放課後に雑談しながら告るタイミング見計らう俺とその無意識な可愛さで告らさせてくれない先輩

森里ほたる

第1話「新しいノート」


「新しいノートの使い始めって綺麗に書きたくなるんだけど、結局その後が続かないんだよな」


 ほとんど人がいない放課後の図書館。その一角、俺と先輩はいつもの席に座っている。そしていつものように本を読んでいる先輩に俺は特に実りの無い話題を振った。


 先輩は読んでいた本から視線を俺の方に移して、相づちを打ってくれた。


「あー、そうかも。 私も最初の方は色々な色ペンでマーカーして気合い入れてるのに、段々手間になってきちゃって同じ色しか使わなくなるんだよね。 だから使いかけの使い所が分からないペンがたくさんストックされちゃって、ペンケースが膨らんじゃってる」


「だよな。 俺も時間かけて最初は綺麗な字で書くんだけど、板書を写すのが間に合わなくなって結局殴り書きになっちゃうんだよ。 それに俺の絶望的な美術センスのせいで、フリーハンドで描く図形がガッタガタの現代アート過ぎて綺麗なノートは諦めだ」


「ふふっ、後輩君は絵描くの苦手だよね。 前、一緒に黒板に猫を描いた時があったの覚えてる? その時の後輩君が描いた猫は足が五本あってすごく面白かった。 それと鳥を描いた時も羽が変な位置に付いてて、『これ本当に飛べるの?』って二人で大笑いしたよね」


 先輩は口元に手を軽く当てながら楽しそうに笑っている。少し明るめのブロンド色のボブが先輩が笑うのに合わせてわずかに揺れる。


 俺はそんな先輩に目を奪われる。


 静かに本を読んでいる凛とした先輩の姿も好きだけど、こういう風に笑った顔も大好きだ。いつも見つめ過ぎは良くないと思ってはいるが、どうしてもその変わる表情一つ一つを取り逃したくなく俺は見つめてしまう。


 ひとしきり笑った先輩はそのクリっとした目でこちらを見つめてきた。


「どうしたの後輩君? ……もしかして怒っちゃった? 悪口のつもりじゃなかったんだけど嫌な思いをさせちゃったら、ごめんね?」


 少し困ったような申し訳なさそうな顔でこちらを見ながら言う先輩。そんな先輩を見た俺。






 ああああああああああああ、先輩いいいいいいいい! 可愛い過ぎるうううううう!!






 心のなかで盛大に叫んでいた。


 俺、犬宮 翔(いぬみや しょう)は先輩、春ノ宮 咲(はるのみや さき)が好きだ。


 ずっと前から秘めていたこの思いを今日こそは伝えようとしている。だが、なかなか切り出すことができない。別にお互いの事をあまり良く知らなくて切り出し辛いということは無いが、いざ告白しようとすると緊張して言葉にできない。


 実は、この言い出せない状況はしばらく続いている。色々試してみたが結局告白できず、俺はなんとか告白できるようなきっかけがないかいつも悩んでいた。


 そんな俺は最近、『雑談から話を進めてリラックスしてから本題を切り出すと上手くいく』という情報を得た。どうも有名な人物が言った言葉で、それの内容が書籍化されてそこそこ売れているそうだ。


 それを聞いた瞬間、今まで足りなかったのはこれだと確信した。実践あるのみと少し前から雑談から始めて告白までつなげようと思っているのだが、中々上手くいかない。


 それもこれも先輩のせいだ。


 今日の場合は先輩の優しく笑う姿に心臓がもう動作停止寸前だったのに、先輩が困った顔してこっちを気にしてくれたのに耐えられるわけが無かった。


 こういう風に、いつも先輩は俺の心臓を止めに来て告白所ではないのだ。


 そんな風に今回も敗北を感じていると、先輩がまだ困った顔をしている事に気が付いた。俺が脳内会話を楽しんでいて何も返事をしていなかったからどうも本気で心配させてしまったようだ。


 それだけはなんとかしないとと思い、俺の心の内がバレないようにぶっきらぼうに答えた。


「別に怒ってねえよ。 先輩と絵を描けたのは俺も楽しかったし。 ……また今度一緒に描くか」


「うん! また一緒に描こうね! でも次は何を描こうかな? 動物は描いたから今度は違うのを描きたいよね。 あっ、そうだ、後輩君の好きなもの教えて?」


 先輩の可愛さで表情がゆるゆるな俺はそっぽを向き続けたまま、なんとか表情がバレない事だけを意識して話を続ける。


「あー、俺の好きなものか。 なんだろ。 そう言われると全然出てこねえな」


「そんな難しく考えなくて大丈夫だよ。 パッと浮かんできたものを答えればいいんだよ」


 会話の中身に頭を使っていなかった俺は素直にパッと浮かんだものを言った。言ってしまった。





「じゃ、先輩」





「えっ?」


 先輩の返事が珍しくビックリしたものだったから、会話の方に俺の脳が使われ出した。


 ……ん、俺、今なんて言った? ってえええ、なんか頭回らなさ過ぎて素直に本心伝えてしまった。やばい、先輩がよく読み取れない表情でこっちを見ている。


 どうしよ、流れが唐突過ぎて混乱してきた。でも流石に無視するわけにもいかない。


 俺は心を決めてこう話すことにした。





「……の持っている本」





 はい、誤魔化しました。でもこれは仕方がない。自分に言い訳をしていると先輩が納得したような表情で話を続けた。


「あ、これね! さすが私と同じ本好きの後輩君だ。 私もこの本が大好きで何回も読み返しちゃってるんだよね。 それにお絵描きするなら本は比較的描きやすいしね」


「まあ、そんなところだ。 さすがに絵を描くのはまた今度で」


 そこで会話が途切れてしまった。焦り過ぎてもしょうがないし、今日はこれぐらいにしておこう。


 結局、それから二人はそれぞれの読みたい本を読んでいると、学校のチャイムが鳴った。それをきっかけに自分の鞄に本を片付け始める。


「それじゃ、そろそろ帰るか」


「そうだね、それじゃ帰ろうか、後輩君」


 二人で校門の所まで一緒に行き、そこで分かれる。


「また明日ね。じゃあね、後輩君」


「おう、気を付けて帰れよ」


「ふふ、いつも気にしてくれてありがとね。 じゃあ、バイバイ」



 帰り道、一人反省会を開くのがここ最近のルーティンになってしまっていた。


「ああっ、あそこでなんで本が好きなんて言ったんだよ! 素直に言っちゃえ良かったのに、マジで俺は……」


 冷静になるとあそこは攻め時だったのではと後悔するがもう遅い。


「ちなみに、俺が『先輩』って言った時の先輩の顔はどういう表情だったんだろう。 って考えてもしかたねーか。 あー、腹減った」




***




 私はお風呂に入りながら、今日の図書館での出来事を思い出していた。



『じゃ、先輩』



 あの時、後輩君、翔くんが『先輩』って言ってくれてビックリした。てっきり私の事かと思ってドキッとしちゃったの恥ずかしいな。


 でも翔くんにもし本当に好きって言われたらどうしよう。


 そんな変な妄想をしていると、お母さんが声を掛けてきた。


「咲ー、いつまでお風呂入ってんの。 見たいテレビがあるんでしょ。 早く上がりなさい」


 そうだ、今日は私の好きな『世界の心霊映像集めたよスペシャル』があるんだった。私はお母さんに返事をして、お風呂を上がる準備を始めた。




 明日も翔くんとたくさん話せるといいな。



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