星見のパイ・スターゲイジー

「おっと、パイ君。大丈夫ですか?」


 パイは勝利して気が抜けたのか、障壁を解いてフラッと倒れそうになってしまった。

 元の姿に戻ったフェアトは急いでそれを抱きかかえる。


「だ、大丈夫です、お師匠様……。ちょっと星見で疲れて動きたくないだけです。三日間くらい寝てお菓子食べて寝てお菓子食べて寝たい……。それより、手は大丈夫ですか?」

「はい、なぜか弓を持っていた手は傷一つありません。普通なら骨だけになっていてもおかしくないのに。もしかして、パイ君が……?」

「す、砂嵐の動きは不規則だったので、それを利用して一粒一粒が当たらない未来を繰り返して、運命を固定させました……」

「そんなことが!?」

「た、たぶんこの場所限定の一回切りの奇跡です。メッチャ疲れるのでもう二度とやりたくないです……はい……」


 フェアトは信じられなかった。

 ぶっつけ本番の究極スキルだけでも奇跡的なのに、それと同時にフェアトの手を守るために運命をねじ曲げていたのだ。

 もはや神の所業に均しい。

 そのパイの才能は末恐ろしいものだ。


「パイ君の身体の負担は大きかったでしょう。僕がおぶって移動させます」

「ちょ、お師匠様それは恥ずかしいですよ!?」

「ふむ、子どものようにおぶられるのが照れくさいと? それなら――」


(も、もしかしてお姫様抱っこくるー!?)


 とパイは一瞬期待してしまったのだが――


「手首を持って引きずりますか」

「え?」

「以前、戦場の死体を運ぶバイトをやっていて、慣れているので大丈夫ですよ!」

「……おんぶでお願いします」


 フェアトは躊躇なく、パイの小さな身体を背中側におぶった。


(うわー、お師匠様の背中、意外と大きいしゴツゴツしていて、男の人って感じがする! ああああ、でも、密着していて胸とかも当たっちゃっ……いや、あたしは当てるほどの胸がなかったわー……よかったわー……よくないわー……死にたいわー……)


 というパイの胸中を微塵も知らずに、フェアトはおぶったまま目的の場所へと進んでいく。

 辿り着いたのは矢で撃ち抜いたコアの場所だ。

 目星をつけて近付いて行くと、星砂に埋もれたコアを発見した。


「よかった、砕けてはいませんね」


 矢はコアを貫いているように見えたが、正確には矢の魔力がコアを貫いていたのだ。

 それがコアを一時的に停止させていた。

 そして、近寄ってきた二人に反応して、コアが宙に浮かび上がった。


『汝らに資格あり、アポロンの力を宿した指輪を受け取るがよい』


 二つの淡い光の球体が現れ、シルバーリングとなった。

 フェアトとパイがそれを受け取ると、コアは星砂の巨神となってどこかへと歩き去ってしまった。

 しばらくすると最奥の間は幻術が解かれたかのように、普通の小部屋になっていた。


「……あれ、パイ君だけではなく、僕も資格があるって指輪をもらっちゃいましたけど」

「う、うーん……。おかしいですね。そもそも、星見の資格で兄も指輪はもらっていませんでしたし……バグった状態を倒したハードモードのご褒美という感じでしょうか?」


 とりあえず、指輪なのだからとフェアトは装備することにした。

 なぜか、おぶっているパイから興味津々の視線を感じる。


「お、お師匠様! あたしとのお揃いの指輪、どの指につけるんですか!?」

「そんなの決まってるじゃないですか」

「ゆ、指輪……二人の絆……男女……もしかして、もしかして……!?」


 おぶっているパイが、両脚の太股で胴体を締め付けてくる。

 ここは乾燥しているし、太股でも痒かったに違いない。


「弓を扱うときに、一部の引き方では右手の親指にサムズリングというモノを嵌めるらしいのです。それを真似てみたいと思います。でも、本当は魔力の弓なので、物理的な補助はそんなに関係ないんですけどね。しかも僕の構え方は我流で――って、どうしました、パイ君?」

