴールを決めると腹の底からの咆哮をあげた。


 敵チームも早く取り返そうと必死だったが、丁度そこで終了のホイッスルが鳴った。


 2-1で俺たちの勝ちだ。





 これは、サッカーに青春のすべてを捧げた男たちが強豪校を倒す劇的な物語……ではなく、よくある体育の授業での紅白戦。





「いやー、やっぱ犬猫ペアは流石だな。最後の流れはマジで格好良かった」


 同じチームのやつが体操着を着替えながら褒めてくる。本気でやっているからこそ見せることができたプレーだった。


 俺たちはいつも体育の試合に命を懸けていた。他のことは何も考えずプレーに集中していつも全力だった。


 ……ちょっと嘘をついた。本当はクラスの女子に格好良いと言ってもらいたいから頑張っているという気持ちも少しある。高校生男子ならそれは仕方ないはず。


 ちなみにうちのクラスはサッカー部がほとんどいなくチームバランスはほぼほぼ均等だから、俺がずば抜けて上手いということは特にない。


 そんなことを考えながら体操着を着替えていた俺に元気で少しうるさいくらいの声をかけてくるやつがいた。


「俺と犬が組めばこれくらいよゆーっしょ!」


 ちょっと面倒くさいやつが勝手に俺の肩に腕を回し肩を組んできた。


 猫宮 悠(ねこみや ゆう)。小学校からの腐れ縁。親友のようなライバルのような絡み方がちょっと面倒な幼馴染。


 いつの頃だか、俺の事を『犬』と呼んできたので『猫』と呼び返したら本人がいたく気に入ったようでその名前で呼ぶことを押し付けられてしまった。


 面倒な所はあるが基本的にいい奴で無害なので程よい関係を築けていると俺は思っている。


「ところで犬、さっきのゲームだけど、うちらの声が大きかったから校舎から結構チラチラ見られてたっぽいな。 これでうちらは有名だな!」


 ただ、基本アホでもある。


 この後、クラスの奴や他のクラスの奴からサッカーの咆哮でいじられた俺と猫宮。




***




「ねぇねぇ、後輩君って今日外でサッカーしていた?」


 俺が図書館に着いて席に座るなり、先輩が聞いてきた。


 これは今日の俺らの体育を見ていて確認しているのかもしれない。だとしたら、ちょっと恥ずかしい。雰囲気にのせられてゴールを決めて大声を出してたの見られてたとしたら最悪だ。やんちゃ丸出し過ぎて恥ずかしい。


 だが、さすがに嘘をつくわけにもいかないから素直に答えた。


「ああ、体育の授業で。……もしかして見てた?」


 どうか見てないで! 最悪、大声出していない所を見ててくれ! 俺は一番見られたくない相手がどうか見ていないことを心の中で祈った。


 先輩はニッコリ笑って、サムズアップした。


「うん、見てたよ! 後輩君、シュート決めてたよね! ナイッシュー」


 神は俺を見放した。なんで俺は最後にあんな浮かれちまったのか、過去の自分を吹っ飛ばしたい。しかし、まだ全部見られたというわけでは……




「あと、シュート決めた後は大きな声で叫んでたよね。こっちの教室までちょっと届いていたよ」






 ああああああああ、くろれきしいいいいいいいい。もうサッカーなんてしないいいいいい。なんでよりにもよって先輩に聞かれちゃったんだよおおおおお。






 心の中の俺はのたうち回り号泣していた。俺のHPはすでにゼロになっていてゲームオーバーだ。現実世界でも視界が真っ黒になることを俺は初めて知った。


 そんな俺を前に先輩は少し興奮したようにいつもより少し大き目な声をで言った。






「それでね、その姿全部含めてすっごく格好良かったよ!」






 思わぬ言葉を言われた気がして、心の中でのたうち回っている俺が一旦止まった。


 ん? 今、先輩は格好良いって言わなかったか? 死んでいた俺の体の方もピクリッと動いた。あれれ、もしかして試合でゴールを決めて咆哮をあげた俺はただの痛いやつじゃなくて、スポーツできる格好良い男子だったのでは?


