第3話
出会った日からちょうど2か月ぐらい経ち、互いのかたさも薄れ始めたころ。
車の冷房と窓から流れてくる生暖かい空気、両方が体をなでる。聞こえてくるセミの鳴き声でさらに夏の様相は高まった。
「窓閉じないの?」
「この感じが良いんだよ、夏って感じがするだろ」圭は景色を見ながら変なのとつぶやく。
「そんなに自然見るんだったら外出るか?」
「出たい!」思いのほか乗り気だな。
車を端に寄せて止める。
外に出ると道路の周りが木や草で囲まれているおかげか、あまり暑いと感じない。ただ単に、心理的にそう思ってるだけかもしれない。
圭も俺に続いて外に出た「こんなとこに止めて大丈夫なの」大丈夫だろうと言うと「免許持ってるのに雑だなー」と言われた。
それを言われるとちょっと痛い。
「人が来ない場所選んでるから大丈夫」目に見えて怪訝な顔をされた。
これ以上圭に何か言われる前に、とっとと行こう。
道路のすぐ側にある、木の群集。これぐらいでも森と言うのだろうか。
そこから数歩進むだけで、自然を感じた。
土を踏みしめる感覚、木の葉が擦れる音。子供時代の夏の思い出が蘇る。
俺が過去に浸っていると「ねえ進まないの?」と圭が言う。
あまりこの状況に感慨深さは感じてないらしい。
この気持ちを共有したい思いがあったが、圭からしたら今が子供時代に当たるんだよな。
「俺が感じたこの思い、いずれ分かる」少し意味深な言葉を残して先を歩く。
「広さんは懐古主義なの?」
「懐古主義?」また難しい言葉を知ってるな。
「ガソリン車とか、さっきも昔のこと思い出してた風だし」
自分が懐古主義か考えたこともなかった。
「懐古主義って昔が良くて、今は昔に比べて悪いって考えだろ」
「まあそんな感じかな、昔は良いってだけの考えもあったはずだけど。レトロ趣味とか否定的な意味だけじゃなかったはず」
「俺は別に懐古主義じゃないよ。ただ昔の思い出に浸ってるだけ、車も特別好きってわけじゃない。そういう圭は? ガソリン車に興味持ってたけど」
「僕も別にガソリン車が好きってわけじゃない……」
「あれ。でも前に乗ってる車のメーカー知ってなかったけ」ちょっと前に2人で話したとき、車の話題になった。
そのとき確か、車のメーカーとか俺も知らないようなこと話してたような。好きじゃなきゃなぜあんなこと知ってる?
答えを急かすように圭を見た。
見た後に気づいた、この質問は核心をつく質問だったんじゃないかと。
「あ、言いたくないんだったら言わなくても」
土と葉を踏みしめる音と遠くから聞こえるセミの鳴き声だけが、俺たちの耳に届いている。
微妙な雰囲気になったな「自然気持ちいいなーなあ?」我ながら不自然な会話だと思った。
圭は俺の質問に答えず「あのガソリン車が好きな理由って何かあるの。車、好きじゃないって言ってたけど」口を開いたと思ったら圭も質問か。
うーん色々あるけど「元々あの車、ばあちゃんが乗ってたんだよ。その頃はもうガソリン車とかギリギリの時代でそれでも乗ってたんだよ。俺もそんとき何回か乗せてもらったんだけど、かっこよくてばあちゃんが、それがあの車好きな理由かな」あくまで理由の1つ。
その答えに圭が納得したのか少し朗らか表情をしている。
圭の話も聞いてみたい。だが、俺が話したから圭もって言うのは大人気ないよな。
歩きながら話していたらいつの間にか不思議な場所に出た。
「なんだこれ」円形の空き地がありそこだけ木が生えてない。ただ周りには木がある。
「聖域みたい」圭の言う通り、その中心に特別でかい木でもあれば神樹に見えただろう。
「人が何かしたのかな?」
「どうだろうな。人が来るような場所じゃないし、ちょっと前には村があったらしいけど」その村も過疎化で消えたと聞く。
俺が車で通ってる細い道も、たぶんその村まで行くための道だ。
「俺個人の考えでは、自然の産物だと思いたいけどな。自然が創った偶然、魅力的だろう」人工物を否定する気はない、ただこの場所に限って言えば自然がなせるわざにしたい。
圭が円形の中心に立って顔を上に向ける「すご。葉っぱが見える」上を見ても木の葉が空を覆い隠してはっきりと空は見えない。
微かに漂ってくる水と土の匂い、セミの鳴き声。車に乗ってるだけじゃ感じることができないこと、圭には感謝しないとな。
プーンと耳元で微かに聞こえるまでは、自然に目を奪われていた。
目にとらえるだけで数匹いる。圭もこっちに来てそろそろ帰ろうと言ってくる。俺も同意した。
蚊が視界に入らないほど、自然に惹きつけられる魅力は、そんなに長くは続かないらしい。
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