第3話「帰り道ハザード」
「最近よく思うんだけど、学校からの帰り道っていつも同じで飽きてくるっていうか、なんかこう刺激が欲しくなるときってない?」
俺の唐突な質問に先輩はきょとんとした顔でこちらを見てきた。
「んー、そうだねー。確かに基本的には急激に変わらないもんね。ただ、毎日は変わらないのだけど、私は季節の変わり目の気温とか街並みとかすれ違う人の様子が少しずつ変わっていくのは変化を感じられて楽しいかも。こう、『最近みんなの服装が変わってきて、冬っぽくなってきたな』みたいに」
先輩は俺の妙な話も拒絶したり馬鹿にしたりしないで優しく聞いてくれる。良い人過ぎんだろ。
「確かに、冬だとイルミネーションとか飾りつけてあるとワクワクしてくるしな。でも俺としては、もっと短期間で変化というか刺激を感じたいんだよな」
「ふふっ、そういう元気な所は後輩君っぽくて良いね。それじゃあ、なにか刺激を得られる方法を考えてみようかな」
俺と先輩は帰り道を刺激的なものにする方法を考えた。
「帰り道のルートを変えてみるのはどうかな? 毎日違う道を通ってみると景色が変わるかも」
「実はそれはもう試してみた。結果、俺の家までは結構一本道で通る道の選択肢がほぼなかった。いっそ全然違う遠回りをしてみたんだけど、中々の遠回りでちょっとしたウォーキングになっちゃったよ」
「んー、そっか。じゃあ、美味しいお菓子屋さんに寄るとか。今日はここケーキとか、この日はここの大福とか」
「それは非常に魅力的な案だけど、俺の財布の中身がもたない。そもそも小説の新刊も泣く泣く選定して買ってるぐらいだしな」
「そうだよねー。難しいな」
先輩はこんな俺の大したことない悩みも真剣に考えてくれる。本当にこの人は優しい。
俺のことで悩んでくれる先輩に何か恩返しがしたいと思った。特別なことはできなくても何かしらの恩返しをしたい。恩返し。先輩が喜ぶこと。読書とホラー。ホラー。
その瞬間、閃いた。俺の悩み解決と先輩への恩返し方法を。
「そうだ、ゾンビ、ゾンビが出てくる!」
つい声を出してしまった俺。ここが図書館であることを忘れていて、慌てて口を手でふさいだ。勢いに任せてやらかしてしまうところがあるから気を付けないと。
それから少し経ち、俺が落ち着いたのを見計らって先輩が俺に聞いてきた。
「ゾンビ? ゾンビが出てくるってどういうこと?」
俺が言った内容が分からなくて疑問に思っているようだが、ホラー要素を感じたのかワクワクした様子で聞いてくる先輩。
あー、もー、そんな遊んで欲しそうに尻尾を振っている犬のように話に食いついてくれる先輩が可愛いいいいい。ちょっとじらしてみたいという悪戯心を抑えながら先輩に説明する。
「帰り道を変更せず、お金をかけなくても刺激を得られる方法。それは『帰り道にゾンビが出てくる設定』で帰る! これだ」
もちろんこれだけでは伝わらないから先輩へ詳細を説明する。
「ほら、ゾンビが街中に溢れて主人公たちが協力し合ってその街から逃げだすみたいなゲームとか映画とか見たことないか? 建物の窓を突き破ってゾンビとかが襲い掛かってきたり、思いもしないところからゾンビが現れてビックリさせられるやつ」
「うん、見たことあるよ。シリーズ化されて人気だよね」
「そう、それを実際に体験しながら家に帰宅すれば刺激的な日常になりそうだろ」
先輩は一瞬だけ思案顔になったが、すぐに内容を理解してくれた。
「つまり、帰り道の途中にある草陰から何か出てこないかとか、建物の隙間から何か襲い掛かってこないかっていうのを想像する感じかな? あってる?」
首をかしげながら俺に尋ねてくる先輩。
かわああああああああああああああああ。先輩の首かしげ可愛いいいいいいい。なんだこの生物。可愛さで俺を殺しにかかってきている。即死だ。
なんとか生存しているうちに答える。
「ああ、そんなイメージだ。 そういう風に考えると大して代わり映えしない日常がスリル満点の世界に変わるだろ」
「うん、それ楽しそうだね!」
先輩は笑顔で同意してくれた。しかし、すぐに少し困った顔をした。何か嫌なことがあったのかと思い俺は先輩に尋ねた。
