第4話

 圭と出会ってから最初、煩わしかった気持ちも徐々に消えてきた。

 すでに休日の日課になった圭とのドライブ。いつものように電車に乗り、いつものように愛車に近づけば、2人いた。

 1人は圭だが、もう1人は知らない人物。圭とそのもう1人は言い争っている雰囲気だ。

 30~40くらの年か? 見逃すことはできない、俺はすぐに2人の元に走って行った。

 圭ともう1人。俺は頭を下げた。

「あなたがこの車の所有者ですか」その人は手のひらを俺の車に向けた。

 どうしようか。わざわざこんなこと尋ねるのは、ガソリン車だって知ってるってことかな。

 ただ嘘を吐くわけにもいかない、悪いことをしてるのはこっちだ。

「はい、すみません」肯定と謝罪を同時に言う。圭が心配そうにこちらを見ている、どうしようか巻き込みたくないが。なんて言えばいいだろう。

「圭さん、お父様も心配しています。あまり遅くまで出歩くのは」

「わかってる」珍しく怒ってる雰囲気をにじませている。

 2人の会話は途切れ、沈黙と気まずさが漂う。さっきの会話と目の前にいる人について考えてみた。

 圭さんとお父様か……目の前の人は、見た感じスーツを着た男性だ。スーツはちょっとだけ崩れて、ビジネスシューズと裾には土埃が少しついている。

 執事か秘書か、少し考えるが答えは出そうにない。

「すみません、この子のことで何か問題があったのなら私の責任です」

 俺はかいつまんで、目の前の男性にこれまでのことを話した。話している最中、圭はしきりに俺をかばってくれた。

「そうですか……圭さん帰りますよ」男性は圭の手を取る。

「すみません不躾なお願いだと思いますが、この子と少し話をしてもいいですか」自然と言っていた。たぶん今、圭を帰したらもう会えないんじゃないかと直感で感じていた。

 男性は動きを止め、圭を見た「……分かりました、ただし私に見える範囲でお願いします」ありがとうございますと言い、圭に近づく。

「話すなら車の中でしたい」圭はそう言って、俺はうなづいた。車に乗りエアコンをつける。

 少し遠くから俺たちを見ている男性。俺は視線を圭に向ける。

「ごめんなさい僕のせいで」視線を向けた瞬間に圭は頭を下げた。

「気にしてないよ。圭が謝る必要もない……ただ時間が来ただけだよ、楽しいことはいずれ終わる」ここ数か月は本当に楽しかった、今までよりも。

「ただ聞きたいことはある。あの人は誰? あと圭のことも」

「うん話すよ、遅くなってごめん」ぽつぽつと圭は話す。

 圭、フルネームは青木圭、青木木下の子供。

 最初聞いたときピンとこなかった。しかし、聞けば聞くほど今の俺には関係があった。

 圭によれば、青木木下は議員らしい、しかも自動車関連にも影響がある。

 監視している男性はその秘書らしい、名字は立花。

「僕の父は表向き、電気自動車普及に貢献した人間になってる、もっとも父の代から受け継いだものが大きいけど。それでもその功績は間違いじゃない。裏でこういった車を集めてるクズじゃなければ」珍しく罵倒を口にした。こういったとは、有害ガス排出する車のことだろう。



 俺は黙って圭の言葉を待った。

「僕がここに来たのも嫌になったから、大人って汚いなとかそんな……それだけじゃないな。ほんとはもっと子供っぽい理由、だから言いたくなかった。けどこれ以上隠すのはだめだよね……親がうるさいんだ、家柄とか将来とか、そんなまっとうなことを言ってるのが無性に嫌になった、どの口でって。……ただ僕は逃げてるだけなんだよ」

「大人でも逃げる人間はいるよ、それが悪いわけじゃない」慰めになるか分からん言葉を投げる。かくいう俺もその予備軍みたいなもんだろう。

「クズだからなんて自己弁護なんだよ。大した理由なんてないんだよ」

 不安を吐露する圭に少し安心した自分がいる。暴力とかをされてるわけじゃなさそうだ、さっきの人も優しそうだったし。

 圭は一通り喋り、少し疲れている様子だ。

「前に俺が車に乗る理由言ったとき、あれ嘘じゃないけど今の理由じゃないんだよ。似たような理由だよ、逃げてるんだ俺も、この車に乗ってるとさ思い出すんだよ昔のこと。ばあちゃんと一緒に乗ってた思い出が……酔っていたかったんだよ」前に圭が言っていたことを思い出した。「懐古主義なの」と、そのとき違うと言ったが、合っていたかもしれない。俺は昔が好きだ、今よりも。

 圭は下を向いたまま「そう」と一言呟いた。

 何分経っただろう。お互いに喋らず、エアコンの音だけが響く車内。監視をしている人は頻繁に手首のモニターを見ている。

「そろそろ出るか」圭を促し外に出る。エアコンがかかっていた車内とは違い、外は暑い。さすがに待たせすぎたかもしれない。

 急いで男性の元に行こうとすると「ねえこの日にまた来て」紙を手渡される。

 渡された紙も気になったが、ひとまず男性の所に行った。

 謝罪を口にして、圭はその人と一緒に帰った。

 帰る間際に男性、立花さんが「圭さんに感謝したほうがいいですよ」と言った。何のことか分からなかったので深くは考えなかったが。

「はぁー」心の中で済まそうと思っていたため息がつい口に出てしまった。

 ぽつんと止めてある車を見る。捨てられるだろうな、あるいは圭のお父さんのコレクションになるか。

 それに俺もどうなるか。くしゃと紙を握る感触で圭から渡されていたメモを思い出す。

 くしゃくしゃになった紙を広げるとそこには日付と、車のことと広さん自身のことは心配しないでください、と書かれていた。

 ん? 心配するなって。紙に書かれたことは気になったが、いつまでもここにいるわけにはいかない、足早にその場を去った。

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