「ナンデモナイデス、アタシモ親指ニシマスネ。親指」


 急にカタコトになったが、きっと乾燥しているから喉が渇いたのだろう。

 フェアトは親指に指輪を嵌めながらそう思った。

 嵌め心地としては普通の指輪ではないらしく、不思議とピッタリのサイズだ。


「さて、戻りましょうか。パイ君も細かい怪我を負っているので、メラニ君が準備してくれている治療を受けましょう」

「は~い、ひっさしぶりにメラニ様に会いたいです~」

「ハハハ、まだ数十分ぶりですよ」


 そんなことを言いながら、フェアトはパイをおぶりながら扉から部屋を出て行った。

 忘れそうになったが、気絶中のイカの腕を持って引きずりながら。

 その暫くしたあと、誰もいなくなったはずの部屋で――姿を隠していた商人が姿を現した。

 気配を完全に消していたようで、不気味な笑みを浮かべている。

 その雰囲気は商人というより暗殺者だ。


「アレが封印の鍵か……。まだ残りもある、泳がせておくのも良いだろう。神の力、信仰の象徴、しかして反転すれば人への〝呪い〟となる……ククク……」




 ***




「暴走した星砂の巨兵様を倒したって!? 信じられん……さすが我が妹だ……」

「あ、あたしの力じゃなくて、ほとんどがお師匠様任せでしたけどね!」

「いえいえ、パイ君の実力ですよ。ジンさん」


 三人が戻ってきた星見の里では大騒ぎになっていた。

 ただでさえイカとガラクを生かして捕まえてきたのに、誰も知り得ない真の星見の試練もクリアしてしまったのだ。

 話を聞いた誰しもが驚き、パイに尊敬の眼差しを向けていた。


「う、うぅぅ……引きこもり陰キャはこういうの慣れてないから逆に辛いです……」


 そして現在、星見の里の恩人への宴が催されている最中なのだ。

 主役の三人を囲うように人々が集まり、夜なのに篝火が焚かれていて明るい。

 星見の民がそれぞれ自慢の家畜を捌いて、肉を焼いて振る舞ったり、踊りや演奏を披露したりしている。


「フェアト・プティードス、酒はいけるか!?」

「お酒ですか……普段はあまり飲まないのですが……」

「よし、宴なら飲めるということだな!」

「えぇ~……」


 フェアトは教師なので、酔った姿をあまり生徒に見せたくないし、酔いすぎて前後不覚になってしまえば本も読めなくなってしまう。

 そんな理由であまり乗り気ではなかったのだが、ジンが差し出してきた泡立つ白い酒に興味を持った。


「それは?」

「これは馬乳酒だ! 星見の民はこれをよく飲む。酒って言っても、馬の乳を発酵させた乳製品みたいなもので、アルコール分も低く飲みやすい。栄養も豊富で、これを飲んでいるとあまり病気をしないというのもあってだな――」

「知識欲をそそられますね! 頂きます!」


 フェアトはぐいっと杯を飲み干した。


「お、いけるな」

「なるほど、なるほど。もう一杯お願いします」

「今日は宴だ、浴びるほど飲んでくれ」


 楽しそうなフェアトとジン。

 その手元で、手稿が出現して一言呟いた。


「これは成分を調整するとカルピ――」


 もう酔い始めたフェアトは手稿を刹那で閉じて消した。

 マギス・アキは、たまにワケのわからないことを言いそうになるのだ。




 ***




「では、不肖パイ・スターゲイジー。お師匠様の授業を受けながら、世界を見て回ってきます!」

「パイよ、もうお前は不肖の妹ではない。立派な〝星見のパイ・スターゲイジー〟だ」

「お兄ちゃん……」


 旅立とうとする妹、それを見送る兄。

 感動的なシーンである。


「我が誇りである妹のことを頼んだぞ、フェアト・プティードス」

「あ、あ~い……」


 しかし、昨日の夜は宴を催して飲み過ぎてしまったため、フェアトは二日酔いで瀕死だった。

 いつものマイペースさは消え、28週後のゾンビという感じだ。


「大切な妹さんを生徒としてお預かり……おぇっぷ……」

「先生、キメるところはキメようぜ……?」


 メラニに支えられながら、フェアトはフラフラしていた。


「ま、まぁ人間味があるってわかってよかった感じも……。ところで、次はどこへ向かうんだ?」

「それはですね、ジンさん……。パイ君の星見で王国首都へ向かうことになりました」

「ほう、今は何やらよくないことが起こってると商人から噂を聞くな」

「あそこには〝残してきた気がかり〟もあったので丁度よかったです。では、もう出発しますね」


 フェアトは何とか気力で平衡感覚を取り戻し、目的地の方向を見定めた。


「ああ、達者でな! フェアト・プティードス! いつでも星見の里はお前たちを歓迎するぞ!」

「さようなら、知識欲が刺激されてとても楽しかったですよ」


 フェアトたちは手を振りながら、星見の里をあとにするのであった。

 そして、王国首都では何が起こっているのか。

 因縁ある生徒スカーレットはどうなっているのか。

 それはまだ誰も知らない。

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