「なんかダメな所あったか? さすがに想像だけではカバーできないから、あんまり楽しくなさそうか?」
それを聞いて先輩はすぐに手のひらをこちらに向けながら横に振って否定した。
「ううん、そうじゃないの。むしろすごく面白そうなんだけど……」
一度言葉を切って深刻そうに切り出した先輩。
「あの、私って帰り道一人なんだよね。それで帰り道に何か出てくるって思いながら帰ると思うと怖すぎて帰れなくなりそうだなって……」
そう、先輩はホラー系が好きなのだが、得意ではない。むしろ人よりも怖がりである。不思議な事に。
だから、このゲームをやることに二の足を踏んでいるようだ。ちなみにいつもホラー映画や心霊動画を見る時は先輩のお姉さんと一緒に見ているらしい。
内容的には良かったが、先輩の怖がり加減を考慮しきれていなかった。せっかく恩返しをしようとしたのに失敗した。
俺はなんとか他の案をがないかと考え始める寸前、先輩は俺に言ってきた。
「……だから、一人でこのゲームをするのは怖いから、後輩君がそばにいて一緒にやってくれるなら、たぶん大丈夫だと思う」
世界から音が消えた。俺の思考は真っ白になり完全に停止した。
エ、センパイハ、ナンテイッタノデショウカ。オレ、ゼンゼンリカイデキナイ。ドウスレバイイノデスカ。カミサマオシエテ。
先輩の一言で、錆びついたロボットのような動きで混乱していた俺。いや待て、今のってつまり、一緒に先輩の家まで帰るってこと……? 二人っきりで? それってまるで……。
「あっ、でも後輩君のお家と私の家ってちょっと方向合ってないよね。 それならやっぱり」
「いや、全然大丈夫! 提案したの俺だし、実際に二人で設定を試してみて修正点の洗い出しとかも必要になってくるだろうし! 仕方ない、俺以外に誰もいないんだから、仕方ない!」
俺は意味不明な説得で先輩と帰れる機会を保守しようとした。これだけは、この機会だけは何があっても死守してやる。胸の中では今まで見たいことの無いような炎が燃えていた。
「そこまで言ってくれるなら、それじゃ……」
あと一言、その時に先輩の携帯が鳴った。
「あっ、お姉ちゃんからだ。ちょっとごめんね」
電話に出るために席を外す先輩。少し離れた所でお姉さんと何やら話し込んでいる。そうしてすぐに戻ってきた。
「あ、後輩君。 今、お姉ちゃんから電話があって、今日は一緒に帰ろうって。だから後輩君は遠回りしなくて良くなったよ!」
笑顔で残酷な宣告をしてくる先輩。そんな俺にできることは一つ。
「ソ、ソレハヨカッタ! オレハヒトリデ、コノゲーム二キケンガナイカタシカメテミルカラ!」
できる限り自然な表情でありもしない危険がないかを確認することを告げた。
そして心の中で全俺が泣いた。
***
私はお姉ちゃんの車に乗って家に向かっている。途中買い物をはさんでいて、夕飯のデザートを買ってもらった。
「へーっ、イマドキの男子高校生って変なこと考えるのね。というか、咲も良くそんなのを了解したわよね。私からすると全然面白くなさそうなんだけど」
今日の面白いゲームの話をお姉ちゃんに話をしていた。どうもお姉ちゃん的にはヒットしなかったようだ。
「それにいくらそのゲームしたいからって、その男の子と一緒に帰るのは特に気にしないの? 咲はたまにそういう所ぽけーっとしてるから、心配」
私は単純に翔くんと一緒にそのゲームをしながら帰るのは楽しいだろうなとしか考えていなかった。
そんな私の視界に一組の男女が映った。仲良くしていて恐らく付き合っていそう。その二人は楽しく笑い合いながら帰宅していた。手をつないで。
無意識に私はその二人に私と翔くんを重ね合わせていた。……楽しそうだな。
すぐに車は二人を抜き去り、私たちの家に向かっていった。途中、赤信号で車が止まって私に話しかけようとしたお姉ちゃんは、少し驚きの声を上げた。
「咲、なんか顔赤いけど大丈夫? 具合悪い?」
「え、そんなことないけど? なんでだろう?」
私はなぜ顔が赤くなっていたかは家についてからも分からずじまいだった。
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