第2話「一生のお願い」


 放課後、俺が図書館のいつもの一角に行くとすでに先輩は席に座っていた。俺もすぐにいつもの定位置に座った。


「すまん、クラスの奴らと話をしてたら来るのが遅くなった」


「あ、こんにちは、後輩君。ううん、全然大丈夫だよ。それに別に何かの取り決めがあるわけじゃないんだし」


 先輩は顔を読んでいた本から俺の方に向けて挨拶をしてくれて優しく迎え入れてくれた。


「それよりも何か盛り上がる面白い話題でもあったの? 話題の本とかビックリ心霊動画とか?」


「残念ながら、その両方じゃない。というか先輩は本当にその二つが好きだよな」


「そうなんだよね。本はお母さんが好きだったのが影響しているのかも。でも心霊動画とか怖いのが好きなったのはなんでか全然分からないんだよね。実は前世が陰陽師説が濃厚?」


「いや、絶対そうじゃないだろ……とは言い切れないけど、って、話したかったのって俺とクラスの奴との話題だろ。急激に話題が脱線し過ぎて忘れそうだったわ」




「あはは、ごめんね」




 ……くそっ、そんな笑顔で謝られたらどんな世界レベルの問題でも許してしまう。まあ、そもそも怒っていなかったけど。ああ、今日も先輩可愛すぎる。


 一度脱線しかけた話題が戻ってきたのに、俺の脳内が違う方向に飛んでどうする。小さく深呼吸して落ち着きを取り戻す。


 幾分か落ち着きを取り戻した俺は話しの続きに戻った。


「クラスの奴が授業中にノートをとってなくて、ノート写したいから俺のを貸してくれって頼まれたんだよ。別に貸すことはどうでも良かったんだけど、頼んできたやつが『一生のお願い』って言ってきてさ。お前は一生のお願いをここで使うのかって話になって」


 聞かれたから先輩に話をしたがあまりにも内容がしょうもなさ過ぎて申し訳なくなってきた。サクッと話を終えようと手短に続きを話した。


「そもそもそいつ、前にすでに『一生のお願い』を俺に使ってたんだよ。それで二回目じゃねえかってふざけ合ってて、最終的に今回はジュース一本で手を打つことになった」


 話し終えて先輩を見ると、何かを考えこんでいるようだった。やっぱり話がつまんな過ぎたか。ちょっと今日は告るような雰囲気ではないな。俺は違う雑談を話そうと考えていると先輩が真面目な顔をしてこっちを見てきた。


「ねぇ、後輩君。もし一回しか使わなかったら『一生のお願い』でなんでも聞いてくれるの?」


 どうも先輩はクラスの奴のことではなくて、自分で『一生のお願い』を使うならということを考えていたようだ。


「まあ、俺ができる範囲だったら」


 さらっと表情を変えずに俺は先輩に答えた。


 内心では、一回目じゃなかろうが、どんなに難しいことだろうが先輩のお願いならなんでも聞くぜ!と叫びたい気分だった。むしろ他の奴に頼んだら落ち込むぐらいの勢いで。


 当然、そんなことを言ったら引かれるだけなので、俺は心の中で叫ぶぐらいで抑えておいた。


 そんな俺の心の暴れっぷりを知ってか知らずか先輩は違う爆発を投下してきた。





「それじゃ、私も『一生のお願い』を使っちゃおうかな」





 先輩が俺に一生のお願い? え? 今? どんな?


 内心パニックになっている俺だが、できるだけそれが出ないように先輩に聞いた。


「ふ、ふーん。どんな願いなんだ?」


 俺は先輩の返答を一言も逃さないように全神経を集中させていた。






「それは、これからもずっと後輩君とこういう風に色々な話をして一緒に楽しい時間を過ごしたい……です。……どう、かな?」






 上目遣いで俺を見つめてくる先輩。


 それを聞いた俺は、今天国にいた。えっ、あんなつまらない雑談からこんな奇跡の神イベントに変わるなんて人生何が起こるかわからねえ。とりあえず腕をつねってみたけど、幸せ過ぎてなんも痛くない。


 それに加えて、お願い事だからか後輩の俺にも敬語で聞いてくる先輩が可愛すぎる。というか上目遣いは反則だろうがああああああああ。


 脳内に溢れ出す幸せ成分。脳内がスーパーフラワーガーデン。そんな極上の幸せに浸っている俺ではあるが、まずは深呼吸をして落ち着く。迫りくる現実を受け入れるために。


 ……俺は今までの経験から先輩の意図がなんとなく分かっている。先輩は男女の意図ではなくて、本当に単純に俺と話すこの時間が好きなのだろう。


 結果として俺が願っているものとは違うけれど、まず先輩がこの空間と時間を好きでいてくれてるってことが分かっただけでもめっちゃくちゃ嬉しい。だから俺は先輩にこう伝えた。




「別にそんなのはお願いなんかしなくてもいいよ。俺も先輩と話すのは楽しいから、お願いなんかなくても一緒に雑談しよう」




***




 夜、自分の部屋で勉強をしているとお姉ちゃんが部屋に入ってきた。


「咲はすごいわね、毎日ちゃんと勉強して。でも疲れるでしょ。もっと肩の力を抜きなさいよ。それと前に貸してくれた小説の続き借りていい?」


「お姉ちゃんはなんでも簡単にこなしちゃうからいいけど、私みたいな普通の人はちゃんとコツコツ勉強しないといけないの。あっ、本面白かった? 良かったー。うん、読んで読んで」


「ありがと。ところで最近は学校はどう? 嫌なこととかない? なにかあれば私がソイツをぶっ飛ばすから」


「あはは、ありがとう。うん、学校は楽しいし、嫌な事もないよ。なんだかお姉ちゃんはお母さんみたいな質問するね」


「ま、嫌なことがなければ良かった。ほら、咲はすごく優しいじゃない。だから人に何かを押し付けられてたりしてないかなって思って。逆に、咲は誰かに押し付けるというかお願いすることも苦手でしょ。良い所でもあるけど、ちゃんとお願いしてもいいなって人を見つけておかないと今後苦労するわよ」


「んー、確かに人にお願いするのは苦手だけど、ちゃんと頼める人はいるから大丈夫だよ」


「そう、それなら良かった。それじゃ本借りてくね。早く寝なよ、おやすみ」


「うん、おやすみ」


 お姉ちゃんは私の部屋から出て行った。


 私は今日なぜか翔くんから『一生のお願い』の話をされてついつい使ってしまった。結果として、お願いは受理されなかったけど、お願いしたことは叶ったけど。


 昔から他の人に何かをやってもらったり、自分の希望を押し付けたりするのは自分の性に合っていないと思っていて、そういう事はしてこなかった。


 ただ、今回はなぜか翔くんには素直に自分のお願いを伝えてしまった。なぜそうしてしまったかは今でも分からないけど、こんなに強く素直にお願いしたいと思ったのは初めてだった。




 結局なぜかは分からないまま、私は勉強の方に意識を戻した。



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