 枯れかけの花に水を与えたかのように、俺の目にはじわじわと活力が戻り、褒められているという自信で体にも元気が戻ってきている。


 しかし、俺は今まで経験からこの先の展開が段々と読めるようになってきた。今までも結局自分の思っていた予想とは全然違ってきているので、今回もそうであろう。


 つまり、こういうことだ。


 先輩は教室で俺たちのサッカーを見ていた。その時に先輩の友達も見ていて、後でその話題になった。その時にその友達が『サッカーをしている時だけ男子って格好良くみえるよね』みたいな話をして、それを聞いた先輩はそれの話の『格好良かった』だけを先に伝えているという形。


 だからこの後に待っているのは、この発言は先輩のものではなかったり、俺向けではなくサッカー男子全般やチームの全体の話だったりというオチであろう。


 俺はこの後来る話のオチを待った。気持ちを落ち着けて待った。素直に受け止められるように覚悟を決めて待った。




 ……しかし、なぜか先輩の補足説明が入らない。もどかしくて俺から素直に聞いてみた。




「えー、先輩。 その格好良かったてのは友達が言ってた話とかだよな? それか格好良かったのってチーム全員とかだよね?」


 俺の話を聞いた先輩は一瞬キョトンとしたがすぐさま否定した。


「え、違うよ。格好良かったって思ったのは私だし、格好良かったと思った相手は後輩君だよ」


 思っていた予想と全く逆の事を言われてフリーズした俺。


「後輩君、シュート決める前も決めた後も、最後に大きな声出したのも、すっごく男の子らしくて格好良かったよ」





 サッカーさいこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! うおおおおおおおおおおめっちゃ嬉しいいいいい! やったああああああああ!





 試合で勝った以上にテンションが上がった俺。悶える。今までサッカーの授業を本気でやってて良かった。


 好きな人に褒めてもらうとこんなにも嬉しいものだと俺は初めて知った気がした。しかもちゃんと男として褒められていることも今までとは違う段階にきているんじゃないかという想いも膨れ上がってきた。


 ……これってかなりいいチャンスなんじゃないか。ここ最近はだいぶ先輩との距離も近づいてきた気がするし、今、告白チャンスなんじゃないか。


 そう思うと急に心臓がバクバクと脈打つような感じがしてきた。緊張してきつく握り拳を作っている俺。そんな俺に先輩が小さくはにかみながら一言言った。




「だから次の試合も頑張って格好良いところ見せてね、応援してるよ」




***




「お、おい犬ー! どんだけ練習に付き合えばいいんだよ! 俺らはサッカー部じゃねえだろ!」


「うるせぇぞ、猫。俺らでまた最高のチームプレーを目指すんだよ。だから今は練習あるのみだろうが」


「……よくわかんねぇけど、その熱いパッション受け取ったぜ! こいよ相棒、俺たちで世界を取りに行こうぜ!」


 俺はあの日から時間があれば猫宮とサッカー練習をするようになった。何か大事な事を忘れている気がするが先輩のために俺はサッカーにすべてを捧げる。


「サッカー最高だ!!!!」




***




 最近、翔くんはずっとサッカーを練習している。サッカー部員でもないのにあんなに練習するなんて、よほど好きだったみたい。よし、今度何か差し入れしてあげよう。翔くんは何が好きなのか。今度聞かなくちゃ。


 私は昼休みにグラウンドでサッカーをしている翔くんを見かけ、自然とそういう気持ちになった。


 今までは家族のためにお弁当を作ることは多かったが、家族以外に作ることが無かった。次のお弁当は翔くんだけを思って作るお弁当にしよう。




「頑張れ、翔くん!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る